はるかなるバルカン?

白水Uブックスの新刊『詐欺師の楽園』を読み終わりました。「一気に読了」と言っては言い過ぎですが、それでも「あっという間に読み終わった」とは言えるほどのスピード感でした。

タイトルどおり詐欺師の話です。どんな詐欺かと言えば、海外の贋作です。小説だからと言ってしまえばそれまでですが、何百年か前の巨匠作品を、そんなに簡単に偽作ってできるものなのでしょうか? 今だったら紙質(紙じゃなくて布、あるいは板の材質?)や絵の具の質などを科学的に調査すれば、当時のものか否かなどすぐにわかりそうなものですが、人間って意外と簡単に騙されてしまうのかも知れませんね。

そして、この贋作騒動の舞台となるのが東欧はバルカン半島にある(あった)という小国です。もちろん架空の国です。実際にはそんな国どころか、豪族の小勢力すら存在していないはずのでっち上げです。

ですから、実を言いますと、地名や人名など、ややもすると非常に取っ付きにくいものになりかねないのですが、ストーリーの面白さと相俟って、ほぼ混乱もなく、すらすらと読み進めることができました。もしかすると、併読している岩波新書『ユーゴスラヴィア現代史 新版』のお陰かも知れません。

ユーゴスラヴィアって、最近の若い人だと「そんな国知らない」と言いそうですが、あたしくらいの世代であれば、どこにあるか正確には言えなくとも名前くらいは知っているものです。もちろん東欧の国であるということをきちんとわかっている人も多いでしょうし、その後分裂してしまったということを承知している方も大勢いると思われます。

あたしもそれなりには理解しているつもりではありましたが、表面的な知識しかないので、本書が出た機会に購入して読んでいるところです。こちらも実にわかりやすい記述です。ボスニアとかコソボとか、ニュースで名称だけは知っているけど、どんな国なのか、何がニュースになっているのか詳しいことは何もわかっていませんでした。内戦と言われても誰と誰が戦っているのかすらチンプンカンプンでした。

そう言えば、数年前に中公新書から『バルカン―「ヨーロッパの火薬庫」の歴史』という一冊が出ていまして、やはりこのあたりの事情に不案内なので読んだ記憶があります。なんとなく、この三冊があたしの頭の中でリンクしていました。

気づくと増えている

先日新たに追加したわが家の書架すう。それほど大きなものではありませんし、もうわが家には大きな書架を並べるようなスペースがありません。

この書架には岩波新書を並べています。別の書架に並べていたものをこちらへ移したので、短期間で一気にこれだけの岩波新書が所蔵されたわけではありません。

とはいえ、やはりじわじわと増えています。書架が大きくはないので、一段に並べられる冊数もそれほど多くはありませんが、すでに四段目の半分以上を占めています。

写真に写っていない下の方にはあと二段しか書架は空いていません。今年は大丈夫でしょうが、来年の年末にはここも埋まってしまうのではないかと思われます。

新書は、通勤だけでなく営業回りの移動中に電車の中で読むので知らず知らずのうちに増えていきます。文庫よりも増えていきます。

岩波新書の次に増えるスピードが速いのは中公新書です。左の写真が、中公新書を並べている書架ですが、別の書架にも並んでいるので、全体ではここに写っている量の二倍までは行かないですが、それなりの分量になっています。

これら以外にも、新書の御三家、講談社現代新書もそれなりに所蔵していますし、文春新書、光文社新書、平凡社新書、新潮新書など学生時代にはまだ存在しなかったようなレーベルが増えたので、それらもそれなりの量が並んでいます。

世代の問題なのか、性格の問題なのか、電子書籍はどうもダメなので、やはり紙の本を買ってしまいます。今後も増えていきそうで、かといってトランクルームを借りたくはないですし……

読み比べてみると面白い

この二冊の新書、両方とも読んだ方はいらっしゃるでしょうか? 光文社新書の『ジェンダーで見るヒットドラマ』と岩波新書の『異文化コミュニケーション学』です。

光文社新書と岩波新書という全く性格の異なるレーベルですし、タイトルからは共通するものは感じられません。しかし岩波新書の方オビを見ますと「50を超える、韓国をはじめ海外のドラマや映画を、〈生きた事例〉として学ぶ」とあります。つまり、どちらも韓流ドラマなどを題材として書かれているものなのです。

読んでみますと、両書で取り上げられているドラマの多くは共通しています。韓流以外も取り上げられていますが、それも同じものがいくつもあります。かたやジェンダーという視点から、かたや異文化コミュニケーションの視点から書かれていますが、ジェンダーギャップというのも異文化交流の一つのかたちです。岩波新書の中にもジェンダーを扱った章があり、それなりの比重を占めています。

そんな、実はよく似た両書なのですが、著者の書きぶりの違いや両書の構成の違いで、ずいぶんと違った印象を与えていると思います。ただ、読後感には共通するものが多くありました。

というわけで、新書は、書店ではレーベルごとに並んでいることが多いですが、この二つは一緒に並べるとよいのではないかと思います。

書架追加

増え続けるわが家の本。

なんとか整理したいのですが、整理するための書架を置くスペースが、もうわが家には見当たりません。書架がなければ、書籍をきれいに整理できません。それでも一箇所、狭いスペースではありますが、書架を置くスペースを見つけました。横幅は40センチもありませんが、180センチの書架を置くことができましたので、これでしばらくはしのげそうです。

少し前にこのダイアリーでご覧いただいた、主に文庫や新書を並べている書架がいっぱいになってしまいまして、ここから岩波新書を新しい書架に異動しました。

新しい書架にもまだ余裕がありますし、文庫・新書メインの書架にも余裕が生まれたので、当面の書籍整理に困ることはなさそうです。

ただ、これも時間の問題です。これくらいの収容量アップでは一年程度しか持たないのではないかという気もします。

文庫・新書はできるだけレーベルごとに並べて置かないとダブって買ったりしてしまうのですが、書架に余裕がなくなると、レーベルごとに並べることができなくなるので、やはり書架に余裕があるか否かは大事です。

ⅡからⅢへ

三体Ⅱ 黒暗森林(下)』を読了しました。

実は『三体』は刊行からほどなく購入して一気に読み終わり、第二巻も発売されたらすぐに購入しました。そして『三体Ⅱ 黒暗森林(上)』を読み終わったのですが、それからしばらく読むのが止まっていました。

そして、お隣、韓国の作品をいくつか読み耽っていたのです。しかし、そんなことをしている間に第三巻が刊行されてしまったので、慌てて『三体Ⅱ 黒暗森林(下)』に立ち返り、読み終わったというわけです。

もちろん『三体Ⅲ 死神永生(上)』『三体Ⅲ 死神永生(下)』は購入済みですが、またもや韓国文学を読み始めてしまいました。とりあえず、こちらはそれほど時間をかけずに読み終わりそうなので、読み終わったら第三巻に戻ってきたいと思います。

ところで第一巻は、最初から三部作にするつもりだったのか否か、あたしには情報もなくてよくわかりませんが、最後の部分は少し駆け足と言いますか、強引に「第二巻へ続く」展開に持って行った印象を受けました。つまりラストと言いますか、後半に不満を覚える仕上がりでした。

そしてそして気を取り直しての第二巻でしたが、こちらは最初から第三巻ありきの展開でしたね。ですから、最後まで弛むことなく、なおかつしっかりと第三巻へ宿題を残した終わり方でした。どんな展開になるのでしょうか?

早くも三冊目? ようやく三冊目?

亜紀書房の『声をあげます』を購入しました。

これは亜紀書房のシリーズ《チョン・セランの本》の三冊目で、これまでに『保健室のアン・ウニョン先生』と『屋上で会いましょう』が刊行されていまして、どちらも読みましたが独特の世界観を持つ作品でした。

今回の作品はSFとありますので、また著者独特のワールドが展開されるのではないでしょうか? 期待しています。しかし、中国もそうですが、アジア圏は根っからSFが好きなのでしょうか? あるいは現状に対する閉塞感がやや空想的なSFの世界へ逃げ込む原因となっているのでしょうか?

ずっと探していたのです

書店回りの途次、古書ではありますが、
岩波文庫の『百科全書』を手に入れました。

実は、あたし、ずっと探していたのです。ついこの前までは普通に店頭に並んでいたような記憶があったのですが、気づいたらもう品切れになっていたのです。

気づいたのはどういうタイミングかと言いますと、文庫クセジュの『百科全書』が刊行されたタイミングです。文庫クセジュが『百科全書』の概説、入門書だったので、『百科全書』そのものを見てみたくなって探しまわったという次第です。

岩波文庫の『百科全書』が全訳でないことはわかっています。あれだけの大部なものですから、たかだか文庫本一冊に収まるわけがありません。あくまでダイジェスト、エッセンスだけを拾って邦訳したものです。

その岩波文庫の『百科全書』が品切れだったわけですから悲しいではありませんか! いまだに全訳(邦訳)は存在しませんから、これが一番手頃なものではないでしょうか?

本来であれば、上の写真のように書店店頭で二冊並べて展開して欲しかったところです。

絶版本はどうやって手に入れたらよいのでしょうか?

ちょっと興味が沸いたので『絶版新書交響楽』を買ってみました。

新書で読める世界の名作、しかし現在は品切れ絶版となっているものを紹介した一冊です。第一章は岩波新書、第二章が講談社、第三章が河出書房、という感じに大手が並んでいて、第四章は英宝社です。

講談社のミリオン・ブックスや河出新書はあたしも知らないレーベルでしたが、英宝社はその版元名すら頭の中にありませんでした。不甲斐ない!

そして第六章はその他のマイナー新書を取り上げていますが、その間に挟まれた第五章が白水Uブックスなのです。

そんな本書の第一章、岩波文庫は「岩波新書の中国文学」という章題です。岩波文庫ならわかるのですが、ある時期、岩波新書で中国文学が刊行されていたのですね。全部で5点が取り上げられていました。で、あたしも自宅の書架を漁ってみたところ趙樹理の『結婚登記』を所蔵していました。もちろん古書店で手に入れたものですが、他の四作品は古書肆で目にした記憶すらありません。

そんなことを考えていましたら、かつて東方書店から刊行された高島俊男『独断!中国関係名著案内』を思い出しました。本書は東方書店のPR詩『東方』に連載されていたものを単行本化したものですが、その中にコラムとして「岩波新書中国関係」というのがあり、そこで岩波新書の中国モノを幅広く取り上げていました。最後に

総じていえば、戦後の岩波新書中国関係は、いいものもあるが、ずいぶんつまらないものも多く、貫禄十分の戦前版にくらべると、だいぶ見劣りする感をまぬかれない。

という、いかにも高島さんらしい一言で締めくくられています。

さて、話は戻って第五章のUブックスです。5作品が取り上げられています。ああ、こんな作品もあったなあ、と思いつつ、「あれ、これももう手に入らなくなっていたのか」と驚いたりもしました。社内にいると、意外とそういうところに疎くなったりするものです(汗)。

というわけで、同書では取り上げられていませんが、わが家の書架に所蔵するUブックスの絶版本コーナーが二枚目の写真です。海外モノは、復活させるにしても、まずは翻訳権の問題があり、そこが一つ大きな壁になります。また、以前の翻訳・邦訳のまま復活させてもよいのか、現在の読者の鑑賞に堪えうるのか、という問題も出て来ます。この十数年(?)新訳がブームなのも宜なるかな、ですね。

ちなみに白水Uブックスでは、この数年「永遠の本棚」として自社・他社でかつて刊行されていて現在では入手不可能になっている作品の復刊を行なっています。「これの復活を待っていた」という多くのお客様の後押しもあり、どれも一定数は確実に売れますし、ものによっては更に版を重ねている作品もあります。こちらも是非ご注目ください。

お引っ越し?

わが家の書架の、ほんの一部です。

見てご覧の通り、上の段には新潮社の「クレストブックス」を並べています。

実は、「クレストブックス」、これまでわが家の書架の三か所に分かれて置かれていました。意図的に三か所に置いていたわけではなく、買ってきて、あまり考えもせずに棚に並べていたら、いつの間にか三か所に分かれてしまっていたわけです。

しかし、同じレーベルを別々に置いておくと同じ本を複数買ってしまうことがあるので、やはり同じ場所に集めておきたいところです。少し前からそう思っていたのですが、ようやくこの週末に実行に移したところです。

ちなみに、下の段には、あたしの勤務先のガイブンシリーズ「エクス・リブリス」を並べていますので、ここはちょっとしたわが家のガイブンコーナーになっています。そして、その下の段は、棚の高さの調整のため岩波文庫を並べていますが、ここは中国古典の邦訳ばかりを並べている棚になっています。

というわけで、ちょっとした蔵書のお引っ越しでした。

オリビア・ニュートンジョンを聴いて岩波文庫を買う

タイトルは「風が吹けば桶屋が儲かる」を思わせるものになっていますが、違います。

あたしの青春真っ只中は洋楽が非常に流行っていました。

で、この連休中の巣ごもり中に、どういう経緯だったのかは覚えていませんが、なんとなく懐かしくなって当時の洋楽をネットを漁って聴いていました。そんな一曲がこちら、オリビア・ニュートンジョンの「XANADU」です。

懐かしいなあと思って聴いていたのですが、ふと「このXANADUってどういう意味だ?」と思ったので調べてみました。

すると、フビライ・ハーンが作った都の名前なんだそうです。中国史好きとしては盲点でした。そんな言葉だったとは……

そして、この「XANADU(ザナドゥ)」という単語ですが、イギリスの詩人・コウルリッジの『クーブラ・カーン』に出てくるものだそうで、この幻想詩がきっかけとなって、ザナドゥのイメージがヨーロッパ人の間に広まったのだとか。

となると、その『クーブラ・カーン』という作品を読んでみてみたくなるではないですか! 調べてみたところ、何ともお手軽なことに岩波文庫に『対訳 コウルリッジ詩集』という一冊があり、その中にお目当ての『クーブラ・カーン』が収録されていたのです。

なので、買ってしまいました。『クーブラ・カーン』という作品自体はそれほど長いものではなく、あっという間に読めてしまいますが、これがその後、それほど大きな影響を及ぼすことになるとは!