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Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
今日の配本[26/04/01]

中級タイ語総合読本[音声DL版]
タイの社会と文化を読む
斉藤スワニー、三上直光 著
25のテーマごとに長文テキストを読解。重要表現を把握し、会話テキストや練習問題により読解力・表現力を確実に身につけていきます。
アラビア語の入門[音声DL版]
本田孝一 著
アラビア語の会話と文法を交互にバランスよく学べる、ロングセラー入門書。音声の提供形式が変わり、「ダウンロード版」になりました。様々な場面を想定したスキットを通して会話表現に親しみましょう。また、アラビア文字の読み方・書き方から丁寧に始めて、基礎的なものにしぼった文法事項を豊富な例文で学んでいきます。さらに、アラブに関する文化的な情報も多数盛り込んでいるため、オールラウンドなアラビア語の知識を身につけられます。全スキット・全例文にカナルビ付き。
「サヨナラの意味」の意味

昨晩放送された、TBS系『CDTV ライブ! ライブ!』に乃木坂46が生出演し、発売前の最新シングル「最後に階段を駆け上がったのはいつだ?」をフルでパフォーマンスしていました。この番組は原則としてフルサイズでの披露というのがファンに支持されている理由でしょう。昨今の音楽番組では極めて珍しいことです。
個人的には、少人数で歌うパートでのボーカル、特にフロント三人のボーカルが弱いなあと思います。力強く、パンチを効かせて歌う曲調ではありませんが、もう少ししっかり歌えた方がよいのではないでしょうか。そもそも、センターが歌い出しでなくてもよいのではないかと常々思っているのですが、それは禁じ手なのでしょうか。
そして、昨晩の同番組で乃木坂46はもう一曲、「サヨナラの意味」もパフォーマンスしてくれました。卒業・入学シーズン、新しい生活が始まるこの時季ならではの番組の特集と、それに合わせた選曲だったのでしょう。さらに現キャプテン梅澤美波が同番組ラスト出演ということも大きな理由だったでしょう。メンバーの卒業と言えばこの曲という感がありますね。
それにしても昨晩のパフォーマンス、梅澤美波がセンターなのはよいとして、考えてみるとこの楽曲のオリジナルメンバーは誰一人いないのですよね。この曲のセンターを務め、そして卒業していった橋本奈々未。その翌日のライブから合流した三期生ですので、梅澤にとっては初心を思い出す一曲だったのではないでしょうか。
MVの衣装でパフォーマンスしたというのはポイント高いですね。当時のメンバーが一人もいないわけですから、聞いていると別の曲のように感じられるところもありますが、後輩たちが丁寧に歌い継いでいるという感じもして、とても好感を持ちました。誰一人子の当時いなかったからこそ、リスペクトをこめて歌っていたように感じられました。
そんな卒業を控えた梅澤ですが、5月19日から三日間行なわれる東京ドームでのコンサートの最終日、21日が卒業コンサートになるようです。このところ複数日行なわれるライブの最終日に卒業コンサートや卒業セレモニーをやることが増えていますが、実は個人的には反対です。かつて西野七瀬の卒コンがバスラの四日目、最終日に行なわれたのですが、初日から三日目までもそれっぽい演出などがあり、個人的にはちょっと白けた気分を味わってしまったからです。
それに比べると、その数年前に行なわれた橋本奈々未の卒コンは、三日間のバスラの初日に行なわれました。その日をもってななみんは卒業し、バスラの二日目と三日目には一切登場しませんでした。二日目からは加入間もない三期生が加わって、新しい乃木坂46がスタートした、非常にメリハリのある構成になっていました。理想的です。
梅澤の卒コンも初日にやってしまい、ここでスッパリと卒業し、二日目と三日目は新しい体制の乃木坂46を見せる、そういうスタイルがよかったのではないかと思うのです。バスラという節目のコンサートだからこそ、そういう構成にすることが相応しいと思うのですが、どうなのでしょう。
どうやら、あたしは心が汚れているようです

元啓文堂書店の紀伊國屋書店でこんなフェアをやっていました。ただ、フェア展開を見る前に、この冊子が目に飛び込んできてしまったので、あたしはエッチな本のフェアを想像してしまいました(汗)。
だって「春の本」ならまだしも、「春色の本」なわけですから、勘違いしても当然ではないでしょうか。古典文学や日本史の世界で「春色」と言えば、どうしても男女の色恋沙汰、ドロドロとした愛憎世界をイメージしてしまいます。
でも、それってあたしがおかしいのでしょうか。書店店頭でこのフェアを見かけた人は何の疑問も持たずに、「春に相応しい書籍」のフェアだと理解しているのでしょうか。うーん、やはりあたしの心は汚れているのでしょう。情けないことです。
話は戻って「春色の本」フェアですが、この冊子によりますと
春色--それは門出の希望の色、新生活へ向けての緊張の色、桜舞い散る儚げな刹那の色、節目の季節ゆえの出会いと別れの色、青春という名の未熟な輝きの色、そして大難からの復興と再生の色、といった、多様な心情と風景を彩る色なのかもしれません。
とあります。やはり、そういうことなのですね。書店員の皆さま、たいへん失礼いたしました。だから「春色」は「しゅんしょく」ではなく「はるいろ」と読むのが正解なのでしょう。
近刊情報[26/03/30]

満開の桜の木の下で

毎年、この時季になるとこのダイアリーでもご紹介している、わが家の近所の桜のトンネル。都心の方とほとんどタイムラグもなく、あたしの見立てではたぶん満開になりました。
昨日の午後、ちょっと見に行った時には、絶好の天気にも恵まれ、スマホやカメラを持った多くの人が見に来ていましたし、シャッターを押していました。
そんな昨日は、人が多すぎたので、あたしは写真を撮りませんでした。でもそれでは寂しいので、今朝、まだ人が出ていない頃合いを見計らって、写真を撮りに行って来ました。
朝の七時前です。日は昇っていましたが、まだ朝の時間帯なので、昼間よりは青空の色もちょっと薄い感じがしました。でも、写真を取りに来ている人も数名だったので、朝の清々しい空気を感じられました。
肝心の咲き具合、先に満開と書きましたが、この写真を見ていただければ、満開と言って差し支えないですよね。しかし、この桜のトンネル、少し前にずいぶんと枝を伐採してしまったので、いつもより花が少ないような、隙間だらけのような気がするのは気のせいでしょうか。
枝だけでなく、根元のあたりから切ってしまった株もいくつかありまして。昨年までよりも数本減っているのは確かです。ちょっと寂しさを感じます。
桜を愛でる側としては、枝を伐採するにしても開花の時期が終わってから切ればよいのにと思います。でも、この時季に風の強い日があって、もし花を見に集まってきた人たちの頭上に倒れてきたらと考えると、シーズン前に老木は切り倒しておこうと行政側は考えたのでしょう。
致し方ないところですね。全部の桜が切り倒されたわけではなく、まだまだたくさんの株が残っていますので、このように今年も見ごろを迎えることができました。
しかし、今年は数本を切り倒し、ほとんどの株で枝の伐採を行なったわけですが、来年以降も切り倒しは続くのでしょうか。また一本切り倒したら、将来のために一本苗木を植えないといけないと思うのですが、特に植樹をしている場所はありません。
枝はいずれまた伸びてくるでしょうけど、根元から切ってしまった桜が復活するとは思えません。新しい苗木を植えないのかしら、と思いますが、切り倒した株の根っこが残っているんですよね。
根元と根っこは、たぶんそれを掘り返すと周辺広範囲にアスファルトを剥がすことになってしまうので、そのせいでできなかったのでしょう。