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Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
どうしても行きたい?

昨日のニュース番組では、お盆の最終日の話題が報じられていました。
コロナ禍にもかかわらず、そして県を跨いだ移動は慎重にと言われていましたが、それなりの人が旅行に出かけていたようです。とはいえ、行楽地からすれば例年の半分以下というところも多かったようで、大部分の人は自粛したお盆休みになったようです。
ニュースなどの街頭インタビューで思うのは、どうして皆さん出かけるのだろうか、ということです。もちろん近所のスーパーへの買い物などは別ですが、銀座とか新宿とか、どう見たって近所から来ているわけではなさそうな人たち、ああいう人たちはどうして感染リスクを冒してまで都心へ出かけてくるのか、あたしにはさっぱり理解ができないのです。
旅行についても、一人暮らしの親が心配だから、家族は東京に置いて自分一人だけで帰省する、という人もいましたが、家族揃って沖縄や北海道を始めとした観光地へ旅行している人の意識、非常に不思議に感じます。
あたしのように、ふだんから外へ出かけない、旅行へ行かない人間には、全く理解できない感覚です。子供がいて、ずーっと家の中にいるのではさすがに辛いだろうという気持ちなら少しは理解できますが、だけど、それだからといって行楽地に出かけるのはいかがなものかと思ってしまうのです。この猛暑では近所の公園で遊ぶというのも危険ですから、選択肢が少なすぎますね。
マイカーで別荘に出かけ、そこでは買い出しも数日に一回で済ませ、家族以外誰とも接することなく過ごす、というのならありかも知れませんが、だとしたら自宅に籠もっているのと何が違うのだろうか、という気もします。
「溶けそうなくらい暑いです」とインタビューに答えている人たちが、あえてそんな時に外出している理由が聞きたいところです。しかし、それよりももっと不思議なのは、そういうニュースを伝えるテレビの男性アナウンサーが、ほぼ例外なくスーツ姿でいることです。中には三つ揃い姿の方も多数見かけます。これでは「殺人熱波」というニュースも嘘っぽく聞こえてきます。
同一人物らしいのですが……

中条あやみというのはモデルなのでしょうか、それとも女優なのでしょうか? まあ、どちらでもいいですけど、あたしは意外と好きなタレントの一人です。
ドラマや映画もそうですが、CMでもよく見かけます。が、最近はどうもマンガ、アニメにされてしまっている場合が多く……
まずはコミックシーモアのCMです。竹内涼真と兄妹役ですね。CM中では兄の竹内涼真ともどもマンガになってしまうシーンがあります。だいたい13行くらいのところです。
続いては高級アイスクリームのハーゲンダッツで、こちらは以前から登場していましたが、最新のCMでは実写の本人は登場せず、全編アニメになってしまっています。
さて、この二つのCMを見て、同じ人物がモデルだと思えるでしょうか? 確かに特徴的なホクロの位置とか、わかる人にはわかるのですが、とはいえ、あまりにも別人なアニメではないでしょうか?
生ちゃんを堪能する晩

今宵は、6時からフジテレビ系の「ミュージックフェア」を視聴。
乃木坂46の新曲も楽しみましたが、その前に生ちゃんが元気そうでなにより、ジュピター、よかったですね。
そして同番組が終わった後はCSのTBSでミュージカルドラマ「とどけ!愛のうた」を視聴。こちらも生ちゃんが主演のリモート飲み会をする会社の同僚5名の作品です。
リモート飲み会というと、少し前に本田翼や前田敦子が出ていた、そして乃木坂46の齋藤飛鳥も出ていた「リモートで殺される」も画面としては似たようなものでしたが、ずいぶんところなる作品でした。
「愛のうた」はその名の通り、愛にあふれた、希望と勇気をもらえる作品で、主演の生ちゃんのキラキラ感がとてもよくマッチしていたと思います。三浦春馬の自殺の前に収録されていた作品ですね。
一方の「殺される」は謎解き要素があるのですが、もう少し緻密な構成でないと、謎解きの粗ばかりが目立ってしまったのがちょっと残念でした。登場人物が限られているだけに、犯人はその中にいるわけで、だからこそ構成がしっかりしていないと、というところでしょうか。
しかし、リモートを逆手に取った、こういった作品群、粗探しをするよりは、コロナ禍での可能性の追求としてもっといろいろなタイプの作品が作られるとよいなあと思います。作っていくうちにノウハウも積み重なっていくでしょうし、新たなアイデアが生まれてくるかも知れません。次はどんな作品が出てくるかとても楽しみです。
さらっと引用されています

朝日新聞の一面から、終戦特集ということで、ノモンハン事件の記事が載っていました。
最初に引用されていたのは、みすず書房の『ノモンハン 1939』です。ノモンハンの記事ですから当然と言えば当然です。記事に写真で載っているジューコフならば、あたしの勤務先から『スターリンの将軍 ジューコフ
』という書籍が刊行されています。
そして記事の半ばにはアントニー・ビーヴァーの『第二次世界大戦1939-45(上)』が引かれています。記事中では『第二次世界大戦1939-45』としか書いていませんが、実際には写真のように3冊本です。引用されたのは巻頭ですから、その上巻です。
第二次世界大戦を扱った書籍はたくさん出ていますが、日本で出ているものはどうしても日本が中心で意外と第二次大戦の全体像というのがつかみにくいきらいがあります。しかし、本書は第二次大戦の全体を描いているので、実は極東で行なわれていた日本の闘いを扱う比重など、ちょっと目から鱗な部分が多々ありました。
モノとしての書籍

昨日は小学生の娘さんのことを書いたお母さんからの投書でしたが、今回は本人の言葉です。
「重くてかさばる」というのが本に対するネガティブなイメージかと思いますが、この投稿主のようにその重さこそが醍醐味だと感じる人もいるのです。本好きあれば、この気持ちはきっと共有できるはずです。もちろん、やはり重くてかさばる本を読むのは大変だし、面倒だと思わないわけではありません。でも、読み終わったあとの達成感は何とも言えないものがあります。
厚い本であればあるほど、これからはハンディーな電子書籍だ、という方もいます。辞書などは電子が主流になりつつありますが、紙の辞書の良さも見直されていて、ケースバイケース、使い分けが大事であるように、本も同じことだと思います。
検索が必要になる場合には電子の方が便利でしょうし、文芸や芸術書であれば装丁を愉しみたい、という思いもあるでしょう。それぞれの良さを理解して、電子書籍も紙の書籍も楽しんでいただければよいと思います。
とはいえ、個人的にはやはり電子書籍は慣れなくて、どうしても紙の本を買ってしまい、もはや収納する場所がなくなっているわが家なんですけど……
