暑さ寒さも彼岸まで

今年の夏は記録的な暑さだったとのこと。記録的な暑さというのも、ここ数年毎年のように言われている気もしますが、それくらい異常気象が常態化すると、数年もすればこの夏くらいの気温が平年と言われるようになるのでしょうか。ちょっと怖い未来です。

とはいえ、暑さ寒さも彼岸までと昔の人は言ったそうですが、少なくとも東京在住の人は、この言葉の凄さそして昔の人の偉大さを実感しているこの週末ではないでしょうか。あたしもその一人です。

そして、お彼岸と言えばおはぎです。昨日の帰路、国分寺駅マルイの中にあるあけぼので、おはぎを買いました。それが画像です。

あれっと思った方もいらっしゃると思いますが、おはぎと聞いて多くの人が思い浮かべるようなあんこで包まれたおはぎは買いませんでした。選んだのはきなこをまぶしたおはぎです。それと白玉栗大福です。

前にも書いたように、母がこしあん派なので、粒あんを選ぶことは滅多にありません。そして、そろそろそんな季節なのかということで、栗の入ったものをチョイスした次第です。

統一とはどういうことか?

今日は新刊『統一後のドイツ』の見本出しです。配本は9月29日ですので、店頭に並ぶまでしばしお待ちください。では、本書はどういう内容なのかと言いますと、タイトルがズバリそれを表わしていますが、ウェブサイトの説明を引用しますと

ベルリンの壁崩壊から三六年、今秋十月にドイツ統一から三五年を迎える現在、「東西ドイツの差」は依然として様々な分野で残り続け、とりわけ東ドイツ各州では、移民政策に異を唱える右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が多数の議席を獲得している。本書はこの現状への強い危機感のもと、統計やデータを駆使し、その背景にある東ドイツの社会的、政治的、文化的状況を統一前夜から現下まで論じる。

とありますように、東西ドイツ統一とは言いながらも、いまだに一つになりきれていない現実があるということのようです。では、そんな分裂時代はと言いますと、昨日のバーキンでも取り上げました河出書房新社から『壁の向こう側 東ドイツ知られざる生活 1949-1990』という本が刊行されます。なんと『統一後のドイツ』と同じ日の発売予定です。

しかし、分裂時代のドイツと言えば、あたしの勤務先だって『東ドイツ史1945-1990』という本を出しています。是非こちらも忘れずに併売していただけるとありがたいです。

バッグよりは断然安いはず!

こんな本が刊行されたのに気づきました。

ジェーン・バーキン 永遠のファッションアイコン』です。河出書房新社から出版されたばかりのようです。ウェブサイトには「いつまでもオリジナルな輝きを放つ、永遠のフレンチミューズの着こなしのすべて」と書いてあるので、タイトルどおりファッションに的を絞った一冊のようです。

この河出書房新社、バーキンが大好きなのか、12月には『ジェーン・バーキン日記』という本も刊行予定です。こちらは「完全限定生産スペシャルボックスセット」などと書いてありまして、予価はなんと19,800円(税込)だそうです。

まあ、バーキンのカバンを愛用するような人であれば、このくらいの値段はどうってことないのでしょう。ファンであれば値段も確認せずに「即買い」なのだと思います。そしてこの値段や造本からは、そういうファンを狙った本なのだと思われます。

ちなみに前者、『ファッションアイコン』の方は税込3,465円ですから、ずっとリーズナブルなお値段です。とはいえ書籍としては、まあまあなお値段です。翻訳書はどうしても高くなりがちです。

こんな2点に対して、あたしの勤務先も『ジェーン・バーキンと娘たち』という本を出しています。こちらはバーキン家族と40年来の親交がある日本人著者による書き下ろしです。税込2,970円ですので、まずはこの一冊から如何でしょうか?

体調不良の時のケンタはちょっと重かったです(涙)

先の三連休から喉の調子がおかしいです。カミソリを飲み込んだような痛み、とニュースで言われているコロナだったか、インフルエンザだったか覚えていませんが、あたしの場合、もちろん喉は痛かったのですが、そこまでの痛みではありませんでした。

むしろ、喉のいがらっぽさが気になり、声も普段とはまったく違うものになってしまっていますし、時々咳が出て、痰が絡むようになることもあります。体温を測っても発熱をしているわけではないのですが、体はちょっとだるいです。

今日は声があまりにもガラガラだったのと、鼻水が出るので、出勤はしたのですが、キリのよいところまでで仕事を切り上げて、昼前には帰宅しました。そこからは在宅勤務です。

帰宅時に、国分寺駅前のケンタッキーフライドチキンで「とろ~り月見チーズフィレバーガーセット」を買って帰りました。ドリンクはさっぱりしたものが欲しかったのでメロンソーダです。

少し前にマクドナルドの月見を賞味しましたが、それよりもボリューミーですね。体調が少し落ち気味だからでしょうか、途中でお腹いっぱいになってしまいましたが、なんとか食べきりました。体調万全であれば、キット美味しくいただけたのでしょう。

ちなみに帰宅後に近所の内科へ行きましたが、コロナでもインフルエンザでもなく、ただの風邪だそうで、喉もきれいだと言われました。市販薬を服用して様子を見て、という処方でした。

何冊目の論語?

現代日本語に翻訳されている古典は洋の東西を問わず数多くありますが、その中でも『論語』は他の追随を許さないほどの現代語訳が刊行されているのではないでしょうか。日本に『論語』が請来されて以来、多くの学者、文人が注釈を施し、和訳したりしてきましたが、明治以降に限ってみても断トツだと思います。わが家にもいったい何冊の『論語』が書架に並んでいることでしょう。

そんな『論語』にまた一つ邦訳が加わりました。光文社古典新訳文庫の新刊です。『論語』が出たからには、古典新訳文庫で『孟子』『老子』『荘子』なども続いて刊行されるのでしょうか。ちょっと期待しています。

ずいぶん前に祥伝社新書で『高校生が感動した「論語」』という本が刊行されていましたが、『論語』は大人から子どもまで、どの世代にも受け入れられる古典ということなのでしょう。ただ、こんな質問は愚問なのでしょうが、『論語』はどの世代が読むのが一番よいのでしょう。高校の時に読むべきなのか、サラリーマンが読むべきなのか。

中国古典を学んでいた立場の独断と偏見で言わせてもらいますと、高校生は『韓非子』を読め、サラリーマンは『老子』がお薦め、『論語』を読むなら老後がよいのではないか、と思っています。受験競争やイジメ問題など何かと人間関係で悩みがちな学生時代は『韓非子』のドライな考え方に救われると思います。何かとストレスの多いビジネス社会を生きるには『老子』の生き方が参考になるはずです。

そんな山あり谷ありの人生がようやく終盤にさしかかったころ、『論語』の言葉が心にしみるのではないかと思います。まあ、興味を持ったら、その時に読んでみるのが一番なのであり、繰り返し読んでいると受け止め方も変わってくると思います。

2025年9月15日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

既に覚えていないことでしょう

先月、母の姉、つまりあたしの伯母が91歳で亡くなったと、このダイアリーに書いたと思います。母には姉が4人いまして、他の三人はまだ存命なのですが、とても元気と言えるような状態ではありません。

現に先月の伯母の通夜と葬儀、会葬できたのはうちの母だけですから。それもあたしが車で連れて行ったから行けたようなもので、うちの母だって一人で電車を乗り換えていくことはできなかったでしょう。

で、先日亡くなったのは一番上の姉(母から見て)で、すぐ上の姉二人に母が連絡を取った時に、上の上の姉が最近養護施設に入ったと聞いたので、ようやく時間も取れて、様子を見に行ってきました。東京を西から東へ横断するような場所にあるので、クルマで一時間半くらいかかりました。

施設に着いて、入所している方々がテレビを見て談笑している広間みたいなところに案内されたのですが、あたしも母もすぐには伯母がわかりませんでした。それくらい人相というか、雰囲気が変わっていたのです。たぶん街中ですれ違ってもわからないでしょう。

その後、伯母の部屋で話をしているぶんには、ああ、知っている伯母さんだ、という感じも見えましたし、伯母さんも我々のことがちゃんとわかっているようでした。ただ一番上の姉が先日亡くなったことを何度言っても覚えていない、覚えていられない様子でした。

たぶん、母とあたしが帰った後、ものの数分で誰かが来ていたことなど忘れてしまっていることでしょう。家族が来て「今日、誰か訪ねてきた?」と聞かれても「誰も来ないよ」と答える様子が目に見えるようです。でも、ボケ症状がかなり出ているだけで、体は健康のようです、特に具合の悪いところなどなさそうなので、これは長生きするのではないかと思いました、そのうち寝たきりになるのかもしれませんが。