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Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
今日の配本(22/11/24)


スペインの家
三つの物語
J.M.クッツェー 著/くぼたのぞみ 訳
幼い頃から馴染んだ土地への“失われない”愛と惜別の思いが滲む短篇と、本邦初訳のノーベル文学賞受賞記念講演「彼とその従者」を収録。
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タイ語のかたち[ワイド版]
山田均 著
タイ語の文字が解読できる、とびきり楽しい入門書。街にあふれる看板やメニュー、道ばたの落書きやチケット、路線図や王様の紋章などを素材にタイ文字に慣れてみませんか。タイ文字五十音表をもとに、自分の名前も書けるようになります。
令和の文学全集?

姪っ子に小学館の『小学館世界J文学館』を買ってあげました。姪っ子たちは静岡に住んでいるので、ネットで購入して、姪っ子の家へ配達するように注文しましたので、あたしは現物を見ていません。
やや大型本のようですが、これで100冊以上の世界の名作が収録されているのですから驚きです。現物の本は解題集で、実際の作品は電子書籍の形で配信されているのだそうです。となると、姪っ子だけでなく甥っ子も別々の端末で読むことも可能なのでしょうか? ふりがなの振り方や文字の大きさなどもいろいろ選べる、電子書籍の特長を活かしたものになっているようです。
小学館の特設サイトに収録作品の一覧が載っていましたが、あたしもほとんどの作品を読んだことがありません。情けないことです。姪っ子たちはどれくらい読んでくれるのでしょうか? まあ、タイトルを見て気になったものからランダムに読んでいけばよいのでしょう。
この作品リストの中に見覚えのある作品名がありました。
『片目のオオカミ』です。この本、あたしの勤務先から出しています。あたしの勤務先から出ているものは、現在品切れなのですが、訳者は末松氷海子さんです。『世界J文学館』に収録されているのは平岡敦訳となっていますので、うちのとは訳文もずいぶんと異なるのでしょう。
十一家注

中公新書の『孫子』を読み始めました。
『孫子』は現代日本語訳も何種類かありますし、解説書や入門書もたくさん出ていますが、やはり最新の研究成果を取り入れたものに触れたくなるものです。そう言えば、あたしが学生のころは、「ビジネスに役立つ孫子」といった類いの本が山のように出版されていた時期でもありました。
さて、この『孫子』は三国志の英雄、魏の曹操が定めた魏武注孫子をメインに取り上げていますが、時々「十一家注孫子」という名称も出て来ます。「そう言えば、十一家注孫子は持っていたはず」と思って、自宅の書架を探してみたところ、案の定、出て来ました。学生時代に購入していた『十一家注孫子』です。当時の中国としては珍しく、比較的きれいな造本です。改革開放で景気がよくなっていたのでしょうか?
日常が戻ってきました

先日このダイアリーに書きましたように、先週の後半は毎朝4時半前に家を出て、5時半過ぎに勤務先に出社するという生活を三日間送っていました。
それというのも、最寄り駅までのバスがコロナ禍で平日ダイヤを土曜ダイヤに変更して運行していたためです。いつもより30分近く遅くなるのは、あたしにはとても許せることではありません。
というわけで、朝まだ夜も明けないうち、真っ暗な中、駅へと徒歩で向かっていたのです。
しかし、そのバス便、本日から無事に平日ダイヤに戻りました。ですので、今朝はいつもどおりの時間に家を出て勤務先へ向かいました。とはいえ、勤務先に着くのはだいたい朝の7時ですが……
ただし、本日は中央線がちょっと遅れていて、お茶の水には4分ほど遅れて到着しました。何があったのかはよくわかりません。アナウンスはしていたみたいですが、大きな遅れではなかったので聞き流していました。
まあ、とりあえずはいつもの日常が戻ってきたことに安堵しています。
願掛け?

このダイアリーでも時々話題に出している、あたしの妹家族、そこの長女、つまりあたしの姪っ子にあたるわけですが、その子はいま中学三年生なので、年が明けると受験です。そこで金曜日、午後から人文会の例会があったのですが、そこへ向かう前に湯島天神へ寄ってお守りを買ってきました。
それが右の写真です。湯島天神のサイトを見ますと、郵送での購入も受け付けているのですね。それもで効果のほどは同じなのでしょうか? あたしは古い人間なので、きちんと現場へ買いに行かないとダメなのではないかと思ってしまいます。
サイトに出ているお守りを見ますと、学業のお守りは800円と1200円のものがあるようです。ちょうど財布に1000円入っていたので、800円のお守りは買って、200円をお賽銭にしてお祈りしてこようと考えていました。
しかし、いざ売り場へ行ってみると1200円の方が立派に見えたと、財布の中には100円玉もちょうど2枚入っていたので、1200円の方を買ってしまいました。財布の中には10円玉が1枚しか残っていません。
仕方ないので、その10円玉を賽銭箱に投げ入れ、姪っ子の合格祈願、それとその下に中1の甥っ子、小六の姪っ子もいるので、この子たちの学業、それから妹家族の健康、そしてもう一つ、母がこれ以上ボケませんようにとお祈りしてきました。
さすがに10円でこれだけのお願いは図々しいかもしれませんが、お守りに1200円使っているので、道真公としては問題ないでしょう。そもそも金額の多寡で願いを聞き届ける、聞き届けないなんてこと、神さまがするわけありません。
ちなみに、勤務先から湯島天神へ向かう途中には、湯島聖堂があります。こちらは萬世の師表・孔子を祀っているところです。菅原道真と孔子だったら、孔子の方がはるかに優秀で格上の存在ではないかと思うのですが、やはり日本人には日本人の神さまがよいのでしょうか?