先日重版が決まった『ホーム・ラン』ですが、訳者の柴田元幸さんが手書きのポップを作ってくださいました。
スキャンして大量複製、そして書店にせっせと配布です。
出版社がパソコンを駆使してポップを作るのはごくごく普通なことですが、やはり著者や訳者の方の手書きポップは読者への訴求力が違いますね。
先日重版が決まった『ホーム・ラン』ですが、訳者の柴田元幸さんが手書きのポップを作ってくださいました。
スキャンして大量複製、そして書店にせっせと配布です。
出版社がパソコンを駆使してポップを作るのはごくごく普通なことですが、やはり著者や訳者の方の手書きポップは読者への訴求力が違いますね。
コロナ禍で五輪も延期になりましたが(個人的には中止すべきだと思っています)、高校野球にしろ中止に追い込まれたイベントが多い今年。プロスポーツは野球やサッカーなど無観客や入場制限をしながらなんとか開催にこぎ着けたようです。
そんな中、夏季五輪、サッカーW杯と並んでスポーツの三大大会と呼ばれるのがツール・ド・フランスです。ふらんすを舞台に行なわれる自転車レースです。例年ですと7月に行なわれるのですが、今年は延期となりましたが、なんとか一か月後の8月29日スタートと決まりました。
というわけで、今年も文庫クセジュの『ツール・ド・フランス100話』のご案内です。この時季だけでも並べてみては如何でしょうか?
先日、毎日新聞で池澤夏樹さんに紹介いただいた『ピジン・クレオル諸語の世界』ですが、こんどは朝日新聞で紹介予定という情報が入ってきました。
毎日の紹介は、非常に素敵な、そして本書の魅力を余すところなく伝えているもので、自社の商品ながら改めて「ああ、そういう内容の本なのか」と気づかされました。そして著者の西江さんの偉大さも。
順調に注文が伸びているので、こんどの朝日で初版は品切れになる可能性があります。その動き次第で重版も検討しなければ鳴りませんね。
ドラマがヒットすると、関連書籍が刊行されるのは日本も海外も変わらないようですね。先日こんな本が刊行されました。
『ダウントン・アビー クッキングレシピ』、言わずもがな、大ヒットドラマ「ダウントン・アビー」の派生商品です。ドラマに登場した数々の料理を紹介したものです。翻訳書ですが、原書の方は本書以外にも既にこのシリーズでは『The Official Downton Abbey Afternoon Tea Cookbook
』『The Official Downton Abbey Cocktail Book
』『The Official Downton Abbey Christmas Cookbook
』といったシリーズがあるようで、これらも順次邦訳が刊行されるのでしょうか?
さて、以上はドラマに準じた料理本ですが、歴史に基づいたこんな本もあります。
『ロンドン 食の歴史物語 中世から現代までの英国料理
』です。残念ながら現在品切れなのですが、こんな内容の書籍です。
ロンドンは海と川を連結する商業都市であり、中世からメトロポリスとして栄え、世界中の文化をはじめ、多彩な食材が集まった。現在のグローバル化した社会の縮図が、早くからロンドンにあったのだ。
そんなメトロポリスに住むロンドン子たちは、どんなものを食べていたのだろうか? 本書は文献と史料に基づき、パン、肉、魚、野菜といった基本食材はもとより、水、酒、ハーブやスパイスといったテーマも取りあげ、外食産業、路上の物売り、コーヒーハウスやパブ、高級レストランまで、当時の様子を生き生きと描き出している。
各章の案内になるのは、その時代にロンドンに暮らした作家たちだ。『カンタベリー物語』のチョーサーから始まり、詩聖シェイクスピア、日記文学のピープスとイーヴリン、英語辞書を編纂したジョンソン博士、ロンドンを舞台に何作も書いたディケンズ、スキャンダラスなワイルド、女流作家のウルフ、現代の「ブリジット・ジョーンズ」まで、かれらが愛したロンドンの街と、その食卓に読者を招いてくれる。
作家の著作からの引用も多く、かれらが何を食べ、何を飲んでいたか、そしてどんな店に通っていたのかを知るのは、作家の愛読者ならずとも、十分に楽しめるだろう。また、思わずにやりとさせられる「トリビア」も満載されている。
巻末には、中世から近代までの料理が再現できる、貴重なレシピを付した。
こちらもレシピ付です。イギリス料理ってあまり耳にしませんし、イギリスと言えばパブというイメージが強いですが、やはり世界に冠たる大英帝国ですから、食文化もそれにふさわしいものだったのではないでしょうか?
コロナ対策でマスクをしているため肌荒れがひどくなった人が多いと聞きました。皮膚科を受診する人が通常よりかなり増えているのだとか。思わぬところにコロナの影響が出ているものです。
在宅ワークが増えて、自宅でPCを扱う時間が増えましたが、それに伴う影響も出ているようですが、あたしの場合は腰痛です。
もともと腰は悪い方だったのですが、在宅ワークの時間が増え、少し悪化したような気がします。
理由は自分でもわかっていまして、姿勢が悪いためです。勤務先ではデスクと椅子があって、一応はそれなりの姿勢でPCに迎えているのですが、自宅ではそれがちょっと出来ません。前にも書きましたが、PCデスクの足元にカラーボックスが置いてあるので、どうしても椅子を引いてPCに向かうことが出来ないのです。なおかつ、使っているのが事務用椅子ではなく、2人掛けくらいのベンチのような椅子ですからなおさらです。
そこで、思いきって、それほど高いものではありませんが、腰痛対策に椅子を新調しました。それが写真の椅子です。本日届いたので早速組み立ててみました。背もたれが長い(高い)のがポイントの一つでもあります。
ただし、写真ではわかりにくいと思いますが、部屋が狭いので、椅子をほとんど回転させることができません。それに足元のカラーボックスがあかわらず邪魔なままです。これを何とかするために新しい、もう少し足元の邪魔にならないラックを購入してみたのですが、それはまだ届きませんので、しばらくは足回りが窮屈なままになります。
ただ、足元が窮屈とはいえ、この椅子に代えたことで、これまでよりははるかに腰によさそうです。仕事もはかどるとよいのですが……
乃木坂46の新曲「Route 246」が昨晩のミュージックステーションでテレビ初披露されました。部分的にはYouTubeや朝の情報番組で公開されていたので、初見の驚きはありませんでしたが、一応は感想を……
あっ、でもその前に、画像の説明を。
ずいぶん前にCSの「MUSIC ON! TV(エムオン)」で、乃木坂46台北ライブ記念のクリアファイルプレゼントがあり、これが応募者全員プレゼントだったのか、抽選だったのかは覚えていませんが、とにかく応募していたのです。完全に忘れていたのですが、そのクリアファイルが本日届きました。
表側は、台北公演の模様のスナップと「乃木坂46 meets Asia!~台北ver.#2~」の文字、そして一番下には集合写真です。こうして見ますと、まいやんもなーちゃんもいません。玲香ちゃんや若月、みさ先輩、生駒ちゃんといった乃木坂46をずーっと支えてきたメンバーが軒並み不在です。いや、まいやん以外は、この時点で全員卒業していたわけですからいなくて当然です。懐古厨と言われるかも知れませんが、ちょっぴり寂しくもあります。
しかし、それだからこそでしょう、二期生の絢音ちゃん、れなち、ミリオンラブといったメンバーが加わり、なおかつ三期生もかなり大勢参加していました。そして、四期生からも、さくら、かっきー、あやめちゃんの三人が選ばれています。その四期生の台北散策のスナップが、クリアファイルの裏面になっています。初々しくて、とても素敵です。これからの乃木坂を背負っていくメンバーとなるでしょう。
で、話は戻って新曲です。いや、そもそも配信限定の曲を新曲とカウントしてよいのでしょうか? 今回の曲は26枚目のシングルとは呼ばれていませんし、恒例の「福神」も明らかにされていません。果たしてこの曲は乃木坂46の正式なシングルなのでしょうか?
まあ、そんな議論は置いておき純粋に曲の感想を述べますと、あたしくらいの世代であれば、どこかで聞いた気がするメロディーですね。まさしく小室サウンドです。しかし、ネットでもずいぶんと言われていますが、テンポがちょっと遅い気がします。イントロからして「これ回転数間違ってない?」とレコードプレーヤー世代であれば、つい指摘したくなるようなテンポです。かつての小室であればもう少しアップテンポなものにしていたのではないでしょうか? あるいはこれはアレンジの問題なのでしょうか?
歌詞については、いい加減、秋元康は引退して欲しいと思っているので論評はしませんが、これも多くの人が指摘しているようにWOWWOWが多すぎる気がします。小室哲哉全盛の当時であれば、細かな歌詞などどうでもよく、ノリだけで売れていたのかも知れませんが、テンポも中途半端だし、なんとも言えない出来になっているのは残念なところです。
とはいえ、やはりあたし世代ですと耳に馴染んだメロディーなので、決して嫌いではありません。割と気に入っています。ただ、最初にも書いたように、これが正式なシングルとカウントしないのであれば、もっと若手を大量に抜擢して、冒険的なメンバーでやってもよかったのではないか、という気がしないでもないです。
あるいは、次の正式シングルでメンバー刷新を断行するために、高山・新内・真夏といったベテランメンバーはこの曲で御役御免となるのでしょうか? ちょっとそんなことも考えてしまいました。
来月は、ヘーゲルの生誕250年とニーチェの没後120年です。
あたしの勤務先はそれほどヘーゲルという印象はないかも知れませんが、ニーチェは全集を出しています、だいぶ欠けている巻がありますが(汗)。
ということで、おすすめしたいのは、ヘーゲルでは『キリスト教の精神とその運命』です。長谷川宏さんの解説が注目ポイントです。
ニーチェですと、『ニーチェをドイツ語で読む』になります。こちらは非常によく売れました。語学書の棚でもそうですが、人文書コーナーにも置いていただきました。
アメリカのポンペオ国務長官が、中国に対して「習主席は全体主義思想の信奉者だ」と発言したというニュースが報じられています。この時代に「全体主義」などという言葉、単語を耳にするとはちょっと驚きですが、現代の中国に関して言えば、決して驚きでも何でもないのかも知れません。
というのも、少し前にあたしの勤務先から『新全体主義の思想史 コロンビア大学現代中国講義』という書籍が刊行されているからです。本書は翻訳書ですから、原書をポンペオ長官が目にしている、あるいは読んでいるのかも知れません。そうでなければ唐突に「全体主義」なんて言葉が出てくるとは思えないのですが……
もちろん本書で主張しているのは「全体主義」ではなく「新全体主義」であり、そこには違いもあるわけですが、政治家の発言ですから細かいことには頓着せず、キャッチーな言葉として使った可能性もあります。
ちなみに本書は、ウェブサイトの内容紹介では次のようにあります。
自由に発言することを望んで、中国社会科学院哲学研究所を解雇された著者は現在、米コロンビア大学で教鞭を執りながら、祖国を見詰める。本書はそのコロンビア大学で開講されている「現代中国の九大思潮」がもとになっている。その最大の特長は、現代中国を従来のように権威主義体制として理解せず、「新全体主義」と捉えていることである。ただ、この強権体制を見る視点は独裁一色というような単純なものではない。ポスト「六四」天安門の思想状況は、高度経済成長とともに、党=国家体制へと回収されていく強力なナショナリズムが醸成されたのは確かに事実である。だが、その過程は、グローバル化や通信技術の革新の下で展開しており、一党独裁を支える政治・社会思想はかつてのように一枚岩ではない。こうした新たな眼鏡を持つことが、一党独裁を掘り崩していく知的な土台になる。本書が「新全体主義の知識社会学」と自ら規定しているのは、この意味においてである。世界的に注目される自由の闘士による中国批判理論構築の試み。
現在の中国を全体主義と捉える着眼点、かつての全体主義とどこが同じで、どこが異なるのか、本書を読めばよくわかることでしょう。ちなみに、アメリカにおける現代中国研究の成果としては『六四と一九八九 習近平帝国とどう向き合うのか』といったものもありますので、併せて手に取っていただければ幸いです。