BLではなくて……

少し前に李琴峰さんの『星月夜』を読みました。台湾や中国にルーツを持ち、日本で暮らす女性の同性愛がテーマになっています。

異国で暮らす苦労や違和感、居心地の悪さと、同性愛者として暮らすことの居心地の悪さ、そんなことが丁寧に描かれていました。

李琴峰さんの作品は『独り舞』『五つ数えれば三日月が』も読んでいまして、やはり同性愛がテーマになっていたので、作品世界には抵抗なくすんなりと入り込めました。

いま、本書の感想はおくとして、個人的にはこういう同性愛の作品が普通に増えてくるのは嬉しい傾向だと思います。もっともっと増えてくれるとよいなあと思いますし、いろいろなタイプの作品を読んでみたいと思います。

が、女性作家が女性の同性愛を描く作品は、こうして少しずつ増えてきていると思うのですが、男性の同性愛作品ってあるのでしょうか? あたしが知らないだけなのでしょうか?

男性同性愛というと、森茉莉さんの作品などで読んだことがありますが、最近だとBLといったジャンルがあります。でもBLと言ってしまうとちょっと違う気がします。それに森茉莉さんの作品も同性愛をテーマにした作品なのかと言われるとどうなのでしょう? 少なくとも李琴峰③の作品の女性をそのまま男性に置き換えたようなものではないと思います。

女性作家が女性の同性愛や男性の同性愛を描くように、男性作家が描く男性の同性愛、女性の同棲の作品って何かあるのでしょうか? あったら読んでみたいものです。もちろんAVまがいの作品はお断わりですが。

着実に増えていく……

数日前にご紹介した、わが家の曼珠沙華。その時にはまだ蕾が残っていましたが、すべて咲きそろいました。

昔から「立てば芍薬」と言いますが、あたしはこの曼珠沙華の凛とした立ち姿が好きです。そして、なんといっても華奢な姿態、これがたまりません。

曼珠沙華は、墓地やあぜ道になどに群生しているイメージがありますが(特に赤い花の曼珠沙華は)、こんな風に植木鉢で一輪だけですと、その華奢さがより強調されてしまいますね。

そして、群生とまでは言えませんが、わが家の玄関先にはもう一輪、曼珠沙華が咲いています。

そちらも、ご覧のように満開です。お彼岸の訪れと共に咲き始め、お彼岸が終わるのと歩調を揃えるように散っていくようです。たぶん、あと数日の命でしょう。

そんな儚さが、染井吉野に通じていて、あたしが好きな理由かも知れません。パッと咲いて、パッと散る、その刹那の美しさ、なんとも言えません。来年は、もっと株を増やしたいですし、できることなら黄色い曼珠沙華も庭に咲かせてみたい者です。

さて、話はまるで変わってしまいますが、最後の写真はわが家の書架、その中でも韓国文学を主に並べている棚です。

気づくと各社から新刊が出ていますし、これからも出るようです。とても全部を追い切れませんが、それでも気になったのは購入して読んでいます。

さて、刊行されている韓国文学はブームの牽引役であるフェミニズム系の作品が多いようですが、もっといろいろなタイプの韓国文学が紹介されると、もっと裾野が広がると思うのですが、どうでしょう?

ところで、あたしの書架、気づくと並んでいる韓国文学が増えています。そろそろ別のスペースを準備しないと置ききれなくなりそうです。

やはり顔がない

82年生まれ、キム・ジヨン』で一大ブームを巻き起こした韓国文学のチョ・ナムジュさんの新刊が同じく筑摩書房から刊行されました。

彼女の名前は』です。

早速購入しました。これから読みたいと思います。

前作は思わず目を惹く印象的な装丁(カバー装画)でしたが、今回は前作に比べるとちょっと地味かなという感じがしますが、よーく見ると今回も顔がないんですね。

顔がない、という表現は正しくないでしょうか。もしかすると「表情がない」と言った方がよいかも知れませんし、その方が著訳者や担当編集者が狙ったものをつかめているのかも知れません。ただ、そんな装丁ですから内容もおおよそ伝わってきます。

オビ推薦に伊藤詩織さんの名前が見えますが、ちょうどTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたタイミング、本書の販売には非常に強い追い風になりそうですね。

文庫本が刊行されていると親しみやすい?

前のダイアリーで、今日がショーペンハウアーの没後160年にあたると書きました。そして架蔵している『ショーペンハウアー全集』をご紹介しました。

でも、あたしが最初にショーペンハウアーと出会ったのは学生時代に岩波文庫です。『読書について 他二篇』『自殺について 他四篇』『知性について 他四篇』の、比較的薄めの岩波文庫を買って読んだのが最初です。薄いので取っ付きやすいと思ったのも理由の一つですが、この三冊のタイトルに惹かれたのが一番の理由です。その伝記と言いますか、生涯についても実はほとんど知りません。

当時、すべてを読んで理解できたかと問われると自信を持って「はい」とは言えません。いや、いまだに理解できているとは思えませんし、そもそもショーペンハウアーの思想がどんなものなのか、思想史・哲学史での位置もわかっていません。

多くの人が、あたしと同じように思っているわけではないと思いますが、ショーペンハウアーってそれなりに人気があるのでしょうか? 岩波文庫と比べると比較的最近になって古典新訳文庫から『読書について』『幸福について』が刊行されました。

やはり薄めですので、手に取りやすく読みやすい分量だと思います。難解な哲学の本と思われていても、比較的分量が少なければ「読んでみよう」と思う人がそれなりにいるはずです。短ければ簡単で長ければ難しいというものではありませんが、それでも最初のハードルが低いのは普及には重要なポイントだと思います。

何はともあれ、手に取ってもらわなくては読んでもらうこともできません。読んでもらえなければ、その思想がどんなものなのかも理解されません。こういう分量で文庫が出せるというのは、ショーペンハウアーのアドバンテージではないでしょうか?

いろいろと複雑なようです

LGBTとハラスメント』を読みました。好奇心もありますが、やはりできるだけ正確な情報を知っておきたいという思いもあって手に取ったわけですが、あたしの場合、「知っているけど理解できていない」という状態だと思いました。

こういう書き方は不謹慎と言いますか、かえって差別やハラスメントを助長させることになるのかも知れませんが、やはり考えてしまうのは同性愛者の人に告白されたら、という下世話なことです。森茉莉の作品ではありませんが、男性の同性愛の場合、文学作品などでは美少年が登場することが多いですが、実際にはそうとは限らないでしょう。やはり現実問題として、わが身に置き換えて考えてみた場合、自分はどう対応するだろうかを考えてしまいます。

ただ、よくよく考えれば、異性から告白されようが、異性を好きになるときだって、やはり好みというのはあるわけで、異性だからといって誰でもよいわけではないのは万人共通のことだと思います。そう考えると、異性か同性かを問わず自分の好みのタイプであるか否かを基準にすればよいだけのことなのかも知れません。

でも、あたしは、自覚的には異性愛者だと思うので、同性を好きになることはないですし、告白されたとしても断わるしかないと思います。そう思っていたのですが、この本を読みながらふとこんなことも考えました。

乃木坂46の白石麻衣のような子がトランスジェンダー、つまり性自認が実は男性で、なおかつ同性愛者であった場合です。ついでに服装は異性装だとします。つまり、見た目は頭の先から足の先までテレビや雑誌で目にする白石麻衣です。特に性別適合手術を受けるわけでもなければ、まるっきりテレビで見ているそのまま、美人の中の美人と呼ばれる白石麻衣その人です。

こうなると、「あたしは異性愛なので…」という気持ちも揺らがないとは限りません。だって、相手が白石麻衣なんですから。

ちょっとくだらない横道にそれすぎました。しかし、LGBTって、この四文字で代表されていますけど実に複雑なんだということは知っています。第三者から見たら理想的なカップルに見える男女が、性自認や性対象を確認してみると実は同性愛者だったという場合もあるかも知れないのです。結局、読み通してみて、マイノリティーの人たちの生きづらさや苦労などについては、どうしてあげられるのかわかりませんが、少なくとも誰が好きだって(誰を好きになったって)いいじゃないか、という気持ちにはなりました、それが異性だろうと同性だろうと。

 

他では読めない? 自宅で読めた?

今朝の朝日新聞読書欄に岩波書店の広告が載っていました。岩波文庫で多くのタイトルが重版になったようです。題して《2020年〈他では読めない〉岩波文庫一括重版》です。

タイトルの中で目を惹いたのは、あたしは中国学専攻でしたので『仁学』と『章炳麟集』でした。しかし、なんとなく見覚えがありまして、思ったとおり自宅の書棚に架蔵しておりました。しかもどちらも初版です。当時のあたしはまだ学生時代で、バリバリの中国学専攻の現役、この手のタイトルは漏らさず買っていたようです。

というわけで、その他で気になったのは『モンゴルの歴史と文化』『哲学史序論』『大転落』『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』『とどめの一撃』です。

最近の寝床読書

就寝前の寝床読書、この先もまだ道のりは長いので、キリのよいところまで読んだ『つわものども』はいったんお休み。いまは以下の三冊を併読しています。

  

李琴峰さんの『星月夜』、温又柔さんの『魯肉飯のさえずり』、そして柴崎友香さんの『百年と一日』です。いずれも似たような分量なので、それぞれをちょっとずつ読んでいくと、同じタイミングで読み終わるのではないかと思っていますが、果たしてどうなりますことやら……

話題の『三体』の第二巻も上巻は読み終わっているのですが、下巻は未読。これも枕元で読まれるのを待っています。

自作しないとダメみたい

写真は、わが家の書架です。書架はいくつもあるのですが、そのうちの一つ、海外文学のシリーズ《エクス・リブリス》を並べている棚です。

書架は通販で購入した薄型書棚ですから市販のものです。見ておわかりのように、かなり細かく棚の高さを設定できるのはよいのですが、棚の中には二つくらい固定棚があって、そのためにどうしても本の高さに合わせて設置すると中途半端な高さの部分ができてしまいます。

結局、文庫や新書などを適宜加えることで収納するしかないのです。この書架の場合は、上の方にチラリと見えていますが、岩波文庫を並べています。その下に《エクス・リブリス》を2段、一段おいて《エクス・リブリス》は更にその下に続きます。

間に一段だけ中途半端な高さができてしまっていて、これまではガラクタ置き場のような状態だったのですが、休みの日に光文社の《古典新訳文庫》を並べて、この書架は海外文学を集中的に並べるようにしたのです。

《古典新訳文庫》は文学以外にも人文系ジャンルもありますので、それらは別の書架に置いてあります。しかし、《古典新訳文庫》の棚も残り僅か、《エクス・リブリス》棚も、あと4点くらい刊行されたらいっぱいになりそうです。さてそうなったら、どうしましょう?

ところで、こういう中途半端な高さの棚を作らないためには、ホームセンターで板を自分で買ってきて、一から作るしかないのでしょうね。でも、たぶんその方が経費がかかりそうで、二の足を踏んでいます。

比類なき侵略

まもなく映画「マーティン・エデン」が公開になるジャック・ロンドンの『赤死病』が刊行になりました。都内の書店ですと、今日あたりから並び始めているのではないでしょうか?

本書は、その名のとおり、人類を襲った謎の感染症「赤死病」によって文明もろとも多くの人類が死に絶えた世界を描いた作品です。コロナ禍で苦しむ現在を予言したかのような小説です。いま、改めてUブックスとして刊行する意味もそこにあります。

が、本書には更に「比類なき侵略」という短篇も併録されています。こちらは中国の人口爆発に困惑した世界が細菌兵器を使って中国に戦争を仕掛けるという作品です。これまた中国政府が主張する「コロナ菌は外国勢力によって中国に持ち込まれた」という説を予言しているかのよう作品です。

どちらも非常に読み応えといいますか、いま読み返す意味があると思いますが、中国好きのあたしとしてはタイトルにもなっている「赤死病」以上に「比類なき侵略」に興味を覚えてしまいました。

モノとしての書籍

本日も朝日新聞の「声」欄です。

昨日は小学生の娘さんのことを書いたお母さんからの投書でしたが、今回は本人の言葉です。

「重くてかさばる」というのが本に対するネガティブなイメージかと思いますが、この投稿主のようにその重さこそが醍醐味だと感じる人もいるのです。本好きあれば、この気持ちはきっと共有できるはずです。もちろん、やはり重くてかさばる本を読むのは大変だし、面倒だと思わないわけではありません。でも、読み終わったあとの達成感は何とも言えないものがあります。

厚い本であればあるほど、これからはハンディーな電子書籍だ、という方もいます。辞書などは電子が主流になりつつありますが、紙の辞書の良さも見直されていて、ケースバイケース、使い分けが大事であるように、本も同じことだと思います。

検索が必要になる場合には電子の方が便利でしょうし、文芸や芸術書であれば装丁を愉しみたい、という思いもあるでしょう。それぞれの良さを理解して、電子書籍も紙の書籍も楽しんでいただければよいと思います。

とはいえ、個人的にはやはり電子書籍は慣れなくて、どうしても紙の本を買ってしまい、もはや収納する場所がなくなっているわが家なんですけど……