帰省=混雑=渋滞=乗り物酔い

世間的には今日からお盆休みなのでしょうか? 大企業などは今週初めから既に夏休みだったのでしょうか? あるいは一斉の夏休みはなく、各自で自由に取るスタイルなのでしょうか?

あたしの勤務先は、明日と来週の月曜日、15日が社休です。そして、7月、8月、9月中にあと一日夏休みを取りなさい、というかたちになっています。今の時代、夏休みがたった3日なんて、どうかしていると思いますが、そもそも有給の消化率が低い現状では、夏休みを一週間与えられても全部を消化しきれない社員がほとんどになるのかもしれません。

まあ、社休にしてしまえば強制的に休みですから、それはそれでよいのかもしれません。この業界でも社休はなく、各自が自由に夏休みを取る社もあるようですね。

ところで今朝から帰省ラッシュのニュースがテレビで流れてきます。東京駅の新幹線ホーム、羽田空港の出発ロビー、そして中継車で東名や中央道をレポートする、そんなのが定番です。いい加減やめればいいのにと思います。わざわざ人を出さなくても、定点カメラがあるはずですからね。

あたしは、子供のころから乗り物酔いがひどかったので、帰省は苦痛でした。帰省と言っても母方の田舎である新潟に子供のころに行ったのはほとんど記憶がなく、一度か二度だったと思います。専ら父方の田舎である千葉(外房の方)へ行っていました。ただ、田舎と言っても父方の本家であって実家ではありません。父が子供のころ疎開していたという繋がりがあるくらいです。

話を戻して、その帰省、千葉の田舎へ行くのは専ら車だったのですが、だいたいスムーズに行って2時間、混んだらどれだけかかるわかったものではありませんでした。その車移動がとにかく苦痛で仕方ありませんでした。ですから、基本バス移動になる小学校などの遠足、修学旅行は行きたくない、参加したくない行事の筆頭でした。

電車だと乗り物酔いは比較的出なかったのですが、逆に車内の混雑が耐えられません。あんな思いをしてまで出かけたいとは思いません。毎年、お盆と年末年始、ゴールデンウィークはそんな思いを抱きながらテレビのニュース映像を眺めているあたしです。

半分ほど読み終えたのですが、非常に切ないです

《エクス・リブリス》の『アイダホ』を読んでいます、ちょうど半分を超えて、3分の1くらいまで読み進んだところです。読了まであと一息です。

主人公夫婦の夫の方がウエイドという名前なのですが、彼が若年性の痴呆を煩っています。ここへ来て症状が進行している様が描かれます。55歳だというのに、かなり進んでいます。

55歳って、今のあたしと同い年なんですよね。幸いにして、今のあたしには、そんな症状はまったくありませんが、あたしの亡父は思い返すと50を過ぎたころから脳梗塞の症状が少しずつ出て来て、50代半ばで勤め先を退職することになり、その後は自宅療養とデイサービス、ショートステイや入院などを繰り返しながら徐々に症状が進み、62歳で亡くなりました。

本書を読んでいると、そんな父を思い出してしまいます。最後はほとんどあたしや母のこともわからなくなっていたみたいですし、あたしもそんな風になってしまうのかな、という恐怖心はあります。

そして、ウエイドの、歳の離れた妻、後妻なんですが、彼女もまた症状が進行する夫を見守りながら、この先の人生について思いを馳せています。わが家にも、80歳目前の母がおりまして、いまのところ元気で、ボケたりもせず、家事もやっていますが、この状況がもう何年も続くとは思えません。

本書の妻の感情を思うと、あたしもこの先、母がどうなってしまうのか、その時あたしはどうしたらよいのか、と途方に暮れてしまいます。

あっ、本書は、そんな内容だけの物語ではないので、念のため。

 

いつか読み比べをしてみたいと思います

光文社の古典新訳文庫で『毛皮を着たヴィーナス』が刊行されました。マゾッホの代表作です。

ただ、情けないことに、あたしはこれまで読んだことがありませんでした。なんたる不覚!

そこで旧訳である河出文庫版の『毛皮を着たヴィーナス』も一緒に購入し、時間を作って読み比べてみたいと思います。

ところで、このように翻訳が複数ある海外文学って、どのくらいあるのでしょう? 海外文学とは呼ばないとは思いますが、あたしが学生時代に専攻していた中国古典ですと『論語』や『老子』、あるいは『史記』などは片手では足りないくらい、たくさんの翻訳が刊行されています。近代ですと魯迅も複数ありますね。

それに比べると、欧米の作品で翻訳が複数あるのって、シェイクスピア、カフカといったところでしょうか? 哲学・思想の著作ですとプラトンやカントなど複数出ていますよね。

 

蛇の次は蝉!

蛇が現われたわが家、今日は蝉がやって来てくれました。

いや、蝉なんて、この季節に蝉は珍しくもなんともないです。木の幹だけでなく、電信柱、家の壁、至るところに止まって鳴いています。あまりにも近くに止まって鳴いていると五月蠅く感じることもありますが、季節の風物詩ですから、気にしないようにしています。

ただ、ヒグラシなんか夕暮れ時に鳴いているのを聞くと、なんとなく風情を感じます。ミンミン、ジージーではなく、カナカナという独特の鳴き声は耳にも心地よいものです。

本日、わが家に現われた蝉は、わが家の壁に止まっていたわけではありません。ご覧のように、わが家の網戸に止まっていたのです。それもあたしや母が、テレビを見ながら昼食を食べていた部屋の網戸です。

そんな人の気配がありありとしている窓に飛んでくるなんて、奇特な蝉もいたものですね。ただ、いつ飛んできたのかわかりません。網戸を開けて庭に出たときに気づいたのです。

ちなみに、網戸を開けても飛び立ったりはしませんでした。それ以前に、この網戸に止まって以来、まったく鳴いていないのです。足を動かしていたりするので生きていることは生きているようですが、そろそろ寿命なのでしょうか?

というわけで、室内から取った蝉は逆光のために種類もわかりにくいので、網戸を開けて外へ出ても飛び立たない蝉を改めて撮影したのが二枚目です。これはアブラゼミですよね?

蛇が出ました!

昨日の土曜日の午前中のことです。わが家へと続く路地に、ご覧のような蛇がおりました。玄関から数秒でたどり着けるような場所です。

あたしが現われたからなのか、ほとんど動きもありませし、鎌首を持ち上げて威嚇してくる様子もありません。長さは1メートルを少し超えるくらいでしょうか。ちょっと青みがかった体をしていました。

写真に撮って、自宅にいた母に報告し、二人でもう一度見ようと戻ってみたのですが、既にいなくなっていました。意外とすばしっこい動きです。周囲を見回しても見当たりませんでした。

そう言えば、少し前に自宅の玄関前に蛇が現われていたのですそれが二枚目の写真です。

玄関前の塀の上から、植木を置いているパイプに沿って地面に降りてこようとしていました。こちらは1メートルはあったかな、というくらいの大きさで、昨日見たものよりは明らかに小さい(短い? 細い?)蛇でした。

頭の部分をアップで撮ったのが三枚目の写真ですが、これでおわかりのように、この個体はやや茶色の体をしています。

日をおいて見かけた、この二匹が同じ個体なのか違う個体なのか、あたしにはわかりません。大きさの違いは成長したと考えれば同じ個体の可能性もあるのかもしれませんが、色がずいぶんと違うなあとも思います。

ただ、色の違いも成長につれて変わるものもあるようなので、あたし程度の知識ではこの二匹が同じ個体か、違う個体なのか判断することは難しい、否、全くできません。

ただ、違う個体だとすると、わが家の周囲には意外と蛇がたくさん生息していることになるのでしょうか? それはそれで楽しくもあります。毒さえ持っていなければ、特に蛇は怖くもなければ苦手でもないので。

で、結局のところ、この蛇の種類は何なのでしょうか。

2022年7月のご案内

2022年7月に送信した注文書をご案内いたします。

   

まずは夏の定番『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と『ライ麦畑でつかまえて』です。二つの役所の読み比べポップもお付けしました。続いては毎月恒例「今月のおすすめ本」です。今月は「語学書篇」も送信しました。そして刊行直後から絶好調の『フランス革命史』です。

   

続いては、ネミロフスキーの没後80年なので『フランス組曲』、そしてロブ=グリエの生誕100年なので『反復』です。そしてこちらも刊行直後からよく売れている文庫クセジュの『北欧神話100の伝説』です。アニメやゲーム好きな方から支持されているようです。なので『ギリシア神話シンボル事典』『キリスト教シンボル事典』も一緒に案内しました。そして再びの『フランス革命史』です。

最後は、河出書房新社からジャネット・ウィンターソンの新刊が刊行されたので『灯台守の話』『オレンジだけが果物じゃない』の併売を狙ってご案内しました。『さくらんぼの性は』が品切れなのが残念ですが……

30th雑感

乃木坂46の30枚目シングル「好きというのはロックだぜ!」のMVが公開されまして、ようやくしっかり聴けました。その感想を少々。

MVをザッと二回見ただけなので見落としているところ、気づいていないところが多々あると思いますが、まずは第一印象としてはネット上で言われているとおり、AKB48っぽいですね。MVが、というのではなく、曲が、AKB48っぽいと感じました。とはいえ、AKB48にもいろいろな曲がありますから、何を以てAKBっぽいと言うのかも難しいところですが……

ネットではMVもAKB48っぽいと言われている見たいですが、あたしとしてはジャケットのイメージからもっと夏っぽいものになるのかと思っていましたが、それほどでもなかったと思っています。もちろん、水着のメンバーがはしゃいでいるMVを期待したなんてことはありません。乃木坂46ですから、水着なんて求めていませんし、もしそんなMVが出来上がってきたら多くのファンは嫌悪するのではないでしょうか。

メンバーがたくさん映っているのですが、個々のシーンが早すぎるので、もう少し一人一人がじっくりと見られたらよかったのに、とは思いました。そして、そもそもなんですが、表題曲と言うよりはカップリング曲っぽいなあ、というのが偽らざる感想です。30枚目という節目なので、もっと格調高く乃木坂らしいものを期待しすぎていたのでしょうか?

この二つの作品を併売するのはダメでしょうか?

少し前だったか、だいぶ前だったか、いつごろ知ったのか記憶にありませんが、それでもたぶん、せいぜい知ってから一年くらいだと思うのですが、『ダーウィン事変』というコミックがあります。

「知った」という書き方が表わしているように、あたしはこのコミックを読んでいません。別に毛嫌いしているわけでもなければ、絵のタッチが好みではない、というのでもありません。ただ単に機会がなかったというだけです。

同コミックの公式サイトによると

私の友達は、半分ヒトで、半分チンパンジー。テロ組織「動物解放同盟(ALA)」が生物科学研究所を襲撃した際、妊娠しているメスのチンパンジーが保護された。彼女から生まれたのは、半分ヒトで半分チンパンジーの「ヒューマンジー」チャーリーだった。チャーリーは人間の両親のもとで15年育てられ、高校に入学することに。そこでチャーリーは、頭脳明晰だが「陰キャ」と揶揄されるルーシーと出会う。

と書いてあります。舞台がアメリカと聞くと、「こんな実験、本当にやってそう」という気もしてきますが、それはともかく半分サルで半分ヒトのチャーリーが人間世界で暮らし、ルーシーと交流して、というストーリーなんですね。

単に動物が登場して人間世界で騒動を起こすという小説やコミックであれば過去にいくつもあったと思いますが、半獣半人という存在がこの作品のキーですね。

そんな設定で思い出したのが、あたしの勤務先から出ている『私たちが姉妹だったころ』です。2017年に刊行されたものですので、2020年刊行の『ダーウィン事変』第一巻よりも前になります。この本が『ダーウィン事変』都道関係するのかと言いますと、まずは内容紹介を。

「あたしファーンがこわいの」幼い日の自分のひと言が、家族をばらばらにしたのだろうか――。
ローズマリーはカリフォルニア大学で学ぶ22歳。無口で他人とうまく付き合うことができない。かつては心理学者の父と主婦の母、兄と、双子にあたる姉ファーンのいる、おしゃべりな子だった。だが5歳の時に突然祖父母の家へ預けられ、帰ってみると姉の姿が消えていた。母親は部屋へ閉じこもり、父は酒に溺れる。大好きだった兄も問題児になり、高校生の時に失踪してしまう。ローズマリーがこの大学を選んだのは兄の手がかりを捜すためだった。

これだけですとわけがわからないと思いますので補足します。まず主人公であるローズマリーが無口で人付き合いが苦手という性格です。ちょっと違うかもしれませんが、「陰キャ」という『ダーウィン事変』のルーシーに似ているところがありませんか?

そして、これがネタばらしなんですが、いなくなってしまったというローズマリーの双子の姉ファーンが実はチンパンジーなのです。幼いローズマリーは姉がチンパンジーだなんて思いもせず、に暮らしていたわけなのです。そう聞くと、『ダーウィン事変』を読んでいる方であれば興味を持たれるのではないでしょうか?

逆に『私たちが姉妹だったころ』を読んでいた方が、数年後にコミックの『ダーウィン事変』に出会った、なんてことも起きているのではないでしょうか? どちらも未読のあたしには偉そうなことは言えませんが、ぜひ両方読まれた方の感想が聞きたいものです。