最低で最悪のレストラン

あくまで夢の話なので、タイトルに惑わされないでください。

左側の背中と腕が痛むので、心地よく眠れないから、こんな夢を見てしまったのでしょうか?

どこのお店なのかはわかりませんし、誰と言ったのかも記憶が曖昧です。割とお高い洋食のお店であったことは確かで、大きくて長いテーブルにこちら側に四人、向かい側に四人、合計八人での会食でした。夜ではなく昼のようでした。

家族・親戚での会食にしてはちょっと豪華なお店ですので、やはり仕事上の会食だったのでしょうか、あたしは末席に座っていました。前菜から始まって、少しずつ料理が運ばれてきますが、なぜか七人分しか運ばれてこず、あたしの分がないのです。

ウェイトレスさん曰く、材料が足りず、現在調達中とのこと。高級なお店でそんなことってあるの(?)と思いつつ、そこが夢ならではなのですが、あたしは一人ぽつねんと他の七名が美味しく食事しているのを指を咥えて見ているだけです。お店側も不憫に思ってくれたのか紅茶を出してくれました。

食事も進み、他の七名にはメインディッシュの皿が運ばれてきました。分厚くて柔らかそうなステーキです。フォークとナイフを手にお肉を口に運んでいます。そこへやって来たウェイトレスさんが「紅茶のおかわりは如何ですか?」と言うので、それよりもあたしの食事はどうなっているのかと聞き返すと、あと三十分くらいで出せそうだとの回答。

他の人たちはメインディッシュを口にしていて、あとはデザートを残すのみなのに、あたしだけそこからコース料理がスタートするなんて、いくらなんでもひどすぎます。仕方なくあたしは、料理はもう要りません、と断わりました。この間、シェフにしろ、店のオーナーにしろ誰一人お詫びに出て来る者はいません。テーブルに来たのはこのウェイトレスさんだけです。

ミシュランで星を獲得しているお店なのかもしれませんが、あまりにもひどい対応ではないでしょうか? あたしもこれは夢だとわかっていたので、そのウェイトレスさんに「このことはSNSにしっかりと書きますので」と断言しました。もちろん、現実であればそんなことはしません。まあ、ブログで「ひどいお店に行っちゃった」くらいは書くかもしれませんが、名前を出そうとは思いませんし、そのお店のウェブサイトに罵詈雑言を書き込もうとも思いません。夢なので、ちょっと過激なことを口走ってしまいました(笑)。

単なる寝違えなのか、はたまた内臓の疾患なのか?

先週の水曜日、朝出勤しようとしたときに背中に違和感を感じました。

寝違えて筋を痛めていたのにいまさら気づいたのか、それとも出かけようとしてカバンを持ったときに筋を痛めたのか、どちらなのかはわかりませんが、左の肩甲骨の周囲が痛みました。

その時は、ちょっとした筋違えだと思って、それほど気にしていなかったのですが、翌日になっても痛みはとれません。むしろより痛みが増している感じです。

そして背中の痛みだけでなく、左の上腕部も痺れるような痛みを感じ始めました。重いものをずっと持っていて腕がだるくなったときに似た感覚ですが、痺れていますし痛みもあります。

ひとまず自宅の薬箱にあったサロンパスを背中に貼ったり、バンデリンを塗りまくったりしてみましたが、一向に改善しません。

この土日を過ぎても痛みは治まらず、腕の痺れは上腕だけでなく手首にまで達しています。つまり左腕全体がだるくて痺れていて、多少の痛みがあるのです。左肩甲骨周囲の痛みも、取り立てて痛みが強くなることはないですが、痛みが引く気配もありません。

単なる筋違えであればよいのですが、内臓の疾患が原因で痛むのだとしたら、ちょっと嫌ですね。ネットを検索してみたら、肩甲骨の周囲が痛むのは膵臓が悪い場合があるという記事を見つけました。さて、どうなのでしょう?

とにかく現在は、横になるのも苦痛です。

マックみたい?

昨日、自宅のPCのOSをWindows10からWindows11にアップグレードした続報です。

昨日の時点では、そんなに違いはないと書きましたが、確かに操作性や基本的な動作に関しては変わっていないと言えます。まあ、あまりに変わってしまったら、操作に慣れるのに一苦労ですし、インストールしてあるアプリやソフトの動作がおかしくなってしまいそうですから。

ただ、その一方でやはり変わったなあと感じるところもあります。それが見た目です。実は正確には覚えていないのですが、Windows11になってからは起動しているウィンドウの四つ角が丸くなりました。Windows10の時は四角く角張っていたと思うので、見た感じはとてもソフトになった印象を受けます。

いろいろな動作を確認するメッセージ、アラートなども丸みを帯びていて、あたしの記憶が正しければ、マッキントッシュの見た目によく似ています。たぶんネット上でもWindows11がマックにそっくりとまでは言わずとも、よく似ているという声は上がっているのではないでしょうか?

さて、そんなWindows11ですが、ひとつ嬉しいことがありました。それは動作がおかしかったアプリが正常に動作するようになったことです。

具体的に書きますと、ジャストシステムJUST PDFというPDF作成・編集ソフトがあります。それが正常に動作せず、毎回エラーが出ていたのです。エラーメッセージをヒントにネットを検索してみると、Windows11をWindows10にダウングレードしたときにアプリとの相性で出るメッセージのようだとわかりました。確かにこの間、Windows11へのアップグレードがうまくいかず、ほぼWindows11になったところでWindows10に戻すということが続いていましたから、ネットに書いてある情報が当てはまります。

ですので、今回Windows11へのアップグレードがうまくいったことによって、毎回起きていたエラーが起きなくなりました。ささやかなことですが、やはり日常的に使っているアプリがうまく動かないというのはストレスが溜まります。それが見事に解決したのはとても嬉しいことでした。

他者理解とは?

昨日の朝日新聞読書欄で『「その他の外国文学」の翻訳者』を取り上げていただきました。

お陰様で、同書は刊行前からSNSで話題になり、刊行後も非常に好調な売行きです。

知らない言語を知るというのは、その言葉や、その言葉を使う人たちに対する興味、関心、愛着があるということだと思います。外国語を学ぶということは異文化理解、他者理解の第一歩だと思います。

もちろん、その言語を自分では習得できなかったとしても、翻訳者によって邦訳された文学作品を読むことで理解が進むところはありますので、これはこれで大事なことだと思っています。

そんな考え方の延長にあるのだと思いますが、『ニューエクスプレスプラス ウクライナ語』も売れています。ロシアのウクライナ侵攻によって、ウクライナという国への関心が高まっているのでしょう。それはそのまま侵略側であるロシアに対する関心にも繋がっているようで、『ニューエクスプレスプラス ロシア語』も売れているのです。

というように、戦火を被っていない日本では素朴に両国に対する関心もあって語学書が売れているわけで、他者理解の第一歩なのだと考えられます。ただロシアとウクライナの現状を見ていますと、言葉を知ったからといって理解が進むのか、という疑問も湧いてきます。

親戚や家族が両国に別れて暮らしていた人も多かったように、そして侵略以前は両国の人々が素朴に感じていたように、ロシアとウクライナは兄弟のような国であり、お互いの言葉もほぼ理解できる間柄だったと思います。言葉を理解するのが相手を理解することの第一歩なのだとしたら、どうしてロシアとウクライナは戦争をしているのでしょう?

理解が進むと、こんどは近親憎悪が生まれるのでしょうか? あるいはあまりにも近くなると共通点ではなく相違点に目が向くようになるからでしょうか? 似ているからこそ、同じだと思い込みやすく、ちょっとした違いが許せなくなるのでしょうか?

成功したみたい?

少し前に、自宅のPCをWindows11へアップグレードしようとしても失敗する、既に数回試みた、という趣旨のダイアリーを書きました。その後も諦め悪く、Windows11へのアップグレードはできないものかと考えておりました。

ネットを検索していたところ、いくつかヒントになることが書かれているページを見つけました。ヒントの一つがUSB機器を取り外す、というものがありましたが、それは既に試みたので、あまり信用しませんでした。

その他のヒントとして、アンチウイルスソフトを無効にしてからアップグレードする、というものがあり、これはWindows自体ではなく、その他のアプリ、ソフトのインストール時にも注意事項としてしばしば挙がるものですね。アンチウイルスソフトの無効化については、過去のアップグレード時にどうしていたか覚えていないので、今回はしっかり無効にしてから試みようと心に決めました。

そして、今回見つけたページで書いてあったヒントで一番あたしが注目したのはPowerDVDなどメディア系のアプリはアンインストールしておく、というものでした。実はあたしのPCにはまさしくそのPowerDVDがインストールされているのです。

というわけで、GW中で時間的余裕もできた本日午後、何度目かのアップグレードを試みました。もちろんPowerDVDはアンインストールし、アンチウイルスソフトは無効化しました。Windows11のダウンロードとインストールは過去数回と同じように問題なく終わり、さてその後どうなるかと画面を見つめていると、「更新プログラムを構成しています」というメッセージが現われました。これまでもこのメッセージの後にブルー画面が出現したからです。

ところが、今回はブルーが面が出ることなく、スタートのログイン画面が表示されました。パスワードを入力してデスクトップが開きましたが、アイコンが表示されていません。「あれ? うまくいったの? ダメだったの?」と思いながら画面を見ていると、画面が消えたり付いたりを繰り返します。消えるといっても真っ暗になるのではなく、一瞬だけ真っ白な画面になってすぐにデスクトップに戻るだけなのですが、とにかくそんなことが10分以上は続いたと思います。

それが一段落して改めてログインすると、今までとそれほど変わらないデスクトップがあります。ただ、アイコンがちょっと違いますし、画面下のタスクバーに配置されているアイコンの位置が真ん中に寄っています。どうやら無事にWindows11にアップグレードできたようです。

GW突入早々のよいニュースでした。

 

ささやかな断捨離?

GWの初日です。

あたしは、コロナとは関係なく、こういう混雑するときに旅行に行く習慣もなければ、そもそもそれほど旅行が好きでもないので、朝から部屋の片づけをしていました。

何を片付けていたかと言いますと、空き箱です。PC周辺機器などの箱が部屋にあふれかえっているのを整理したのです。

整理とは言っても、つまりは潰してゴミに出すだけです。ゴミも収集日は少し先になるので、まとめて縛っておくまでしかできませんが、そんな作業をしておりました。

PC周辺機器やテレビ、レコーダー用のHDDの箱、何か故障があってメーカーに修理に出すときに必要になるので、マニュアルと一緒に取っておくことが多いのですが、延長でもしていなければ保証期間の一年を過ぎたものがほとんどですから、今さらもうメーカーへ修理に出すことはないでしょう。

というわけで、いくつか積まれていた箱を片っ端から潰しまくったのです。途中で指や手を切ったりしてしまいましたが、ほぼ片付きました。予備のケーブルが入っていたり、マニュアルが入っていましたが、それらは箱を一つだけ残しておいて、そこにまとめて突っ込んでおくことにしました。

マニュアルは、もう見ることもないですし、最近はメーカーのウェブサイトでPDF版を見ることが可能なので、紙ベースのマニュアルを取っておく必要もないのでしょうが、やはり昭和世代としては製品を使っている以上、マニュアルは手元に残しておきたくなるものです。ケーブルは他でも使えるので(使うこともあるでしょうから)捨てずにおきました。

そんな作業をしたにもかかわらず、部屋は決して片付いた感じはありません。やはりこれら空き箱の何十倍も分量がある本を片付けない限り、あたしの部屋が広々することはないのでしょう。

ところで、PC周辺機器の空き箱はこのように片付けましたが、PCソフトってどうしましょうね? 前にもこのダイアリーに書いたことがあるかもしれませんが、PCソフトってバージョンアップをしながら購入しているので、ずいぶん前のバージョンから、これもマニュアルやインストールメディアであるDVDやBlu-rayともども函に入って、部屋の中のそれなりのスペースを塞いでいます。

バージョンアップ版ですと、インストールの時に前のバージョンのディスクが必要になることがあるので、前のバージョンを処分できずにいたら、こんなことになってしまいました。「新規にインストールすることなんてあるの?」と聞かれそうですが、PCを新しく購入したと行きに、そちらの環境を整えるときにソフトのインストールが必要になります。

最近のソフトは個人使用であれば複数のPCへのインストールが可能のものが多いので、とはいえ、あたしの場合せいぜい2台くらいですが、新しくインストールをすることがあったりするので、そうなるとバージョンアップ版をインストールするときに、直前のバージョンだけ残しておけばよいものなのか、なかなか踏ん切りが付かず現状に至るわけであります。

これらも現役のものとその前のバージョンだけ残して断捨離をしないとなりませんね。

今日の配本(22/04/28)

運命論者ジャックとその主人[新装版]

ドニ・ディドロ 著/王寺賢太、田口卓臣 訳

脱線に次ぐ脱線。主人は聞けるか、ジャックの恋の話――旅する二人と出会う人びと、首を突っ込む語り手らによる快活、怒涛の会話活劇。

地獄の門

モーリス・ルヴェル 著/中川潤 編訳

人生の残酷や悲哀、運命の皮肉を短い枚数で鮮やかに描き、ポーやヴィリエ・ド・リラダンの後継者と称されたルヴェルの残酷コントは、20世紀初めのフランスで絶大な人気を博し、本邦に紹介されて江戸川乱歩や夢野久作らも魅了した。第一短篇集『地獄の門』収録作を中心に、新発見の単行本未収録作を加えた全36篇を新訳で刊行。

後期ローマ帝国史Ⅰ
帝国の勝利

マイケル・クリコフスキ 著/阪本浩 訳

本書は、ハドリアヌスからユリアヌスまで、2~4世紀を年代順に、人事と権力闘争、外敵との戦いを扱った政治史である。共和政期、帝政前期の政治史については、日本語で読める文献も多く、皇帝の伝記もある程度揃っている。しかし「危機」の時代と呼ばれる3世紀については、ギボン『ローマ帝国衰亡史』を除けばきわめて少ない。本書はそれを補う、碑文学・古銭学を駆使し最新の研究成果を反映した通史であることに加え、著者はこの時代を「衰退」の時代、「滅亡」へと向かう過程ではなく、多くの失敗もあったが数々の改革を試み、内外の危機に見事に対応した勝利の時代として描いている。

一応、誕生日&母の日のプレゼントなわけです

新しくリクライニングソファーを買いました。

先日の誕生日で79歳になった母は、この数年、膝の痛みを訴えるようになり、室内でも立ったり座ったりがつらそうです。なので七、八年前に高座椅子と呼ばれるものを買ってあげたのですが、それが座面がとうとう壊れてしまったのです。

写真が新しく買ったソファーで、壊れた高座椅子が後ろにひっそりと写っています。前の高座椅子は座面が30センチほどの高さで、それでは最近の母にはちょっと低すぎる(=立ちあがるのが大変)ので、もう少し座面が高いものを捜しました。

ただ、和室に合いそうな高座椅子はほとんどが座面の高さが30センチで、もっと低いものすらありました。また背もたれがあまりない、あってもとても低いので、そのあたりの母の要望を受け、背もたれが高く、座面の高さも少し高めのものを捜したのです。ただ、あまり座面が高くなってしまうと、ただのダイニングチェアーになってしまうので、そのあたりの加減が難しいところです。

そして見つけました。以前のよりも洋間に合いそうな商品ですが、母も気に入ってくれました。4月が誕生日だったので、誕生日プレゼントと母の日のプレゼントを兼ねた贈り物としました。

今日の配本(22/04/27)

みんなの疑問に答える
つぶやきのフランス語文法

田中善英 著

初級から中級のフランス語学習者の「なぜ」「どうして」という悩みに向き合い、日本語との発想の違いにも触れながら、フランス語の文法事項をハシビロコウ先生がやさしく解説していきます。愉快な単語や楽しい例文満載の、とびきりわかりやすい学習ハンドブック。学習者が間違えやすい項目を著者みずからが解説する動画や、学習上の疑問を匿名で尋ねることができる「質問箱」も用意。本書に対応した練習問題集『1日5題文法ドリル つぶやきのフランス語』と合わせてお使いください。

自分再発見?

《エクス・リブリス》の最新刊『人類対自然』読了。

なんとも言えない読後感です。

すっきりするとか、明るい気持ちになるとか、そんなありきたりな読書感想を求めたら思いっきり裏切られます。

ただ、あたし的にはとても面白かったですし、非常に親近感を覚えました。

この短篇集、どの作品も、イヤな感じの人ばかりが登場します。よく「登場人物全員よい人」的な小説もありますが、むしろその逆です。ただ、そのイヤさ加減が絶妙で、「どこにでもいるよね、こういう人!」という感じなのです。

だから、どの作品の主人公や登場人物も、決して友達にはなりたくないし、身近にいたら警戒してしまいそうです。そして、そんなところに親近感を覚えます。たぶん、自分に通じるものを感じてしまうからでしょう。

自分のことが大嫌い、という人は、読んだらきっと短篇のどれかで自分を発見するのではないでしょうか、そんな作品です。