Rockfield's Diary

サイト管理人のブログです。

Rockfield's Diary

しゅわしゅわ

本日は乃木坂46五期生のさくたんこと川﨑桜ちゃんの写真集発売日です。

今回は通常版の他に楽天ブックス限定カバー、セブンネット限定カバー、Sony Music Shop限定カバーの4タイプが発売となりました。

Sony Music Shop限定版は、ついつい買い忘れて(予約し忘れて)しまいましたが、それ以外の3タイプは予約していましたので、本日無事に落手しました。それがこれらの画像です。

一枚目の画像が通常版です。本人もこの桜色のドレスがとても気に入っているようなことをラジオで語っていました。確かにカワイイですね。いや、どのカバーもどの写真もカワイイのですが……

そして二枚目の画像はセブンネット限定版です。こちらは年齢よりも若く見えるカバー写真ではないでしょうか。高校生と言っても通じそうな表情です。ペパーミントグリーンの衣装も爽やかさを引き立てています。

最後の画像は楽天ブックス限定版です。こちらは髪型のせいでしょうか、雰囲気がちょっと違いますね。おでこを出しているのがポイントでしょうか。

マリンルックが印象的で、表情、ヘアスタイルと相俟って、年齢不詳に感じられます。また、改めてご紹介しようと思っていますが、裏表紙(カバーの表四)もタイプごとにすべて異なっていて、通常版の裏表紙は学生服姿で、これはまるっきり高校生、いや中学生と言っても通じそうな一枚になっています。

さくたんは、男性だけでなく女性人気も高いと聞きますが、かつてのまいやん、白石麻衣の写真集のように女性の購入者が増えれば、売り上げ部数も桁違いに伸びると思うのですが、果たしてどうなるでしょう?

今日の配本[26/04/13]

傷ついた身体と都市
「大祖国戦争」の経験と記憶

松本祐生子 著

戦中に870日以上の「包囲」を経験したレニングラード(現サンクト・ペテルブルク)を主たる舞台とし、この街の労働者の身体、レニングラード防衛博物館、そして都市の祝典をとりあげながら、国家の公的な「歴史」からは取りこぼされてしまう人々の「大祖国戦争」に対する「応答」の痕跡を掬いとる試みである。

お人形遊び?

Netflixで配信された「泥娃娃 呪いの人形」を視聴しました。

台湾の土俗信仰を背景としながらも、最新のVRゲームなどの要素も取り入れたホラー映画です。確かに、血みどろなシーンはあるものの、ホラーとしての怖さはあまり感じられませんでした。

後半に登場する霊媒師でもなければ道士でもない、ただ呪符などを操ることができる男性が、もう少し活躍するのかと思いきや、いまひとつ詰めが甘いところもあって、ハラハラドキドキが高まります。

最終的に主人公夫婦も、夫が自分を犠牲にして妻と娘を助けたわけですが、意識不明で植物状態なのでしょうか。そんなシーンが最後にありました。また呪いの原因を作った人形師の妹も不敵な微笑みを浮かべ、なにやら真犯人のような感じがします。

そして瀕死の夫の命を救うことができるのか、続編になんとなく続きそうな結末でした。呪いは結局消えることはない、ということを描きたいのでしょうか。それにしても、そもそも人形師はどうして墓地の土で人形を作ろうとしたのでしょうか。既にその時点で悪霊なり、怨霊なりに捕らわれていたのでしょうか。

もう少しなんとかなったのでは?

今日は30度に迫るような気温になった東京ですが、昨日は雨模様の一日でした。そんな雨模様の外回り、なぜか駅から少々離れた書店ばかりを回ってしまいました。こういう日は駅ビル直結の書店を回るのがよいのですが……

そんな雨の中の営業回りで、気持ちだけでも晴れやかにしようと思って、こんな本を買いました。またいつか台湾に行ける日は来るのでしょうか。なんとなく、あたしはもう生きている間に二度と海外へ行くことはないような気がしています、パスポートも期限が切れたままですから。

それはさておき、WOWOWで放映された「きさらぎ駅 Re:」を視聴しました。第一弾の「きさらぎ駅」を見たのは数年前だったと思いますので、細かい部分の記憶はあやふやですが、だいたいの内容は覚えています。そして本作はその後日談となるわけです。

最後の最後、本田望結の不敵な笑み、つまり彼女は最初からネットで好き勝手なことを言っている連中をきさらぎ駅の異世界へ引きずり込もうとしていたわけですよね。なかなか怖い女です。

それにしても、きさらぎ駅で降りないという選択肢って最初から思いつきませんかね。あたしは最初に見たときから、ここで降りなかったら、このまま電車に乗り続けたらどこへ辿り着くのだろうと思っていました。

あと、校庭で光の扉へ向かうために机や椅子を並べるくだり。あれって、最後の椅子や机を前に送って先頭に置き、そうやって光の扉のすぐ目の前まで行くことは可能だと思いますし、誰だって思いつく方法ではないかと思うのですが、どうして誰もひらめかなかったのでしょう。