新書を三つ。
左から昨年の12月に発売された岩波新書『英語独習法』、今年の1月に発売された中公新書『英文法再入門』、そして3月にでばかりのNHK出版新書『「超」英語独学法』です。
英語の本なんてしょっちゅう出ていますが、新書タイプでこんなに続けざまに、それも社会人がもう一度勉強する的なものが出るなんて……
世はグローバル時代、中国語なども人気ですが、基本はまず英語ができた上で更にもう一か国語、二か国語ということなのでしょう。
他のカテゴリーに収まらないことについて
ヘンな夢を見るのはいつものことですが、今日はこれまで一度も見たことのない夢を見ました。
そういう意味では“初夢”です。
どんな夢かと言いますと、細かな部分は覚えていないのですが、あたしが人を殺してしまった夢です。消して殺そうと思って殺したのではなく、過失致死のような感じです。
殺した相手が誰であったのかは覚えていません。というよりも夢の中でもはっきりしていなかったと思います。
ドラマや映画の中で登場人物が誤って人を死なせてしまって、すぐに警察に届ければよいものを、周囲の人間に唆されたり、その時の自分の社会的立場などを考えて殺人を隠蔽してしまうシーンってよくあると思います。そのために主人公は嘘の上塗りを繰り返し、結局は自分が追い詰められていって最悪の結末を招くようなストーリーです。
夢の中であたしは、あくまで過失なのだからすぐに警察に届けよう、いや、救急車を呼べばまだ蘇生可能かも知れないと思っているのですが、周囲の連中(誰がいたのかは覚えていません)は警察に行けば刑務所に入れられて一生を台無しにするぞ、などとあたしに訴えて殺人を隠蔽しようとさせるのです。
上述のようなドラマや映画を見るたびに、最初の選択肢を間違えるから却って悪い結果を招くと思っていたあたしは、夢の中でもそういった周囲の「悪魔の囁き」をはねのけ、警察に連絡しようとするところで目が覚めました。
果たして、この夢は何のお告げなのでしょうか?
長野県の道路地図を見ていて、ふと違和感を感じました。
まだ全線開通していませんが、長野県の真ん中あたりに「中部横断自動車道」という高速道路があります。上信越道の佐久小諸から小海線沿いに北杜市まで南下し、中央自動車道を経由して身延山の麓を通って静岡県の清水で東名と交わる路線です。
地図や地理に詳しい人であれば、この高速道路が南北に長野県を貫いていることに気づくと思いますが、その南北に走る高速道路の名称が「横断」というのに、あたしは違和感を感じたのです。
地図において何も断わりがなければ北が上というのは常識です。そうすると「横断」というのは南北ではなく東西に延びるものを指して使う言葉ではないかと思うのです。
この名称と関係するのかわかりませんが、長野県にはもう一つ、「中部縦貫自動車道」という道路があります。これは長野県の松本から岐阜県を貫いて福井まで延びる道路なのですが、こちらは地図見ると南北というよりも東西に延びていると呼んだ方がふさわしい路線です。東西なのに「縦貫」という名称に、こちらも違和感を感じてしまうのです。
なんでこんなことになったのでしょう?
ワクチンと言っても、いま話題のコロナウイルスのワクチンではなく、ごくごく一般的なインフルエンザのワクチンのことです。
あたしは昨年、何十年ぶりかでインフルエンザの予防接種を受けました。12月初旬のことです。ですから、接種を受けて2か月が経過したのですが、このワクチンの効果ってどれくらい持続するものなのでしょう?
そもそも人によっては毎年打つくらいですから、一年は持続しないわけですよね。昨年の予防接種シーズンが始まる前にテレビのニュースで「あまり早く打ってしまうと、大流行の頃に効果が薄れてしまっているので、それはそれでよくない」というような専門家の話を聞きました。つまりせいぜい2、3か月しか持たないということなのでしょうか?
インフルエンザのピークは3月いっぱいだと言いますので、そろそろあたしも効果が薄れてくるのか、それとも今年のピーク時までは効果が持続してくれるのか、そのあたりがとても気になるところです。
幸い、今年は予防接種をしているからなのか、至って元気で風邪もインフルエンザも引きそうな気配がなく、ここまで過ごしてこられました。しかし、昨日今日と頭痛がちょっと酷くて、軽い風邪なのかな、と疑っています。なので、予防接種の効果の持続期間が気になる今日この頃なのです。
もちろん、インフルエンザの予防接種を受けたからと言って、100パーセント、インフルエンザにかからないというわけではないことは承知していますし、あくまでインフルエンザの予防接種なので、一般的な風邪を引くことはあるということも知っています。
それでも、やはり気になってしまうわけです。
わが家は表通りからちょっと路地を入った、奥まったところにあるのですが、その路地の生け垣に写真のような蜂の巣がありました。
今日までまるで気づかずに、毎日のようにそのすぐそばを歩いていたのですが、いま思うとちょっと怖い状態でした。
しかし、この蜂の巣、この季節だからなのか、まるでハチが住んでいません。ハチはどこへ行ってしまったのでしょう? それに蜂の巣としてこの大きさはどうなのでしょう。大きさとしてはソフトボールよりは少し大きく、バレーボールよりは小さいもので、たぶんハンドボールくらいではないかと思われます。
ハチも住んでいないようなので、枝と繋がっているところをはさみで切って、ビニール袋の回収して週明けにゴミに出すつもりです。ハチがいなくて本当によかったです。
しかし去年の夏から秋にかけても、この生け垣のあたりをハチがたくさん飛んでいるような気配はなかったのですが、いつの間に巣作りをしたのでしょう?
ところで詳しい人なら、この巣を見ただけでハチの種類もわかるのでしょうね!
昨日書いたあばら骨の痛み、相変わらずです。
折れているのかいないのか、病院へ行けばよいのでしょうが、結局さらしを巻くくらいしか療法はなさそうなので、無理をせず安静に努めたいと思います。
ところで、あばら骨で思い出したのは、中国の春秋戦国時代の人物、公子・重耳です。彼はあばら骨が「一枚あばら」だったと言われています。「一枚あばら」って何かと言えば、あたしも詳しいわけではありませんが、決してあばら骨が繋がっているわけではなく、ましてや板状になっているわけではなく、実際のところはあばら骨の一本一本が太いため、すき間が少なく、まるであばら骨が繋がって一枚になっているようなことから言われているそうです。
そんな人っているのかなあ、と思いますが、「一枚あばら」で検索すると、この重耳ではなく伝説の関取、雷電為右衛門の名前が出て来ます。どうやら彼も一枚あばらの持ち主だったようです。たぶん、日本人にとっては、一枚あばらと聞けば雷電を思い出すのでしょう。あたしのように公子・重耳を思い出すのは中国史かぶれの人ばかりでしょう。
ちなみに、公子・重耳は後の晋の文公で、春秋五覇の一人です。長い流浪生活の後に即位して国をよく治めた人として中国古代史では有名な人物です。斉の桓公と共に斉桓晋文などとも呼ばれています。
昨日から、右のあばら骨の下の方が痛みます。
体を前屈みにすると圧迫されてとても痛いです。
あばら骨が折れているのでしょうか?
いや、折れていたら、とてもこんな日常生活は送れないのではないでしょうか?
しかし、あばら骨は折れやすいとも聞きます。咳き込んだ時に折れてしまうこともあるとか。そう言えば、何年も前、風邪っぽい症状が喉に来て咳が止まらなくなった時があり、あまりにも咳をしていたら腹筋も痛くなったのですが、それと同時にあばら骨も痛くなったことがありました。あれは骨も折れていたのでしょうか?
そうだとすると、あばら骨って簡単に折れて、なおかつ簡単にくっつくものなんですね。いや、本当にくっついたのでしょうか?
昨日から仕事が始まったわけですが、勤務先にも、決して多くはないですが、こんなあたしにも年賀状をくださった方がいらっしゃいました。
ただ、あたし、基本的に年賀状って書かないので、いただいた方には不義理をしてしまうので、せめてこの場を借りてご挨拶いたします。
恭賀新禧 本年もよろしくお願いいたします。
ちなみに、自宅の年賀状も昨年から(執筆の時期からすると一昨年から)すべてやめました。同居の母も同じです。ですので、わが家は二年続けて年賀状を買いませんでした(汗)。
そんなあたしですので、正月らしいことはほとんどせず、ほぼ一週間の年末年始休暇もいつもどおり8時前には布団に入り、朝も3時過ぎや4時過ぎには起きる、という生活をしておりました。まあ、あまり早くに起きると母に迷惑をかけるのと、自分も寒いので5時くらいまでは布団の中にいるようにしましたが……
そして、もうこの数十年、昨年を振り返ってとか、新年にあたって、といったものは一切抱かない生活が続いていて、大晦日だって元旦だって365日の1日でしかない、という生活スタイルを送ってきましたが、今年はちょっとだけ新年の抱負的なものを抱いてしまいました。
それは、お腹を丈夫にする、です。
一昨年の秋ごろからお腹の調子が悪く、昨年はほぼ一年を通じて、食事をすると腹を下してしまう、という状態でした。朝はトーストなので比較的軽めにしていますが、それでもなんとなく勤務先へ着いてからもお腹が緩い感じがしていることが多かったです。ですから、昼はほぼ食べないのが常となっていました。
夕飯は自宅に戻っているので安心して食べますが、食べた後には非常に多い頻度で腹を下してしまいます。正露丸を飲んでから床に就くのが常態化していた時期もありました。こんな状態ですから、会食は極力避けるようにしていましたが、不幸中の幸いなことに、コロナで会食を控えるような世間の空気があるのでホッとした昨年でした。
年が明けてもお腹の調子がよくなったような感じはしません。単純に精神的なものだと思うのですが、もう正露丸もビオフェルミンも効かない胃腸になってしまいました。さて、そうしたらよいのでしょう?
皆さん、あたしは食事に誘わないでください!
というわけで、これをもって新年の挨拶に代えさせていただきます。
腰が痛いです。
暮れから腰が痛かったのですが、この年末年始の間で更に痛みが増しました。
別に年末年始で無理な運動をしたわけでもありません。むしろ、運動など全くやっていません。それがいけないのでしょうか?
明け方に目が覚めても、腰の痛みが気になって寝ていられません。かといって、起きていればラクなのかと言えば、決してそうではなく、立ったり座ったりはまるでぎっくり腰をやった人のように動作も緩慢です。
どういう姿勢でいればラクなのか? そんなこと考えても、あまり意味はないようです。立っていても座っていても、もちろん寝ていても痛みます。
新型コロナウイルスに感染すると腰が痛くなるといった症例は聞いたことありませんし、やはりただの腰痛、そして日頃の運動不足のせいなのでしょうか?