晩年に枯れていない?

このところ通勤電車の中で読んでいるのがこちら、『晩年のカント 』です。

著者も書いているように、カントと聞くと道学者然とした、非常に几帳面な人物をイメージしてしまいますが、どうもそうではなく、もっと人間臭いところがたくさんあるようなのです。それでも、毎日時間通りに散歩していたといった、几帳面なところはその通りだったようです。とはいえ、喜怒哀楽もかなりあって、本当に興味深い人です。

で、読み始めてみまして、非常に面白いです。グイグイ読んでいけます。カント哲学の小難しい世界に入っていくわけではないので、スラスラ読めます。半分ほど読んだところなのですが、後半も楽しみです。

そんな晩年のカントを読んでいて思い出したのがこちらの本、『純粋理性批判殺人事件』です。角川文庫の上下本です。

この本は、推理ものはあまり好んで読むわけではないあたしがタイトルに惹かれてつい買ってしまったものです。基本的には哲学が好きなんですよね、別に詳しいわけでも特異なわけでもないのですが……。

タイトルや帯の惹句を読むと、さもカントが名探偵として難事件を解決するのかと思いきや、カントはほとんど出て来なかったはずです、もう記憶がやや曖昧なのですが(汗)。謎解きをするのもカントではなく、別の登場人物だったはずです。カントの言葉が事件解決のヒントになっていたかな、くらいの記憶はありますが、「名探偵カント」は登場しませんので悪しからず。

なおかつ、本書は既に品切れになっているようですね。興味を持たれた方は図書館で借りるか、古本屋を探してみてください。

コンプリートはしていませんが……

温又柔さんが『魯肉飯のさえずり』で織田作之助賞を受賞されたということで、あたしの勤務先も何点か刊行物があるので書店に案内をしました。

翻って、あたし自身はと言いますと、温又柔さんの作品をこれだけ(右の写真)読んでおりました。温さんの作品のすべてではありません(汗)。

なんだかんだ言いながらも『台湾生まれ 日本語育ち』はエッセイですので、最初の一冊としてはとても読みやすい作品だと思いますが、個人的に好きなのは『真ん中の子どもたち』だったりします。

その理由は、作品中では主人公が中国への語学研修に参加するのですが、そこに描かれている時期が、ちょうどあたしも中国へ語学短期研修に行っていた時期と近かったからです。日本を抜いてアメリカに迫ろうかという昨今の中国ではなく、それよりも少し前、まだまだ日本ははるか先を走っていた時代の中国です。そんな感じが、あたしにはとても懐かしく感じました。ただし、主人公が訪れたのは上海で、あたしは北京でしたけど。

一か月間(4週間)の語学研修を北京で受け、その後の一週間は卒業旅行として洛陽、西安、上海を巡りました。上海滞在中には一日蘇州へ行ったりもしたのですが、上海自体は二日くらいの滞在でした。

そのころの旅行記と写真はこちらのページに置いてありますので、ご興味がおありの方は読んでみてください。時期を正確に記しますと、1988年の2月下旬から3月下旬までのことです。円と元と相場は今とはかなり異なりますが、中国の物価が今とは比べものにならないくらい安かったので、それほど持ち合わせがあったわけではないのですが、なんか自分がものすごい金持ちになったような気分味わいました。

そうそう、当時はまだ兌換券が使われていた時代でしたし、王府井には「東安市場」ではなく「東風市場」があったのです。上記ページに載せているその当時の写真は、今の北京っ子に見せても信じられない情景なのではないでしょうか?

長篇なのにグイグイ引き込まれます

新刊『見えない人間(上)』『見えない人間(下)』が非常に面白いです。ご覧の通り、上下巻の長篇なのですが、そんな長さを感じさせないくらいに、どんどん読み進めてしまいます。

いや、実際のところ、ずいぶんと細かい描写が多くて、「こんなことまで描かなくとも……」と思えなくもないです。ただ、しばらく読んで慣れてしまうと、そんな感じはどっかへ行ってしまい、むしろ映画かドラマを見ているように細部までが映像として浮かび上がってきます。

時代は1930年代のアメリカです。あたしはアメリカ史にも黒人の歴史にも詳しくはないので、その時代の黒人の立ち位置というものがよくわかりません。ましてや本文中で何度か言及される南北の地域差といったものについてはからっきし門外漢です。ただ漠然と「なんだかんだ言っても、つい最近まで黒人に対する差別や偏見は続いていたんだな」という印象を持っているくらいです。

今のところ、黒人ゆえにもがき苦しむ主人公、黒人も白人も決して一枚岩ではないアメリカ社会の有り様が面白く、下巻の半分くらいまで読み進んできましたが、最後どうなるのか、非常に楽しみです。

BLではなくて……

少し前に李琴峰さんの『星月夜』を読みました。台湾や中国にルーツを持ち、日本で暮らす女性の同性愛がテーマになっています。

異国で暮らす苦労や違和感、居心地の悪さと、同性愛者として暮らすことの居心地の悪さ、そんなことが丁寧に描かれていました。

李琴峰さんの作品は『独り舞』『五つ数えれば三日月が』も読んでいまして、やはり同性愛がテーマになっていたので、作品世界には抵抗なくすんなりと入り込めました。

いま、本書の感想はおくとして、個人的にはこういう同性愛の作品が普通に増えてくるのは嬉しい傾向だと思います。もっともっと増えてくれるとよいなあと思いますし、いろいろなタイプの作品を読んでみたいと思います。

が、女性作家が女性の同性愛を描く作品は、こうして少しずつ増えてきていると思うのですが、男性の同性愛作品ってあるのでしょうか? あたしが知らないだけなのでしょうか?

男性同性愛というと、森茉莉さんの作品などで読んだことがありますが、最近だとBLといったジャンルがあります。でもBLと言ってしまうとちょっと違う気がします。それに森茉莉さんの作品も同性愛をテーマにした作品なのかと言われるとどうなのでしょう? 少なくとも李琴峰③の作品の女性をそのまま男性に置き換えたようなものではないと思います。

女性作家が女性の同性愛や男性の同性愛を描くように、男性作家が描く男性の同性愛、女性の同棲の作品って何かあるのでしょうか? あったら読んでみたいものです。もちろんAVまがいの作品はお断わりですが。

着実に増えていく……

数日前にご紹介した、わが家の曼珠沙華。その時にはまだ蕾が残っていましたが、すべて咲きそろいました。

昔から「立てば芍薬」と言いますが、あたしはこの曼珠沙華の凛とした立ち姿が好きです。そして、なんといっても華奢な姿態、これがたまりません。

曼珠沙華は、墓地やあぜ道になどに群生しているイメージがありますが(特に赤い花の曼珠沙華は)、こんな風に植木鉢で一輪だけですと、その華奢さがより強調されてしまいますね。

そして、群生とまでは言えませんが、わが家の玄関先にはもう一輪、曼珠沙華が咲いています。

そちらも、ご覧のように満開です。お彼岸の訪れと共に咲き始め、お彼岸が終わるのと歩調を揃えるように散っていくようです。たぶん、あと数日の命でしょう。

そんな儚さが、染井吉野に通じていて、あたしが好きな理由かも知れません。パッと咲いて、パッと散る、その刹那の美しさ、なんとも言えません。来年は、もっと株を増やしたいですし、できることなら黄色い曼珠沙華も庭に咲かせてみたい者です。

さて、話はまるで変わってしまいますが、最後の写真はわが家の書架、その中でも韓国文学を主に並べている棚です。

気づくと各社から新刊が出ていますし、これからも出るようです。とても全部を追い切れませんが、それでも気になったのは購入して読んでいます。

さて、刊行されている韓国文学はブームの牽引役であるフェミニズム系の作品が多いようですが、もっといろいろなタイプの韓国文学が紹介されると、もっと裾野が広がると思うのですが、どうでしょう?

ところで、あたしの書架、気づくと並んでいる韓国文学が増えています。そろそろ別のスペースを準備しないと置ききれなくなりそうです。

やはり顔がない

『82年生まれ、キム・ジヨン』で一大ブームを巻き起こした韓国文学のチョ・ナムジュさんの新刊が同じく筑摩書房から刊行されました。

『彼女の名前は』です。

早速購入しました。これから読みたいと思います。

前作は思わず目を惹く印象的な装丁(カバー装画)でしたが、今回は前作に比べるとちょっと地味かなという感じがしますが、よーく見ると今回も顔がないんですね。

顔がない、という表現は正しくないでしょうか。もしかすると「表情がない」と言った方がよいかも知れませんし、その方が著訳者や担当編集者が狙ったものをつかめているのかも知れません。ただ、そんな装丁ですから内容もおおよそ伝わってきます。

オビ推薦に伊藤詩織さんの名前が見えますが、ちょうどTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたタイミング、本書の販売には非常に強い追い風になりそうですね。

文庫本が刊行されていると親しみやすい?

前のダイアリーで、今日がショーペンハウアーの没後160年にあたると書きました。そして架蔵している『ショーペンハウアー全集』をご紹介しました。

でも、あたしが最初にショーペンハウアーと出会ったのは学生時代に岩波文庫です。『読書について 他二篇』『自殺について 他四篇』『知性について 他四篇』の、比較的薄めの岩波文庫を買って読んだのが最初です。薄いので取っ付きやすいと思ったのも理由の一つですが、この三冊のタイトルに惹かれたのが一番の理由です。その伝記と言いますか、生涯についても実はほとんど知りません。

当時、すべてを読んで理解できたかと問われると自信を持って「はい」とは言えません。いや、いまだに理解できているとは思えませんし、そもそもショーペンハウアーの思想がどんなものなのか、思想史・哲学史での位置もわかっていません。

多くの人が、あたしと同じように思っているわけではないと思いますが、ショーペンハウアーってそれなりに人気があるのでしょうか? 岩波文庫と比べると比較的最近になって古典新訳文庫から『読書について』『幸福について』が刊行されました。

やはり薄めですので、手に取りやすく読みやすい分量だと思います。難解な哲学の本と思われていても、比較的分量が少なければ「読んでみよう」と思う人がそれなりにいるはずです。短ければ簡単で長ければ難しいというものではありませんが、それでも最初のハードルが低いのは普及には重要なポイントだと思います。

何はともあれ、手に取ってもらわなくては読んでもらうこともできません。読んでもらえなければ、その思想がどんなものなのかも理解されません。こういう分量で文庫が出せるというのは、ショーペンハウアーのアドバンテージではないでしょうか?

いろいろと複雑なようです

『LGBTとハラスメント』を読みました。好奇心もありますが、やはりできるだけ正確な情報を知っておきたいという思いもあって手に取ったわけですが、あたしの場合、「知っているけど理解できていない」という状態だと思いました。

こういう書き方は不謹慎と言いますか、かえって差別やハラスメントを助長させることになるのかも知れませんが、やはり考えてしまうのは同性愛者の人に告白されたら、という下世話なことです。森茉莉の作品ではありませんが、男性の同性愛の場合、文学作品などでは美少年が登場することが多いですが、実際にはそうとは限らないでしょう。やはり現実問題として、わが身に置き換えて考えてみた場合、自分はどう対応するだろうかを考えてしまいます。

ただ、よくよく考えれば、異性から告白されようが、異性を好きになるときだって、やはり好みというのはあるわけで、異性だからといって誰でもよいわけではないのは万人共通のことだと思います。そう考えると、異性か同性かを問わず自分の好みのタイプであるか否かを基準にすればよいだけのことなのかも知れません。

でも、あたしは、自覚的には異性愛者だと思うので、同性を好きになることはないですし、告白されたとしても断わるしかないと思います。そう思っていたのですが、この本を読みながらふとこんなことも考えました。

乃木坂46の白石麻衣のような子がトランスジェンダー、つまり性自認が実は男性で、なおかつ同性愛者であった場合です。ついでに服装は異性装だとします。つまり、見た目は頭の先から足の先までテレビや雑誌で目にする白石麻衣です。特に性別適合手術を受けるわけでもなければ、まるっきりテレビで見ているそのまま、美人の中の美人と呼ばれる白石麻衣その人です。

こうなると、「あたしは異性愛なので…」という気持ちも揺らがないとは限りません。だって、相手が白石麻衣なんですから。

ちょっとくだらない横道にそれすぎました。しかし、LGBTって、この四文字で代表されていますけど実に複雑なんだということは知っています。第三者から見たら理想的なカップルに見える男女が、性自認や性対象を確認してみると実は同性愛者だったという場合もあるかも知れないのです。結局、読み通してみて、マイノリティーの人たちの生きづらさや苦労などについては、どうしてあげられるのかわかりませんが、少なくとも誰が好きだって(誰を好きになったって)いいじゃないか、という気持ちにはなりました、それが異性だろうと同性だろうと。

 

他では読めない? 自宅で読めた?

今朝の朝日新聞読書欄に岩波書店の広告が載っていました。岩波文庫で多くのタイトルが重版になったようです。題して《2020年〈他では読めない〉岩波文庫一括重版》です。

タイトルの中で目を惹いたのは、あたしは中国学専攻でしたので『仁学』と『章炳麟集』でした。しかし、なんとなく見覚えがありまして、思ったとおり自宅の書棚に架蔵しておりました。しかもどちらも初版です。当時のあたしはまだ学生時代で、バリバリの中国学専攻の現役、この手のタイトルは漏らさず買っていたようです。

というわけで、その他で気になったのは『モンゴルの歴史と文化』『哲学史序論』『大転落』『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』『とどめの一撃』です。

最近の寝床読書

就寝前の寝床読書、この先もまだ道のりは長いので、キリのよいところまで読んだ『つわものども』はいったんお休み。いまは以下の三冊を併読しています。

  

李琴峰さんの『星月夜』、温又柔さんの『魯肉飯のさえずり』、そして柴崎友香さんの『百年と一日』です。いずれも似たような分量なので、それぞれをちょっとずつ読んでいくと、同じタイミングで読み終わるのではないかと思っていますが、果たしてどうなりますことやら……

話題の『三体』の第二巻も上巻は読み終わっているのですが、下巻は未読。これも枕元で読まれるのを待っています。