サイト管理人のブログです。
Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
半分ほど読み終えたのですが、非常に切ないです

《エクス・リブリス》の『アイダホ』を読んでいます、ちょうど半分を超えて、3分の1くらいまで読み進んだところです。読了まであと一息です。
主人公夫婦の夫の方がウエイドという名前なのですが、彼が若年性の痴呆を煩っています。ここへ来て症状が進行している様が描かれます。55歳だというのに、かなり進んでいます。
55歳って、今のあたしと同い年なんですよね。幸いにして、今のあたしには、そんな症状はまったくありませんが、あたしの亡父は思い返すと50を過ぎたころから脳梗塞の症状が少しずつ出て来て、50代半ばで勤め先を退職することになり、その後は自宅療養とデイサービス、ショートステイや入院などを繰り返しながら徐々に症状が進み、62歳で亡くなりました。
本書を読んでいると、そんな父を思い出してしまいます。最後はほとんどあたしや母のこともわからなくなっていたみたいですし、あたしもそんな風になってしまうのかな、という恐怖心はあります。
そして、ウエイドの、歳の離れた妻、後妻なんですが、彼女もまた症状が進行する夫を見守りながら、この先の人生について思いを馳せています。わが家にも、80歳目前の母がおりまして、いまのところ元気で、ボケたりもせず、家事もやっていますが、この状況がもう何年も続くとは思えません。
本書の妻の感情を思うと、あたしもこの先、母がどうなってしまうのか、その時あたしはどうしたらよいのか、と途方に暮れてしまいます。
あっ、本書は、そんな内容だけの物語ではないので、念のため。
いつか読み比べをしてみたいと思います

光文社の古典新訳文庫で『毛皮を着たヴィーナス』が刊行されました。マゾッホの代表作です。
ただ、情けないことに、あたしはこれまで読んだことがありませんでした。なんたる不覚!
そこで旧訳である河出文庫版の『毛皮を着たヴィーナス』も一緒に購入し、時間を作って読み比べてみたいと思います。
ところで、このように翻訳が複数ある海外文学って、どのくらいあるのでしょう? 海外文学とは呼ばないとは思いますが、あたしが学生時代に専攻していた中国古典ですと『論語』や『老子』、あるいは『史記』などは片手では足りないくらい、たくさんの翻訳が刊行されています。近代ですと魯迅も複数ありますね。
それに比べると、欧米の作品で翻訳が複数あるのって、シェイクスピア、カフカといったところでしょうか? 哲学・思想の著作ですとプラトンやカントなど複数出ていますよね。
近刊情報(22/08/09)

近刊情報(22/08/08)

蛇の次は蝉!

いや、蝉なんて、この季節に蝉は珍しくもなんともないです。木の幹だけでなく、電信柱、家の壁、至るところに止まって鳴いています。あまりにも近くに止まって鳴いていると五月蠅く感じることもありますが、季節の風物詩ですから、気にしないようにしています。
ただ、ヒグラシなんか夕暮れ時に鳴いているのを聞くと、なんとなく風情を感じます。ミンミン、ジージーではなく、カナカナという独特の鳴き声は耳にも心地よいものです。
本日、わが家に現われた蝉は、わが家の壁に止まっていたわけではありません。ご覧のように、わが家の網戸に止まっていたのです。それもあたしや母が、テレビを見ながら昼食を食べていた部屋の網戸です。
そんな人の気配がありありとしている窓に飛んでくるなんて、奇特な蝉もいたものですね。ただ、いつ飛んできたのかわかりません。網戸を開けて庭に出たときに気づいたのです。
ちなみに、網戸を開けても飛び立ったりはしませんでした。それ以前に、この網戸に止まって以来、まったく鳴いていないのです。足を動かしていたりするので生きていることは生きているようですが、そろそろ寿命なのでしょうか?
というわけで、室内から取った蝉は逆光のために種類もわかりにくいので、網戸を開けて外へ出ても飛び立たない蝉を改めて撮影したのが二枚目です。これはアブラゼミですよね?
