今日の配本(24/08/30)

母の舌

エミネ・セヴギ・エヅダマ 著/細井直子 訳

「移民文学の母」と称され、20カ国以上で刊行されるトルコ出身のドイツ語作家、初の邦訳となる短篇集!ビューヒナー賞受賞の言葉も収録。多和田葉子さん推薦。

分離独立と国家創設
係争国家と失敗国家の生態

ジェイムズ・カー=リンゼイ、ミクラス・ファブリー 著/小林綾子 訳

ソマリランドからイスラム国、満洲まで、国家とは何か、どのような条件が揃えば国家たり得るのか? 100の問いで考える。

続ドイツ史1866-1918(上)
民主主義を前にした権力国家

トーマス・ニッパーダイ 著/大内宏一 訳

前巻でドイツ帝国の社会・経済・宗教など文化史を論じ、本書で政治史を扱う。政治に関わる各分野の状態史・構造史が比重を占める。

仏検対策2級問題集[三訂版]

モーリス・ジャケ、舟杉真一、塩谷真由美 著

過去問一新、必須の文法と、CDでもDLでも聴ける豊富な聞き取り練習、よくわかるヒントどんどん進む仏検対策の決定版。

平vs青

武蔵国の総社、大國魂神社の最寄り駅である京王線の府中駅。その駅ビルに入っている啓文堂書店府中本店。その啓文堂書店に入ったら、こんなポスターが出迎えてくれました。

アニメか何かのキャラクターでしょうか。あたしはこういうのに詳しくないのでよくわかりませんが、どう見てもそんな雰囲気が漂っています。まあ、本屋ですからキャラクターの本もたくさん並んでいますので、アニメやコミックのフェアが行なわれているのは何の不思議でもありません。

しかし、このポスターをよーく見てみると何やら見覚えのある文字が並んでいるではないですか。「平凡社対青土社」と書いてあります。「えっ、人文会仲間でもある、平凡社青土社さん?」とちょっとした驚きで二度見、三度見してしまいました。

そして店内の大型のフェアをやっているコーナーではご覧のように、両社の本がズラリと並んだフェアが開催中です。幟のように立っているポスターの足元に岩波文庫が大量に積まれているのはご愛嬌。平凡社と青土社とは、なかなかシブイフェアではありませんか。

ポスターには「人文書科学の良好書が勢揃い」なんて謳われています。嬉しいではありませんか。それにしても一番上には「平凡社対青土社」と書いてありますが、その下のキャラクターは左が青土社、右が平凡社となっていて、タイトルとは立ち位置が逆になっているのも面白いものです。

さてさて、勝負の行方は?

ちなみに、啓文堂が立地する京王線を舞台とした『眼下は昏い京王線です』が、沿線の書店でたくさん並んでいました。こういう地元本はやはり手に取ってしまいますね。

今日の配本(24/08/28)

禁書目録の歴史
カトリック教会四百年の闘い

ロビン・ヴォウズ 著/標珠実 訳

神学者の深い学識と真摯な気持ちの結果が、なぜ文化的な発展を阻害したとされるに至ったのか。現代への警告ともなる、検閲の歴史。

脱成長と食と幸福

セルジュ・ラトゥーシュ 著/中野佳裕 訳

地球の健康も考え、脱成長しながら豊かに食べてゆく方法──「節度ある豊かさ」で生きのびる技法を、幸福と食の観点から示す。

アメリカを変えた夏 1927年

ビル・ブライソン 著/伊藤真 訳

リンドバーグが飛び、アル・カポネが暗躍し、ベーブ・ルースが打つ! 情熱と楽天主義と悪徳に満ちた「大国」の姿を色彩豊かに活写。

こんなことでは営業マン失格かしら?

少し前に北海道のアサヒメロンを買ってみた、ということを書きました、先日姪っ子たちが遊びに来たときに食べてみたのですが、まだちょっと硬くて、甘さも十分とは言えませんでした。二つ買ってあったうちの一つを姪っ子たちに持たせてやったのですが、昨日連絡があり、とても美味しく食べたとのこと。やはり前回は食べるにはまだ早かったのですね。

ところで、その時はアサヒメロンでしたが、実はあたしは静岡のクラウンメロンを食べてみたいと、ここ最近はずーっと思っているのです。静岡のメロンなので妹に「近所で探してみて」と言ってあるのですが、やはりスーパーとかでは見かけないようです。

クラウンメロンを食べてみたいなあと思っていたら、コンビニでこんな商品を見つけました。ブルボンのアルフォートです。クラウンメロンそのものではありませんが、クラウンメロンの雰囲気だけは味わえるのではないかと思って買ってみました。

上品な香りと甘みのあるクラウンメロンチョコレートを、ザクザクとした食感の全粒粉入りビスケットと組合せました。クラウンメロンの気品あふれる味わいをお楽しみください。

メーカーのサイトには上記のように書いてありました。これを読むと、ますますクラウンメロンが食べたくなります。高級メロンなのか、庶民的なメロンなのか、ネットでお取り寄せしてみますかね。

ところで、『東京わざわざ行きたい街の本屋さん』が刊行されたので買ってみました。著者は和氣正幸さん。どこかで聞いた名前と思った方はすばらしい!

先日発行した『人文会ニュース』の最新号(147号)で、独立書店について寄稿していただきました。タイトルに東京とありますが、埼玉、千葉、神奈川の書店も載っています。

それにしても、これだけいろいろな書店が紹介されているわけですが、行ったことがある書店はほんの数店です。書店の名前くらいは聞いたことがあるという本屋もわずかです。これだけ頑張っている書店があるというのに、書店営業として訪問はおろか、名前すら知らないとは、営業マン失格と言ってよいでしょう。

465夜

松岡正剛さんが亡くなりました。あたしの勤務先では、特に著者などは刊行していませんので、縁はやや薄いでしょう。ただ、松岡さんの「千夜千冊」の第465夜で『ライ麦畑でつかまえて』を紹介いただいたのが、個人的には非常に印象に残っています。

その第465屋の冒頭で松岡さんは次のように書かれています。

一九六〇年代のアメリカで若者たちのお手軽なバイブルになりかかっていた文芸作品が三つある。精神科病院を舞台に患者たちの擬装と反抗を描いたケン・キージーの『カッコーの巣の上で』(冨山房)、戦争状態という管理と倫理の悪夢を描いたジョーゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』(早川書房)、そして、J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』である。

あたしは、その当時のアメリカの状況を知らないので、この松岡さんの指摘がどれくらい打倒するのかわかりません。でもそういうものなのだろうと、この記事を読んだ当時は思っていました。そして、そのバイブル三作品、あたしも一丁前に架蔵しております。