『眠りの航路』と三島由紀夫

呉明益の新刊『眠りの航路』の重版が決まりました。

オビだけを読むと戦争をテーマにした重苦しい作品なのかなという印象を受けるかも知れませんが、そんなことはありません。もちろん台湾から日本にやってきた少年工たちの戦争との関わり方が描かれていますので、戦争が大きな背景になっていることは確かです。ただ、そこには暗さとか重さといったものは、少なくともあたしには感じられませんでした。もしかすると、これが呉明益世代の台湾人にとっての戦争との距離感なのかも知れません、

そして、今回は日本の読者に対して大いにアピールしたいのは、本作に出てくる日本人青年の平岡君です。彼については本作の公式サイトにも内容紹介で以下のように触れられています。

三郎が暮らした海軍工廠の宿舎には、勤労動員された平岡君(三島由紀夫)もいて、三郎たちにギリシア神話や自作の物語を話して聞かせるなど兄のように慕われていたが、やがて彼らは玉音放送を聴くことになるのだった――。

そうです、平岡君とは後の三島由紀夫のことなのです。

この件については、本書の訳者あとがきにも書かれていますので、興味ある方はこちらを読まれてから本文に進まれるのもよいでしょう。また訳者の倉本知明さんは別途noteにもこの件について興味深い文章を掲載されています。

さらに原作者・呉明益さんも『我的日本 台湾作家が旅した日本』所収の「金魚に命を乞う戦争――私の小説の中の第二次世界大戦に関するいくつかのこと」で三島由紀夫と高座について書かれています。是非、こちらも読んでいただければ幸いです。

なお呉明益さんは10月下旬に河出書房新社から『雨の島』という新刊が刊行になりますので、そちらも是非お楽しみに。

断捨離してみました

名刺ってどんどんたまるものです。

最近は、デジタル名刺のようなものも出て来ていますが、やはりビジネスの世界はまだまだ紙の名刺がバリバリの現役です。ですから、整理しないと増えていく一方です。

あたしはA4判のファイル数冊に、営業部に遷って以来の名刺をまとめているのですが、このたび全部処分することにしました。だって、もう何年も見返すことなんてなかったですから。

持っている名刺は大きく分けて、他の出版社の人、取次会社の人、書店の人になります。こう言ってはなんですが、ほとんどの人は記憶がありません。申し訳ないです。これでは何のための名刺交換なのか……

それにしても、書店をはじめ今となってはもう存在しないところが多々あったのは、少し寂しくなりました。この数十年の業界の栄枯盛衰が感じられます。もちろん今も現役、仕事でしょっちゅうお世話になっている方も大勢いらっしゃいましたが、悲しいことに亡くなられた方も何名か……。

ちなみに、いま担当している書店の方の名刺は机の抽斗に整理していますので、今回処分したファイルは過去に担当していた書店のものなので、今となってはまるっきり変わってしまっているのでしょうね。

先にこっちを読むべし?

呉明益の新刊『眠りの航路』は、眠り、睡眠がキーになっている作品です。

決して『名探偵コナン』の「眠りの小五郎」をもじったわけではありません(汗)。

それはともかく、眠りがキーワードではありますが、戦時中日本軍に徴用され日本の兵器工場で働かされた台湾人の悲哀がベースとなっています。ただ「訳者あとがき」にもあるとおり、悲哀ということで戦争を非難しているとか、日本国の戦争犯罪を告発しているとか、そういった重さはありません。実に淡々としています。

そして主人公と父親との関係性が大きな軸になっていますので、最近文庫になった『自転車泥棒』という作品が思い起こされます。この二冊は間違いなく併読すべき作品です。

ただ、戦争の話は暗い、重苦しいと感じられるのであれば、まず先に『我的日本 台湾作家が旅した日本』を読むことをおすすめします。これは十数名の台湾作家による日本旅行記をまとめたものですが、その中に呉明益の訪日録も収録されています。それがそのまんま『自転車泥棒』『眠りの航路』の創作ノートになっていると言っても過言ではありません。これを読んでから上掲2作品を読むと作品の背景やどうしてこの作品が書かれたのか、書かなければならなかったのかが理解できるでしょう。

そして、『眠りの航路』でも作品の舞台では済まないほど存在感をもって描かれている中華商場については、同じく呉明益の『歩道橋の魔術師』を手に取っていただければと思います。こちらは近々河出文庫になります。

20年目だけではなく48年目も……

今日は9月11日です。

朝日新聞読書欄でも取り上げられていましたが『倒壊する巨塔(上)』『倒壊する巨塔(下)』が、まずは思い出されるわけですが、今日はそれだけではありませんね。1973年の9月11日も世界史のなかでは忘れられない一日ではないでしょうか。そうです、南米チリのクーデターです。

 

チリ出身の作家は、多かれ少なかれクーデターの影響を受けているはずです。あたしの勤務先で言えば、まずはボラーニョではないでしょうか。多くの作品にクーデターが影を落としています。

そんな中、作品自体はクーデターを扱っているわけではありませんが、ルイス・セプルベダの『カモメに飛ぶことを教えた猫』などは如何でしょう。クーデターにより投獄され刑務所暮らしを体験しています。そしてルイス・セプルベダは2020年に新型コロナウイルスで亡くなっているのですよね。

恐らく、今日は日本のニュースでもアメリカの同時多発テロを取り上げているところが多いと思いますが、チリのクーデータについて取り上げるニュースや情報番組はどのくらいあるのでしょうか。

毎晩寝るまえのルーティン

近刊のご案内です。

左がもうすぐ刊行になる『寝るまえ5分のパスカル「パンセ」入門』です。

パスカルの『パンセ』は文庫などで各社から出ていますので、非常に馴染みのある書物だと思いますが、読んだことある人はどれくらいいるのでしょう?

本書は、そんな『パンセ』をわかりやすく紹介したフランスのラジオ番組を書籍化したものです。まずはこの一冊から始めてみるのは如何でしょう?

もちろん既刊『寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門』を読まれた方ならば、「こんどはパスカルにチャレンジだ!」と意気込んでいらっしゃるかも知れません。店頭に並ぶまで、しばしお待ちください。

そして書店の方、是非この二冊は併売をお願いします。著者のアントワーヌ・コンパニョンはこの二冊以外にも他社から翻訳が出ていて、日本でもそれなりに知られた学者です。

ちなみに、寝るまえに読むのであれば、あたしの勤務先からはもう一冊『寝るまえ5分の外国語 語学書書評集』なんていうのも出しております。

本って実はとっても安上がりな娯楽なんだと思う

朝日新聞の「声」欄にこんな投書が載っていました。

本が高価だと見出しにあるので読んでみると、新聞で紹介されていたり広告に載っていたりする書籍の価格が軒並み2000円以上であるという訴えです。

うーん、最近では文庫や新書も高くなり、単行本であれば、2000円以下のものを探す方が大変だというのが半ば常識化しているあたしのような業界人には目から鱗であると共に、世間一般の方の感覚を知るよい機会でもありました。

しかし、この数十年、日本は物価が上がらず、そして給与も上がらず、そのために世界の潮流から隔たってしまっているわけです。モノにはそれにふさわしい正当な対価を払うべきだという感覚がもっと広く行き渡ればよいとも思います。

それにしても、この投書にもあるように、本って他の人と楽しめるだけでなく、他の娯楽に比べて楽しめる時間も長いです。2000円以上する小説を読むのに5時間かかったとすれば、一時間400円です。せいぜい二時間程度しか楽しめない映画に比べるとはるかに安上がり、割安なレジャーではないでしょうか?

初の文庫化

台湾の人気作家、呉明益の『自転車泥棒』の文庫版が刊行されました。

あたしは、もちろん単行本が出たらすぐに買って読みましたが、このたび文庫の方も買ってしまいました。

文庫の方は、巻末に鴻巣友季子さんの解説が付いていますが、冒頭、訳者の天野健太郎さん、温又柔さんとの鼎談の思い出話でウルッときてしまいました。それに、コロナなんて予想もしなかったころには呉明益さんも来日されましたよね。

懐かしいです。

ツァーリの時代?

ロマノフ朝史 1613-1918(下)』が刊行になり、先月刊行の『ロマノフ朝史 1613-1918(上)』と、まずは併売をお願いしたいのですが、振り返ってみますと、あたしの勤務先、意外とロシア帝国に関する書籍を刊行しているのですよね。ちょっと並べてみました。

ロシア帝国の人物の中でも最も有名な一人である『エカチェリーナ大帝(上)』『エカチェリーナ大帝(下)』、そしてロシア帝国時代の戦役である『クリミア戦争(上)』『クリミア戦争(下)』を覚えている方も多いのではないでしょうか。

そして、これらロシア帝国の舞台の一つ、『クレムリン 赤い城塞の歴史(上)』『クレムリン 赤い城塞の歴史(下)』も記憶に新しいところではないでしょうか?

しかし、どれも上下本というボリューム、たった4点なのですが、これだけで十二分に壮観です。余力があるのであれば、『ロマノフ朝史』と同時期に刊行した、これまた上下本の『ナターシャの踊り(上)』『ナターシャの踊り(下)』も一緒に如何でしょうか?

劇中劇とはどのような感じなのかしら?

カンヌで賞を取り、満を持して公開された映画「ドライブ・マイ・カー」ですが、盛んに宣伝しているとおり戯作は村上春樹の『女のいない男たち』に収録されている作品です。

原作がどうなっているのか知りませんが、今回の映画では劇中劇として「ワーニャ伯父さん」「ゴドーを待ちながら」があるそうです。

ゴドーと言えば、あたしの勤務先のベスト&ロングセラー『ゴドーを待ちながら』です。新書判で手頃な価格ですので、文春文庫の映画原作と是非ご一緒に!

鈍器です

ロマノフ朝史 1613-1918(下)』の見本が出来てきました。

先月は『ロマノフ朝史 1613-1918(上)』が刊行になり、下巻も今月末には店頭に並ぶ予定です。

ロマノフ朝を俯瞰する、この重厚な上下本。上下で重さは1.8キロ、積むと厚さの合計は10cmを超えます。値段もそこそこ致しますので、大型店でないと店頭に並んでいないかも知れませんが、見かけたら手に取ってご覧いただければ幸いです。