11月1日ではなくて?

Googleのトップページ知ったのですが、本日8月26日は犬の日なんですね。正確に言うと「世界犬の日 National Dog Day」と言って、アメリカで制定されたようです。

日本ですと「ワン、ワン、ワン」の語呂合わせで11月1日が犬の日ですけど、世界に目を向けるといろいろと違うものが見えてきます。ということで、あたしの勤務先の刊行物から犬に関するものをいくつかご紹介します。

まずは中国の作家、閻連科の『年月日』です。飢饉に苦しむ農村を舞台に、村人も去ってしまった村でおじいさんと目の見えない痩せ犬が必死のサバイバルを繰り広げる物語、犬好きなら涙がちょちょ切れること必死の作品です。

続いてはガラッと変わって『フラッシュ 或る伝記』、ヴァージニア・ウルフの作品です。こちらは犬種がわかっていまして、コッカー・スパニエルです。このコッカー・スパニエルのラッシュの目を通して見た世界が描かれます。

公式サイトの紹介文にもあるように、「犬好きによって書かれた本というより、むしろ犬になりたいと思う人によって書かれた本」というのがまさしくピッタリな小品です。

以上の二点は新書サイズの白水Uブックスの海外文学でしたが、次に紹介する『神は死んだ』は単行本、《エクス・リブリス》の一冊です。短篇集なので、すべてが犬にかかわる作品ではありませんが、犬にかかわる作品はかなり異色です。

神(砂漠で野垂れ死んだキリスト)の肉を食べたために知能が発達した犬が登場します。そんな犬への取材を試みたのが「神を食べた犬へのインタビュー」という一篇です。キリスト教世界では「神が死んだ」というインパクト、そしてその肉を犬に食われてしまったという衝撃がかなり話題になったのではないでしょうか? この邦訳もよく売れました。

最後に、ノンフィクションを二点ご紹介します。

まずは『愛犬たちが見たリヒャルト・ワーグナー』です。あのワーグナーが犬好きだったというのは、ワーグナーのファンであれば周知のことなのでしょうか? あたしは不勉強で知りませんでした。

本書はワーグナーの評伝ではありますが、そのワーグナーの愛犬の目を通して見たという設定が秀逸です。上掲の『フラッシュ』と読み比べてみるのも面白かもしれません。

最後は、現在品切れではありますが、『戦禍のアフガニスタンを犬と歩く』です。タリバン政権崩壊直後の冬のアフガニスタンを犬と共に踏破したノンフィクションです。アフガニスタンの現状、人々の暮らし、戦火の爪痕など、アフガンの混乱状態が見て取れます。

こうしてみますと、犬というのは楽しいときも辛いときも、人間のそばに寄り添ってくれているのだなあと実感します。それが犬の宿命なのでしょうか?

なお「犬」ではありませんが、あたしの勤務先からは「オオカミ」に関する本も数多く出しております。ご興味のある方はそちらも是非手に取ってみてください。

今日の配本(22/08/26)

未来救済宣言
グローバル危機を越えて

イアン・ゴールディン 著/矢野修一 訳

マイケル・サンデルら激賞。新自由主義の40年から訣別し、不平等から気候変動まで〈新しい社会〉に赴くための世界的権威の処方箋。

今日の配本(22/08/25)

つながるベトナム語会話

田原洋樹 著

相手によって「私」の言い方も変化する。使い分けることで自然なベトナム語が身につく初めての会話集。ベトナム各地域の表現も収録。

フォレスト・ダーク

ニコール・クラウス 著/広瀬恭子 訳

現役時代は実利主義だった弁護士。カフカの遺稿と秘密の人生に遭遇する女性作家。砂漠で変容を遂げる大人の自分探し。柴田元幸氏推薦。

ゴーリーの挿絵が入っています!

欅坂46から櫻坂46に改名してどのくらいたったのでしょう? その櫻坂46に、新二期生として加入した守屋麗奈のファースト写真集をゲットしました。

守屋麗奈、ファンの間では「れなぁ」の愛称で親しまれているメンバーです。今回は通常盤カバーと楽天ブックス限定カバーの二冊です。容姿については、人それぞれ好みがあるでしょうけど、まあふつうにカワイイ、きれいだと言われるタイプだと思います。

女子大生らしいですが、きちんと大学に通えているのでしょうか? 見てくれはともかく、身長はちょっと低め、モデルのような抜群のプロポーションというわけではありませんが、愛嬌はバッチリです。坂道ファンの間では「れなぁは櫻坂というよりも、乃木坂タイプではないか?」という意見も聞かれますが、彼女が加入した合同オーディションでは、乃木坂46はスラッとした高身長のメンバーを選んだようなので(例外が数名いますけど)、そのためにれなぁは乃木坂に選ばれなかったのかもしれません。もちろん、本人が三つの坂道グループのどこを志望していたかはわかりませんが……

と、アイドルの写真集についてはさておき、勤務先の新刊のご案内です。

来月初旬に配本予定の海外小説『アーモンドの木』の見本が出来てきました。エドワード・ゴーリーの挿絵があしらわれた一冊になっています。

本書のタイトルは『アーモンドの木』ですが、それで思い出したのが韓国の小説『アーモンド』です。こちらは大ヒットしたガイブンです。

ただ単に「アーモンド」という言葉が共通しているだけで、作品世界に何の関連もありませんが、「海外小説は何を読んだらいいかわからない」とぼやいている人には、こんなタイトル繋がりで次の作品を選んでみるのも面白いのではないでしょうか?

本を刊行するのも報道の一種なのかもしれない

数ヶ月前に、テレビでミャンマー情勢について伝えていました。世間では、ロシアによるウクライナ侵攻がトップニュースで連日取り上げられ、世界的にもこの武力侵攻に対する介入、制裁が発動されています。

その一方で、もう一年になる軍事クーデター以降のミャンマー情勢については、最近ではほとんど報道されません。最近になり日本人ジャーナリストが拘束されたというニュースが飛び込んできて、「ああ、そうだ、ミャンマーも情勢不安なんだ」と思い出した方も多いのではないでしょうか?

あたしが見たテレビ番組も「ウクライナにばかり世界の関心が注がれて、ミャンマーは忘れられている」という、現地で抵抗運動を行なっている人々の声を紹介していました。どうしても自分の身近の出来事でないと忘れがちになってしまうものです。昨今の旧統一教会と政治家の問題にしても、「最近は報道もされていなかったから」という政治家の「言い訳」がずいぶんと聞かれましたね。

そんな中、岩波新書から『ミャンマー現代史』が刊行されました。そういうテーマの本を刊行するというのは、テレビや新聞が報道するのと同じように大切なことだと思います。現在の書店店頭はウクライナやプーチン、ロシアに関する本が、それこそ雨後の筍のように並んでいます。よくもこの短期間にこれだけ出したものだと、つくづく感心します。

しかしその反面、ミャンマー情勢に関する本がこの間どれだけ刊行されていたでしょう? そんな中での岩波新書、さすがは岩波書店だと思います。

書棚を増設?

このダイアリーでは過去に何度も「書架がもういっぱいで、本を並べられない」と書いてきました。そして、「だったら本棚を増やせばいいじゃん」と言われても「本棚を並べるスペースがない」と、これまた納戸も愚痴をこぼしてきました。ですので、この一年、二年は残されたわが家のスペースの中、どこに書棚を設置できるかが喫緊の課題となっていました。

なんとかスペースをやり繰りして書棚を増設してきましたが、今回は新しい試みです。

右の写真は、わが家のスライド式本棚の上部です。スライド式本棚は180センチくらいの高さなので、その上が天井まで空きスペースになっています。

これまではそのスペースの中間くらいの高さに棚を作って、PCソフトの函を並べていました。しかし先日、思いきって断捨離をし、かなり古いバージョンのPCソフトをすべて処分したのです。もちろん、今では使っていないのに、なぜか大事に持っていてソフトもありました。そういったものを、きれいさっぱり処分したので、スライド式本棚の上部空間が丸ごと空いてしまったのです。

スライド式本棚は、奥行きがありますので、だからPCソフトの函のようなものを並べていたのですが、ここに置ききれなくなってきた文庫を並べようと思った次第です。ただ、文庫を並べるには高さも奥行きも無駄なスペースが多すぎるので、近所のホームセンターで材木を買ってきて、ちょっとした棚を作り、そのスペースに設置しました。これで奥と手前、二重に本を並べられますし、奥は上げ底になるので、どんな本が並んでいるかよく見えます。

並べてみて思ったのですが、この高さと奥行きであれば、もうちょっと低い棚を更に作って、手前と奥の二重ではなく、三重に文庫本を並べることができそうです。

こんな風に、高さに違いを持たせて、手前と奥とに本を並べるのは多くの人がやっていることでしょうが、わが家の書棚では初めての取り組みでした。

まずは部屋の灯りを付けるでしょ?

昨晩フジテレビ系で放送されていた「ほんとにあった怖い話」を今日になって視聴。乃木坂ファンを引っ張るためか、山下美月主演のエピソードは一番最後でしたね。

ホラー映画も怖いものが少なくなってきなあと感じる今日この頃、地上波テレビドラマのホラーは、案の定、それほど怖いとは感じませんでしたね。まあ、稲垣吾郎と一緒に子供たちが主演しているような番組ですから、本当に怖いものは放送できないでしょうけど。

ところで、この手のホラー作品、テレビだろうと映画だろうと同じなのですが、不思議に感じる主人公の行動があります。そんな行動はいくつかあって、ホラー作品ファンの間では「あるある」として知られているわけですが、今回の「ほんこわ」でも同じでした。

あたしがホラー作品でしばしば感じること、それは主人公たちが部屋の電気をつけないことです。幽霊にせよ悪霊、悪魔にせよ、出て来るのはほぼ夜です。主人公たちは寝ていることが多いですから部屋の電気は消えています。そこへなんとなく怪しい気配、目を覚ます主人公、というのパターンです。

で、疑問なのですが、あたしであれば、ふつう部屋で寝ていて目が覚めたとき、周りの様子を確認しようと思ったら部屋の電気を付けます。しかしホラー作品の登場人物は、頑なに電気を付けようとしませんね。あれが不思議です。金縛りにでも遭って体が動かせないというのならともかく、そうでないのにただ震えているだけ、怖がっているだけです。その間に電気を付ければいいじゃないかと思うのですが、なんで付けないのでしょう?

辞書は家に持ち帰りましょう!

わが家には、隔週でヤクルトレディ(どうしても「ヤクルトおばさん」と呼んでしまいがちです)がやって来てくれます。

なので、わが家の冷蔵庫には、ほぼ必ずヤクルトが常備されていまして、写真のように、巷で大人気という「ヤクルト1000」も毎日一本飲んでいます。これで体が丈夫になっているのか、まるで自覚症状はありませんし、何の効果も実感していませんが、とにかく日常的に愛飲しております。

さて、話は変わってタイトルの件。たまたまテレビで辞典、辞書について話題になっていたのを見たので、自分の学生時代のことを思い出しました。

学生時代に学校で使う辞典と言えば英和辞典だと思います。英語の先生は、少しでも辞書に親しんで欲しいという気持ちもあってか、重くても毎日辞書は持ち帰って、家の勉強でも使いましょうと言ってました。真面目な学生だったあたしは、もちろんその指示に従っていましたが、やはり辞典がカバンに入っているのは重いです。そこで使っていた英和辞典には卓上版もあったので、学校のロッカーには普段使いの携帯版を入れっぱなしにして、自宅では卓上版を使うようにしました。

同じ辞典なので、辞典を使うのに慣れるという点では問題ありません。しかし、いま考えると、自宅用に卓上版を買う必要はなかったですよね。自宅でも携帯版でよかったのではないかと思います。わざわざ高いのを買うなんて……

ところで、あたしは学校指定の辞典を買ったことがありません。英和辞典の場合、確か学校の先生が推薦したのは研究社のものだったと思うのですが、あたしはあえて小学館のプログレッシブを持って行って使っていました。厳しい学校ではなかったので、学校指定のものを使わなければいけないと、うるさく言われることもなかったです。

なんで人と違う辞書を使うのかと言えば、天の邪鬼なあたしの性格にもよりますが、確か辞典の使い方を初めて教わった小学生のころ、先生から「辞書は一種類だけでなく、いくつか引き比べてみるように」と言われたことがあったからです。辞書好きなら誰でも知っていることですが、辞典が異なれば、同じ項目、同じ単語を引いても、書いてある内容が異なるなんてしょっちゅうあるものです。

そんな言葉がずーっと尾を引いていたので、できるだけ学校指定、つまりクラスのみんなが使っているのとは別のものを使うようにしていたのです。