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Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
電子書籍、と言うよりも電子テキスト?

昨日このダイアリーに書いた電子書籍について、その続きです。
続きと言うよりも、全然別のことかも知れませんが、あたしの頭の中では一連のことなのでお付き合いください。
現在の電子書籍って、基本的には紙の本がそのままスマホやタブレット、パソコンのディスプレイなどでも読める、という形になっています。レイアウトも紙の本のまんまのようです。文字を拡大すると、画面上に収まりきらなくなるので、スクロールしないとならなくなります。
電子書籍って、購入したことがないので、上記のことはすべて聞きかじりなので、間違っていたらすみません。でも、たぶん合っているのではないかと思います。
こういった電子書籍は、場所を取らないから置き場所に苦労しない、何冊持っていてもスマホやタブレットの重さしかないから相対的に軽くて持ち運びやすい、といったメリットがあります。そういったことに文句を言うつもりはないのですが、当初、電子書籍が誕生するころって、電子書籍と言うよりは電書テキストみたいなものが配布されるものだと、あたしは思っていました。
「電子テキストが配布されても、それをどうするの?」と聞かれそうですが、当初あたしがイメージしていたのはこういうものです。
たとえば、あたしが好きな中国古典、例として『論語』を挙げてみますると、邦訳はたくさんの種類があります。訳者によって解釈も異なりますし、それに応じて訓読も異なる場合がままあります。あたしはそんな各種『論語』の現代日本語訳電子テキストを同じ章句ごとに並べた、自分だけの『論語』を作りたいなあ、と思っていたのです。そんなにたくさんは並べられませんので、代表的な四つくらいを並べ、それを四六判かA5判くらいの大きさでレイアウトしようと思っていたのです。
レイアウトした、自分だけの『論語』をどうするかと言えば、プリントして製本し、世界に一冊だけの『論語』日本語訳対照本を作りたいなあと考えていたのです。オンデマンド製本機もあったようですので、そういう自分だけの書籍の製本サービスを、書店店頭で受け付けてくれないかあ、などと思っていました。書店の多くは文具を扱っていますので、表紙カバーの用紙なども選べるようにして、お客さんが持ち込んで電子書籍(電子テキスト)の製本サービスをやったらよいのに、と思っていました。
丸善のように洋書を扱っている書店なら、洋書とその日本語訳の電子テキストを販売(配信)し、それを左右でも上下でも自分で好きなようにレイアウトし、自分なりの対訳本を作れるようになったら楽しいだろうなあと夢想していました。
大手チェーン、丸善ジュンク堂にしろ紀伊國屋書店にしろ、電子書籍を販売していますが、こうした電子テキストは販売していませんよね? もちろん出版社が提供してくれないとテキストとして販売することはできないのでしょうが……。でも、こういうサービスというか販売形態、これから伸びないものでしょうか?
電子書籍のこと

そんなこと社内で担当者に聞けばよいのでしょうけど、とりあえず書いてみます。
電子書籍は品切れにならない、とよく言われます。在庫を持たなくてもよい、とも言われます。
確かにその通りなのですが、果たして本当に品切れにならないのでしょうか?
あたしの勤務先の場合、海外の書籍の翻訳が多いです。そこには当然、翻訳権料がかかりますので、どうしても国内作家の本に比べると割高になってしまいますし、だから小回りの利いた重版などをして在庫を維持するというのも難しいものです。なおかつ、翻訳出版には期限がありますので、刊行後数年経って権利の更新をする時に、「もうこの本は売れないから更新はしないでおこう」となると、当然紙の書籍が品切れになったらそれで終わりですが、電子の方はどうなっているのでしょう?
紙の書籍の翻訳権は更新しないけど、電子の方は更新するということはありえるのでしょうか? でも、そうすれば紙では品切れになったとしても電子では購入ができるわけですから、出版社としては在庫を抱えなくてもよい、読者としては(とりあえず電子ではありますが)その本を手に入れることが可能になります。
勤務先を見ていると、紙の書籍が品切れになり、翻訳権の更新をしなかったら、そのまま電子も配信ストップになっているのか、あるいは電子だけは継続して配信しているのか、きちんと調べたことがないのでよくわかりませんが、他社の場合はどうなのでしょう?
新聞に電子書籍の記事が載っていたので、ちょっとそんなことを考えてしまいました。
やっぱりダメだ……

亜紀書房の『大都会の愛し方』読了。
韓国のクィア小説ということですね。こういう作品はボーイズラブ(BL)とは呼ばないのでしょうか? ボーイズラブの定義をよく理解していないので……
まあ、とにかく男性の同性愛の物語です。
と、ここまでの書きぶりから嫌悪感を抱いて読んだみたいな印象を持たれたでしょうか? 確かに、若干の嫌悪感を抱きました。ただし、それは同性愛の描写に対してではなく主人公の生き様についてです。
あたしって、やはりなんだかんだ言っても根は真面目なんですね。几帳面と言ってもよいかも知れません。いや、世間で言われるほどの潔癖なタイプではなく、意外といい加減なところもあるとは思います。ただ、生活習慣に関してはかなり保守的で、ちゃんと学校へ行き、出された課題はきちんと済ませるような学生時代、もちろん遅刻や欠席などもってのほか、といった学生でしたし、社会人になってからも9時までには出勤し、時間にルーズな人は許せないと感じてしまうタイプの人間です。
ですから、この主人公のように、なんとなく生きていて、その時の思いつきで後先考えずに行動し、それだけならまだしも周囲の人間を巻き込んでしまうタイプの人間はどうしても好きになれません。読んでいて感情移入しづらい主人公でした。こんな奴が身近にいたら嫌だなあ、と思いながら読んでいました。もちろんその「嫌だなあ」という感情は同性愛者に対する嫌悪ではなく、いい加減な生き方をしている態度に対する嫌悪なのですが。
とはいえ、物語は楽しく読めました。同性愛の世界は、もちろん知らないことだらけなので、この作品に描かれていることがすべてだとは思いませんが、なんとなく彼らなりの苦労もあれば楽しみもあるのだということがわかりました。韓国の小説ですが、これが日本だとどうなのでしょうね。
おぼろげな記憶

講談社現代新書の『土葬の村』を読み終わりました。
いま土葬されたいという人が少しずつ増えているという、そういう動きがあるということに驚きましたが、それも含めて全体として非常に興味深い一冊でした。
ところで、この本の中でも触れられているのですが、母の田舎では村の決まった場所で遺体を燃やしていたそうです。母が子供のころ、暗闇の中、遺体を燃やす炎が遠くにチラチラしているのを見た記憶があるそうです。そして時々は係の人がそこへ行って、ムラなく燃えるように火の具合などを見守っていたそうです。
もちろん現在はそんなことはやっていないようで、たぶん母もいま田舎へ帰ったとしても、かつて遺体を燃やしていた場所がどこだったのか、すぐには思い出せないことでしょう。しかし、少なくとも母が子供のころ、つまり戦後しばらくの間、母の田舎ではそんな火葬が行なわれていたようです。
ちなみに、母の田舎は新潟県です。新潟市の方ではなく、もっと富山県寄り、上越市です。ただ、上越市になったのは平成の市町村大合併の時で、それ以前は村でした。上越市から東へ、自動車でも30分から40分くらいの山の中です。
話は変わって、こんどは父方の田舎。場所は千葉県の外房。房総半島というところまでは行きません。白子町という九十九里海岸沿いの小さな町です。
小学生のころまでは夏になると遊びに行っていたのですが、その田舎の墓地であたしは籠のような形をしたものを見かけ、これは何かと聞くと、その中に仏さんが入っていると教えてもらった記憶があるのです。大きさや形としては、時代劇で罪人が入れられて市中引き回しされる時の籠のような感じですが、紙なのか布なのか何かが貼ってあったため中は見えないようになっていました。
いわゆる座棺だったのか、子供のころの記憶ですから上に書いたこともおぼろげで、全く自信はありません。その当時、田舎で身近に亡くなった人がいたわけでもなく、たまたま墓場で見かけたもので、本当にあの中に遺体が入っていたのか不明です。その当時のあたしの認識では、その中に入れて運んできた遺体は埋葬され、その籠だけが墓場に残されている、という印象だったのですが、もし棺であればそのまま埋葬するはずですよね。
となると、あたしは何を見たのでしょうか?
もうじき没後80年

写真は、紀伊國屋書店新宿本店の2階、海外文学コーナーの一角です。ヴァージニア・ウルフのミニコーナーが出来ています。
どうしてヴァージニア・ウルフなのかと言えば、今月下旬がウルフの没後80年に当たるからです。たぶん、それを意識してのコーナー作りだと思います。
もったいなくも、センターを占めているのは、あたしの勤務先から出ている『フラッシュ 或る伝記』です。あたしの勤務先から出ているウルフはこれ一点だけなので、読者の方にもウルフを出している出版社という印象は持たれていないと思いますが、ありがたいことです。
実は、先月のことですが、あたしの勤務先で画像のような注文書を作って全国の書店に案内していたのです。
どうしてこんな案内をしたかと言いますと、もちろん没後80年ということもあるのですが、幻戯書房から『フラッシュ ある犬の伝記』が刊行される予定だったので、そのタイミングでうちの『フラッシュ』も並べてもらいたいと考えたからです。ただ、上述のようにあたしの勤務先から出ているウルフは一点だけなので、チラシには幻戯書房の新刊と他社のウルフの翻訳を何点か列挙して、これでちょっとしたフェアをしていただければと目論んでおりました。
まあ、ちょっと考えれば誰にでも思いつく案内ではありますが、何点かでもリストアップしてあれば、書店の方が調べる手間を省けるかなという思いはあります。