これがAIの本当の実力なのでしょうか?

先日、もう長いこと使っている目覚まし時計が壊れたので、新しいものを買いました。

あたしの知らないメーカーの商品ですが、見やすそうだったのとお値段も手ごろなので、それほど深く考えることもなく決めました。

電波時計であることは必須で、寝室(と呼んでいる納戸)なので、温度と湿度がわかるといいなあ、というのが決め手です。様々な時計があり、値段もピンキリですけど、今回は枕元に置く目覚まし時計なので、アラーム機能も必須です。ただ、目覚ましのアラームで起こされることは年に数えるほど(数回)しかなく、実はなくてもよいのではないかという気もしますが……

さて、購入して電池を入れると動き出しましたが、なかなか電波を拾ってくれません。強制受診のボタンを押してもダメです。別の電波時計の隣に置いても電波を受信できません。もちろん隣の電波時計は受信できています。

電波時計は、部屋の中の置かれる場所によって電波の受信に差があることは知っています。やはり窓際がよいのは常識で理解できますが、今回の時計だって窓に近いところに置いてあるのですがダメです。そもそも隣にある電波時計は電波を受信できているのに、どうしてこれは新品なのに受信できないのでしょう?

自宅の時計は、掛け時計も含めすべて電波時計なので、電波が取れない時計は役立たずです。特に、ほとんど使うことのないとはいえ目覚まし時計ですから、時計の正確さは必須の機能です。

やはりセイコーとかシチズンのように有名ブランドの商品でないとダメなのでしょうか? 値段の差は電波受信力の差になって現われるのでしょうか? 商品到着後5日経っても電波をまるで受信できないので、この商品は諦めて、あらためてセイコーの電波時計を買い直すことにしました。

そして一昨日ネット(ヨドバシ)で注文をして本日届く予定なのですが、なんと一昨日の夜、ふと枕元の目覚まし時計を見たら電波が受信できているマークが表示されているのです。電波が受信できたのです。

買って以来まったく電波が受信できなかったのに、新しいのに買い換えるとなった途端に電波を受信できるようになるなんて、どうしてなのでしょう? もしかしてこの二つの時計、メーカーは違えどもお互いに電波を送受信して、もう一つ時計を買わせようと画策していたのではないでしょうか?

これが近未来のAIの実力なのでしょうか? いや、そんなことはないでしょうけど、もしかすると近い将来には本当にこんな感じの世界が出現しているのかもしれません。だとすると、あまりにも怖すぎます。でも、あらゆるものが電波やネットで繋がっている世界は、こんなことが起こっても不思議ではないのでしょうね。

今日の配本(22/03/18)

流木記
ある美術館主の80年

窪島誠一郎 著

2022年5月、「無言館」は開館25周年を迎える。戦没画学生の作品を展示するこの私設美術館には毎年多くの見学者が訪れ、館長として活躍する著者の評価も高い。しかしながらここ数年、著者は二つの大きな喪失を体現した。一つは「無言館」の本家ともいえる「信濃デッサン館」を閉館したことである。このデッサン館は、著者が畏怖する村山槐多など、夭折した画家たちの作品や関係資料などを収蔵・展示してきたが、運営が困難となり、長野県立美術館に多くを売却・譲渡することとなった。もう一つは10万人に1人以下という陰茎癌と診断され、手術によってペニスを失ったことである。長年疥癬に苦しんだり、講演中に脳出血で倒れたりと、病気につきまとわれる著者にとって、これは人生を見つめ直すほどの大きな衝撃だった。この二つの大きな喪失によって、出生から現在まで、改めて半生を振り返り、自らの存在を確かめようとしたのが本書である。あえて負の部分を晒すことで、逆に傘寿を超えた著者の新たな野望すら見て取れ、不思議な共感を呼び起こす自伝的作品ともいえる。

林先生、ごちそうさまです!

またまた朝日新聞です。

俳優の宮川一朗太さんが翠江堂の苺大福を紹介しています。

宮川一朗太で苺大福と聞けば、おひさま(日向坂46ファン)であれば誰もが知っているエピソードです。記事中にはしっかりそのことが書かれています。

たぶん、月末の東京ドーム公演にも苺大福を抱えた林先生(共演したドラマでの宮川一朗太さんの役名)が現われるのだと思います。今回もそっと苺大福を置いてくるだけなのでしょうか?

東京ドーム公演と言えば、歌舞伎役者の中村勘九郎さんや、その親友である藤原竜也さんは見に行くのでしょうかね?

校則が思い出せません

新聞やテレビでも、都立高校のブラック校則を見直すことになったというニュースを大きく取り上げています。

この「ブラック校則」という言葉、あたしが学生のころには存在しなかった言葉です。こういう事例がなかったとは言いませんが、たぶんあたしたちの時代は「校則が厳しい」と表現していたのだと思います。もちろん、あたしの時代から数十年も経っていますので、あたしの卒業後にますます校則がおかしな方向へ行ってしまったのかも知れませんが。

さて、あたしは都立高校の出身ですが、意識させられるような校則はなかったというのが正直なところです。あたしの通っていた高校は自由な校風で知られ、髪を染めている人やパーマをかけている人もいました。まあ、時代が時代なので、染めると言うよりは脱色しているという方が正しいですが。女子も化粧をしている子がいましたけど、だからといって先生に取り立てて注意されていることはなかったと思います。

制服もなく、みんな自由な服装で登校していました。冬になると寒がりな女子はズボンを穿いてくる子もいたくらいです。ちなみに、私服の高校で、あたしは一時期あえて学生服(詰め襟)を着ていました。それも「チューラン」と呼ばれる、襟が少し高くて、丈もやや長めのものです。別に不良を気取っていたわけではありませんが。

むしろ校則が異様だったのは通っていた公立の中学の方です。いや、校則だったのか今となっては思い出せませんが、制服の既定がおかしかったのです。その公立の中学校、男子は学ランなのですが、女子は全くの私服でした。

どうしてそんなことになったのかわかりませんが、男子だけ学ランを着ているという、かなり異様な光景が日常でした。しかし、だからといって男子から文句が出るようなこともなかったと記憶しています。今はどうなっているのでしょうか?

いずれにせよ、校則を気にすることなく中学高校時代を過ごすことができたのは幸せだったと思います。

たぶん並んでいるはずです

今朝の朝日新聞の社会面です。東京版にしか載っていないのではないかと思われる、ローカルな記事です。

くまざわ書店の八王子店で、地元の創価大学と協力して町興し的な棚を作っているという記事です。それも、なんとシュリーマン! 今年が生誕200年にあたるということもあっての盛り上がりのようです。

そういうわけで、あたしの勤務先でも、しばらく品切れになっていた『シュリーマン』を復刊しましたし、その少し前に『トロイア戦争』なんていう一冊も刊行しております。

たぶん、この二点も八王子店のコーナーにしっかり鎮座していることと思われます。是非お手に取ってみてください。

既定のブラウザ

自宅も勤務先も、PCでインターネットを見るときのブラウザは、この数年来ずーっとMozilla Firefoxでした。

どうしてこのブラウザを使うようになったのか、いまとなってははっきりしたことは覚えていませんが、たぶんその当時のWindowsでメインブラウザであったInternet Explorerが遅かったり、エラーが多かったりしたからだったと思います。それに比べるとFirefoxは実にサクサク動いたという印象がありました。

そんな原体験から数年、いや十数年でしょうか、ずーっとFirefoxをメインブラウザとして使ってきたのですが、このところどうも雲行きが怪しくなってきました。

いろいろなウェブサイトやウェブサービスで、推奨ブラウザにFirefoxが入っていないことが多くなっているのです。では何を推奨しているのかと言えば、Google ChromeやMicrosoft Edgeといったところです。どちらもFirefoxと併用していますが、メインとしては使っておらず、いまでも頑なにFirefoxを既定のブラウザにしています。

しかし、どうやらそれも終わりになりそうな気配です。最近はEdgeが悪くないなあ、などと思ったりしていますし、Googleのサービスを使う場合にはChromeとの親和性が高いなあと感じて、その時々で使い分けています。

そう、用途に応じて使い分ければよいだけの話です。幸い、デスクトップPCはメモリにしてもHDDにしてもまだまだ余裕がありますので、ブラウザを二つ三つインストールしていたとしても何ら問題はありません。

ところで、ブラウザと言えば、少し前まではWindows版もあったSafariって消えてしまいましたね。Mac晩はまだあるのでしょうか? あとSleipnirなんてブラウザも個人的な気に入っていますし、かつてはOperaというブラウザもあったのですが、今もあるのでしょうか?

今日の配本(22/03/15)

今日の不安
さまざまな概念と臨床

ヴァシリス・カプサンベリス 著/阿部又一郎、大島一成 監訳

うまく眠れない、喉が詰まったような感じがする、胃が締め付けられる気がする、息切れする、呼吸が苦しい。不安になるとこうしたさまざまな症状を経験する。著者によれば、不安は「精神生活における交差路であるとともに見張りの役割を担う」。つまり不安は、こころの不快や不調、ときに苦痛を伴う感情の最初の表れであると同時に、それらが解決されていない状態にあると教えてくれているのだ。本書は、フロイトをはじめピエール・ジャネ、ウィニコット、メラニー・クライン、ラカンなどの業績を参照しながら、臨床における不安の症候学、不安のモデル、生物学、精神分析、認知行動科学、いろいろな治療法といった今日の不安の諸相を概説する。臨床経験豊かな著者が、正常から病理まで遍在する不安を震央に位置づけて考察した、病める社会と人間たちに向けたフランス精神分析的思考の処方箋。

梅の香り

そろそろ桜の開花の便りも届きそうな陽気です。東京は今週末が開花予定日ですから、来週にかけて陸続と各地から開花宣言が聞こえてくるでしょう。

昔から「梅は咲いたか、桜はまだかいな」と言われるように、少し前までは梅が盛りでした。テレビなどでも梅の名所からの中継がよく見かけたものです。

そういう時にリポーターがよく口にするのが梅の香りです。

あたし、昔から疑問に思っていたのですが、梅ってそんなに香るものなのでしょうか? 近所に梅林があったわけではないので、昔から梅の香りってどうもピンとこないのです。

ところで先週末、近所のホームセンターへ行った折、その園芸コーナーに梅の鉢植えが置いてあり、今を盛りと梅が咲いていたのです。鼻を近づけてみると、確かに梅が香ります。ああ、こういう香りなのかと、生まれて初めて自覚しました。

以前、ロウバイは近所に咲いていて、香るのは知っていたのですが、いわゆる白梅、紅梅に香りを感じたことがなかったのですが、この歳になってようやく知れました。