あばら骨は折れやすい

昨日から、右のあばら骨の下の方が痛みます。

体を前屈みにすると圧迫されてとても痛いです。

あばら骨が折れているのでしょうか?

いや、折れていたら、とてもこんな日常生活は送れないのではないでしょうか?

しかし、あばら骨は折れやすいとも聞きます。咳き込んだ時に折れてしまうこともあるとか。そう言えば、何年も前、風邪っぽい症状が喉に来て咳が止まらなくなった時があり、あまりにも咳をしていたら腹筋も痛くなったのですが、それと同時にあばら骨も痛くなったことがありました。あれは骨も折れていたのでしょうか?

そうだとすると、あばら骨って簡単に折れて、なおかつ簡単にくっつくものなんですね。いや、本当にくっついたのでしょうか?

新年の抱負ではなく、願いです

昨日から仕事が始まったわけですが、勤務先にも、決して多くはないですが、こんなあたしにも年賀状をくださった方がいらっしゃいました。

ただ、あたし、基本的に年賀状って書かないので、いただいた方には不義理をしてしまうので、せめてこの場を借りてご挨拶いたします。

恭賀新禧 本年もよろしくお願いいたします。

ちなみに、自宅の年賀状も昨年から(執筆の時期からすると一昨年から)すべてやめました。同居の母も同じです。ですので、わが家は二年続けて年賀状を買いませんでした(汗)。

そんなあたしですので、正月らしいことはほとんどせず、ほぼ一週間の年末年始休暇もいつもどおり8時前には布団に入り、朝も3時過ぎや4時過ぎには起きる、という生活をしておりました。まあ、あまり早くに起きると母に迷惑をかけるのと、自分も寒いので5時くらいまでは布団の中にいるようにしましたが……

そして、もうこの数十年、昨年を振り返ってとか、新年にあたって、といったものは一切抱かない生活が続いていて、大晦日だって元旦だって365日の1日でしかない、という生活スタイルを送ってきましたが、今年はちょっとだけ新年の抱負的なものを抱いてしまいました。

それは、お腹を丈夫にする、です。

一昨年の秋ごろからお腹の調子が悪く、昨年はほぼ一年を通じて、食事をすると腹を下してしまう、という状態でした。朝はトーストなので比較的軽めにしていますが、それでもなんとなく勤務先へ着いてからもお腹が緩い感じがしていることが多かったです。ですから、昼はほぼ食べないのが常となっていました。

夕飯は自宅に戻っているので安心して食べますが、食べた後には非常に多い頻度で腹を下してしまいます。正露丸を飲んでから床に就くのが常態化していた時期もありました。こんな状態ですから、会食は極力避けるようにしていましたが、不幸中の幸いなことに、コロナで会食を控えるような世間の空気があるのでホッとした昨年でした。

年が明けてもお腹の調子がよくなったような感じはしません。単純に精神的なものだと思うのですが、もう正露丸もビオフェルミンも効かない胃腸になってしまいました。さて、そうしたらよいのでしょう?

皆さん、あたしは食事に誘わないでください!

というわけで、これをもって新年の挨拶に代えさせていただきます。

腰が痛くて痛くて……

腰が痛いです。

暮れから腰が痛かったのですが、この年末年始の間で更に痛みが増しました。

別に年末年始で無理な運動をしたわけでもありません。むしろ、運動など全くやっていません。それがいけないのでしょうか?

明け方に目が覚めても、腰の痛みが気になって寝ていられません。かといって、起きていればラクなのかと言えば、決してそうではなく、立ったり座ったりはまるでぎっくり腰をやった人のように動作も緩慢です。

どういう姿勢でいればラクなのか? そんなこと考えても、あまり意味はないようです。立っていても座っていても、もちろん寝ていても痛みます。

新型コロナウイルスに感染すると腰が痛くなるといった症例は聞いたことありませんし、やはりただの腰痛、そして日頃の運動不足のせいなのでしょうか?

父が保護された!

初夢というのは、元旦に起きた時に見ていた夢ではなく、元日の晩に見る夢のことでよかったでしょうか?

であれば、これは初夢ではないです。いや、そもそもその夢を見て、ハッと目が覚めた時はまだ大晦日でしたので、初夢と言うよりは一年最後の夢と言った方がよいでしょう。

で、どんな夢かと言いますとタイトルどおりです。

どういう経緯があったのか、なぜか書店の方から連絡が入り、あたしの父を保護していると言われたのです。夢の中で、父は郊外の療養施設に入院していたはずなのですが、なぜかそこを抜け出して本屋に行ったらしく、そこで発作を起こして倒れてしまったそうです。

しかし、一年の最後の最後に何でこんな夢を見たのでしょう? 実際のところ、あたしの父は数十年前に亡くなっていまして、どっかに入院しているなんてことはもちろんなく、そもそも本屋やどこかで保護されるはずなどないのですが、夢の中でやはりあたしは慌ててしまいました。

エアキャップ

暮れはいつもよりも荷物が多く届きます。

ふだんからネットショッピングをよくしているので、それでなくとも荷物はよく届くわが家ですが、そうなるとたまっていくのがダンボールとエアキャップです。ダンボールは、それを出すゴミの回収日があるので、そういう日にまとめて出しますが、エアキャップが困りものです。世間の人はどうしているのでしょう?

穴を開けて潰してゴミに出している方もいるのでしょうが、あたしは勤務先へ持って行きます。勤務先も荷物を出すことが多い職場なので、すき間の詰めものとしてエアキャップは非常に重宝します。ただ問題なのは、エアキャップを勤務先へ持って行くことです。

少ない量であればカバンに押し込んだり、紙袋にでも入れて持って行きますが、ちょっとたまってしまうと通勤電車の中を持って行くには躊躇われる量になってしまいます。エアキャップなのでかさばる割りに軽くてフワフワですから、扱いにくいことこの上ないです。

というわけで、年に一度か二度、たまってしまった時に自家用車で勤務先まで持って行くことがあるのですが、今回は今朝でした。朝の5時半ころに自宅を出て、一時間ほどのドライブです。エアキャプを置いて、正月休みにたまってしまう新聞受けの新聞を取り出して、ファクス用紙が切れていないかを確認してすぐに帰宅です。帰路も一時間ほどなので、7時半過ぎに帰宅しました。

年末年始の休み中なのだから電車で持って行けばよいのに、という意見もあるかも知れません。確かにそれも一理ありますし、そうしたことも過去にはありました。ただ、自家用車もあまり動かさないとバッテリーが上がってしまうので、その予防のためもあって、これくらい動かした方がよいと判断し自家用車で行ったわけです。

往復で約二時間ですが、これくらいでバッテリーが充電されたとは思いませんが、少しでも乗る機会を作らないと行けませんので……

最後のスーツはお預け?

長年着ているスーツが、もうちょっと外へ着て行くには憐れなほどみっともなく、ボロボロになってきていまして、このところの出勤時はジャケットを着用することが普通になってきました。

ジャケットも、昨年古くなったのを捨ててしまったので、現在は一着しかなく、ジャケットも新しいのを買いたいところですが、とりあえずスーツをどうするかで悩んでおりました。

礼服は持っていますから、スーツがなくとも困らないのですが、やはり一着もないというのもサラリーマンとしてマズいかな、と思うものの、残りのサラリーマン人生の長さを考えると、買うべきか買わざるべきか悩みどころです。

そもそも、あたしの収入ではオーダーメードなんて高嶺の花です。既製品を選ぶしかありません。ただ、あたしって撫で肩で、手も長めなので、身長に合った上着は手が短くなってしまいダメです。それでも上着の方はワンサイズ上を買えば袖の長さも何とかなるのでよいとして、問題はズボン(昨今はパンツと呼ぶのでしょうか?)です。

最近の流行は知りませんが、あたしは股上の浅いズボンは苦手です。いや、ほぼ全く履かないと言っても過言ではありません。ところが、最近のスーツはほとんどがローラズのズボン(パンツ)なので、その時点でダメです。選択肢からは外れてしまいます。それにバブル時代の名残なのか、どちらかというとゆったりしたものが好みで、ズボンもツータックでないと嫌なのです。

そんなこんなで選択肢が狭まる上に、紺色も着ません。個人的にはベージュとか茶色が好きなんですが、既製品って紺色が多いですね。あとはグレーでも悪くはないのですが、今回はベージュ系と黒系が欲しかったのです。

で、近所の紳士服のアオキへ出かけて行って見てみたところ、茶系でよいのが見つかったのですが、「二着でいくら」というセールをやっています。同じタイプいで黒を探したのですが見つかりません。よさそうな黒のスーツは素材がポリだったり、ズボンがローライズだったり、とどこかしらあたしのタブーに引っかかります。

結局、アオキでは見つからずじまいでした。青山やコナカに行く気も失せ、今回のスーツ選びはいったんお預けとなりました。果たして、残り少ないサラリーマン人生、最後のスーツを買う機会があたしに訪れることはあるのでしょうか?

書架の上も活用しないと

わが家の廊下に置いてある書棚です。天井が見えていますが、廊下が狭いので下まで写っていません。あと二段か三段あります。

少し前まではスペースがまだまだあったような気がしますが、いつの間にかもういっぱいです。見てわかるように、文庫や新書などはレーベルごとにまとめるようにしているので、特定のレーベルが増えてきたら置き場所をずらしたり、入れ替えたりしています。単行本も、できるだけ同じ著者とかテーマのものを近くに置くようにしていますが、置き場所がなくなってくると、そうも言ってられなくなります。

ちなみに、一番右側に移っているのは細型の書架で、本ではなく音楽CDを入れています。ここは写っていない上の方にはまだスペースがあります。

で、廊下の書架が満杯なのですが、ベッド脇にあるこの書架もそろそろいっぱいで、先日、書架の上のスペースにも本を並べるようにしました。ちなみに、この書架も写真に写っているよりも下にあと二段くらいあります。

この書架も、できるだけレーベルごとに集めているので、たまってくると廊下の書架と並べ直しをしたりしています。

それにしても、このような市販の、既製品の書架は、サイドに細かく棚支え用の穴が開いていますが、どうやってもきれいに本が収まりません。ご覧のように、文庫、新書、単行本をうまいこと組み合わせないとならなくなります。ただ、それでも中途半端な高さが空いてしまい、ガラクタ置き場になっています。

さて、たぶん年内には置く場所も飽和状態になりそうです。来年はどうしましょう?

日曜大工?

この季節はの天気は、晴れが続く太平洋側です。

というわけで、少し前から気になっていた(特に母が気にしていた)庭の物置の屋根を塗り直しました。かれこれ設置して数十年、たぶん四半世紀を超えようかという月の風雪に耐え、庭に立ち続けた物置ですが、いい加減屋根の錆が酷くなってきました。

二階のベランダで洗濯物を干している母は、毎日のように錆付いている物置の屋根を眺めては、そのうち穴が開いてしまうのではないかと気になっていたようで、そうなる前にせめてペンキの塗り直しをしようということになりました。錆止め効果のあるペンキを買ってきて、さあこれで、また何年かは耐久性を維持することができるのでしょうか?

写真で見ると臙脂色をしていますが、それはほぼ錆付いているところです。もともとは濃い赤、紅色と言ったほうがよいような色でした。今となってはどんな色だったのか正確には覚えていませんが、今ではすっかり錆だらけです。

臙脂色の屋根から、こんどはきれいな青、空色のようなペンキを買って塗ることにしました。赤から青、まるで先日のアメリカ大統領選挙のようですね(笑)。

屋根には勾配があるので、塗ったペンキの流れる向き、それと自分が屋根から降りる場所を考慮して塗り始めました。0.7リットルのペンキでちょうどよいだろうと見当をつけて買ったものですが、結果的にはぴったりの量でした。

こういう日曜大工的なこと、最近はほとんどしたことが無かったのですが、意外とうまく塗れたのではないかと自画自賛です。写真で見ると、目にも鮮やかな空色の屋根が徐々に出来上がっていくのがわかっていただけると思います。如何でしょう?

塗り終わって、改めて眺めてみましたが、まあ、よく出来たのではないかと思います。

こういうペンキは二度塗りした方がよいみたいなので、来週、同じペンキでもう一回上から塗っていこうと思います。これでまたしばらくは穴も開かず、使い続けることが出来るようになったのではないかと思います。

ただ、軍手をして塗っていたのですが、指の先はペンキが沁みてきてしまい、軍手を外した指の先っぽが空色に染まっていました。石けんで洗っても取れません。数日はこんな感じなのだと思います。シャツやズボンもちょっとペンキが飛び散ってしまいました。

ひと月延期となりました

出版健保のインフルエンザ予防接種の受付(予約)が本日から始まりました。

午前11時から、公式サイトで受付が始まったのですが、始まる前10分くらいはサイトが繋がりにくくなっていました。

そして時間になり、それほど混乱することもなく予約を完了しました。

が、何も考えずに予約をした日は、あたしが在宅勤務の日でした! 帰宅してから気づきました(汗)。

わざわざ予防接種があるから出勤する、というのもバカバカしいので、帰宅後に今一度予約を取り直そうと思ったら、なんと予約がいっぱいで、ひと月近く先になってしまいました。

まあ、仕方ないでしょう。あまり早く接種をすると、効き目が早めに切れてしまうと言いますから、少し遅い方がよいかも知れません。それに、もう何十年もインフルエンザの予防接種なんて受けていませんが、全くかかりませんので、基本的な体力というか、健康はよいみたいです、あたし。

とはいえ、そういう慢心が危険なんですよね。それに歳と共に衰えているはずですから。

変な夢

変な夢を見て、夜中に目を覚ましました。

どんな夢かと言いますと、書店回りをしていて、知り合いの人文担当の人に「まだ世間的には無名だけどとっても面白い人がいて、その人のトークイベントがあるから行きませんか?」と誘われたのです。特に用事があったわけでもないので、そして半ば強引にその人文担当者に連れられて行ったのは、イベント会場と言うよりも何かの集会場のような場所でした。

なんと、新進気鋭の研究者だと思ったのは間違いで、その正体はカルト教団の教祖であり、あたしに声をかけてきた人文担当者はその熱心な信者だったのです。こんなところに長居は無用、一刻も早く帰らなければと思った矢先に目が覚めたのでした。

それほどの恐怖は感じませんでしたけど、思い返すとじわじわと恐ろしさがこみ上げてくるものがあります。ちなみに、あたしを勧誘した人文担当者というのが、現実に知っている人だったのか、そうでなかったのか、まるで思い出せません。連れて行かれたカルト教団の教義もどんなものだったのか、そもそもどういう教団だったのかもわからずじまいです。

とりあえず、夢でホッとしました。