サイト管理人のブログです。
Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
近刊情報(25/03/19)

古典だけでなく近代も!

岩波文庫の新刊『厳復 天演論』を手に入れました。「初の全訳」とありますが、「そうか、全訳は出ていなかったのか」と改めて思いました。そして「さすが岩波文庫、こういう渋いものもちゃんと出してくれるんだ」と感心したところです。
中国の近現代史を学べば、厳復の名は外せない一人でしょうし、その場合には『天演論』の翻訳とセットで覚えるはずです。あたしもそうでした。学生時代が懐かしく思い出されます。
そんな岩波文庫ですが、今回のように近代の著作の邦訳も数多く出しています。なんとなく古典ばかりという印象がありますが、そうでもないのです。確かに、数としては古典の方がはるかに多いですが、近代だって負けてはいません。
そんな岩波文庫の近代ものとしては、ほんの一部ですが、こういったものがあります。『孫文革命文集』や『梁啓超文集』などが刊行されたときには、やはり歓喜しました。このたび厳復が出たので、あとは何が刊行されれば嬉しいでしょうか。章炳麟、康有為、蔡元培なども出して欲しいところです。
ところで、原典の邦訳ではありませんが、文庫クセジュも以前は中国ものを数多く刊行していました。文庫クセジュはフランスの作品ですが、フランスの中国学は世界のトップクラスですから研究者も数多くいますし、当然のことながら著作もたくさん出ています。クセジュにもそういった作品があり、それらの翻訳がいくつか刊行されていたのです。
めぼしいものは古本で買っていましたが、そんな中の一冊がこちら、『毛沢東』です。この他にもいろいろありますが、最近のクセジュには中国ものはあまりないのでしょうか。寡聞にしてフランスの出版事情は詳しくないので、情けない限りです。
近刊情報(25/03/18)

鼻ではなく目が……

今朝の朝日新聞の文化欄で、先頃完結したコミックのことが載っていました。中世のヨーロッパを舞台にしたコミックですが、最近はこういう史実にかなり忠実なコミックも多いように感じます。
史実に忠実なだけでなく、よくもまあこんなニッチな時代や人物を選んだなあと思ってしまうような作品も多いようです。そして、今回紹介されているコミックの主人公はアンナ・コムネナです。
となると、記事中でも触れられていますが、あたしの勤務先から『歴史学の慰め アンナ・コムネナの生涯と作品』が重要な参考文献でしょう。たぶん、アンナ・コムネナを扱った本は日本ではこれしかないのではないでしょうか。
ですから、このコミックを読んでいる人であれば、本書のことも既に知っているのかも知れません。たださすがに、書店の店頭でコミック売り場に『歴史学の慰め』を並べているようなところはないでしょう。でもこの記事を見たら並べてみるのも面白いのではないでしょうか。
ところでいよいよ花粉症のシーズン到来です。あたしは花粉症ではあるのですが、比較的症状が軽い方で、専用の眼鏡を装着することもなければ、マスクをすることもなく外出しています。点鼻薬をシュッシュッとスプレーすれば鼻づまりも解消するので、あまりこの季節を苦にしていませんでした。
しかし、この土曜日から目がちょっと痒くて、ゴロゴロする感じがし始めました。掻いてしまうとよくないのですが、目の周りがちょっと赤くなり、なおかつカサカサになってしまいました。これはちょっとツラいなあと思い、近所のドラッグストアで買ってきたのが写真の塗り薬です。保湿になるので、カサカサはだいぶ収まりました。痒みはまだありますが、症状はだいぶよくなりました。
使い古された言い回しですが、本当に怖いのは怨霊よりも生きている人間でした

このところ、休みの日には録画しておいたホラー映画を見ています。最近見たのは韓国系のこの三本、「タロット 呪札の暗示」「タロット 愚者の運命」「怪談晩餐」です。いずれも三つ、四つくらいの短篇で構成されています。
前二者はタロット二部作で、主人公の元にどこからともなくタロットカードが届き、主人公は特に興味も関心も示しませんが、そのカードのメッセージに導かれるような運命をたどることになります。
タロットカードの摩訶不思議な力が作用しているのかも知れませんが、見ている限りは幽霊とかその怨念が出て来るというわけでもなく、人間の嫉妬心、妬みや嫉み、そういったものが引き起こした結果ではないかと思われます。特に「呪札の暗示」よりも「愚者の運命」の方がその傾向がより一層強くなっています。
そして「怪談晩餐」も怪談とは言いつつも、怖いのは人間です。怨霊的なものが出て来る作品もありましたが、やはり怖いのは生きている人間です。そして共通する怖さというのは、収入や学歴、職業などで形成される人のランクのようなものに支配されている韓国社会の歪みです。日本にもこういった格差はありますが、韓国映画を見ていると格差などという生易しいものではなく、階級社会と呼べるほどのものではないでしょうか。
そして感情が爆発したときの激しさも、日本人とはちょっと違うなあと感じます。そしてたまに邦画でもこういうものはありますが、韓国映画の場合、子供だからといって純粋で、被害を受けるだけの立場ではない、ということです。なめてかかると痛い目を見そうです。