サイト管理人のブログです。
Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
お陰様です

昨日のダイアリーで、日向坂46の藤嶌果歩のファースト写真集、紀伊國屋書店限定カバー版を新宿の紀伊國屋書店で購入したと書きました。その紀伊國屋書店新宿本店ですが、いろいろな場所でこんな展開をしてくれています。
まずは演劇書コーナーです。先日亡くなられた小田島雄志さんの追悼コーナーが出来ていました。ちょうどあたしの勤務先から『半自伝 このままでいいのか、いけないのか』が復刊されたところで、そちらを中心に並べていただいております。
本来であれば、小田島さんの畢生の業績、シェイクスピア全集をもっと並べるべきなのでしょうが、品切れになっている巻が多く、全巻揃わない状況で申し訳ないところです。
続いては、その小田島さん追悼コーナーのすぐそばで展開されていたこんな並び。真ん中には発売されたばかりの月刊誌『新潮』が置かれています。『新潮』の特集が「令和演劇ニューウェーブ」で、その旗手として今年度の岸田賞受賞の二点、『ロマンス』と『よだれ観覧車』が脇を固めています。
もちろん『新潮』本誌に蓮見翔さん、大石恵美さんも登場されています。昨今の演劇界を知る上で、『新潮』の最新号は興味がある方にもない方にも必読の一冊です。
続いてはフロアも変わって文庫・新書コーナーです。その一角に《人文知への扉》が並んでいます。その上の段には《文庫クセジュ》も見えています。
「人文学の名著が手に取りやすいサイズで登場」という手書きポップも効いています。人文や社会の各ジャンルに振り分けるのではなく、このように教養新書のコーナーに並べていただけるとありがたく、この夏には棚用プレートも出来上がる予定です。
最後は文芸の海外文学コーナーです。『赤死病』と『マーティン・イーデン』が面陳されています。どうしてなのかという種明かしは貼ってあるポップを読めばわかります。
はい、この両書の著者はジャック・ロンドンです。今年2026年はジャック・ロンドンの生誕150年であり、没後110年でもあります。ジャック・ロンドンの邦訳は他社からも出ていますが、文庫なので単行本中心の文芸コーナーではこの二点だけが並んでいるわけです。
こんな風に紀伊國屋書店新宿本店では、お店のあちこちであたしの勤務先の刊行物が目立つように並べていただいております。本当にありがたいことです。
数日遅れで降臨!

日向坂46の四期生、藤嶌果歩のファースト写真集が発売になりました。カバー違いで何種類か発売されていますが、まずは通常版です。
一枚目の画像が通常版です。これは予約しておいたので発売日に落手しております。とても愛らしい表情のかほりんですね。いかにもかほりんという雰囲気がよく出ていると思います。
この他に,HMV限定版、ソニー・ミュージック限定版もありますが、それはパスしました。そしてあともう一つ、紀伊國屋書店限定版がありまして、それを遅ればせながらようやく新宿本店で手に入れました。
それが二枚目の画像です。こちらもかほりんっぽい表情と雰囲気が感じられます。あたし個人の好みとしては,HMV版、ソニー版よりは紀伊國屋版がよかったので、通常版の他にはこちらをチョイスした次第です。
さて写真集には恒例で生写真(ポストカード)が一枚付いています。全部で六種類あるそうで、それがランダムで封入されているのです。上述のように、あたしは二冊だけ買ったわけですので、全六種類コンプリートなどははなから狙っていません。
ところが写真集を開封してみましたら、なんと同じ図柄のポストカードが入っていました。そんなこともあるんですね。六種類のポストカードはすべて同じ枚数が作られているのかわかりません。二冊だけ買って、六分の一が二枚とは……
これが噂の……

アメリカがイランを攻撃し、イランが対抗措置としてホルムズ海峡を封鎖して以来、石油関連製品の価格が上がっています。価格が上がっても手に入るのであればまだマシで、この先入手が困難になるのではないかと言われています。
中東以外の地域からの調達に各国が注力している中、カルビーがポテトチップスのパッケージの印刷をモノクロにすると発表したのもちょっと懐かしい話です。カルビーとしては必要な企業努力だったのでしょうけど、政府・与党からは売名行為だといちゃもんが付いたのも話題になりましたね。
ところで、わが家の近所のスーパーではモノクロパッケージのポテチを見ることはなく、意外と在庫が潤沢に仕入れてあったのかなと思っていました。やはり、あれだけにニュースでやっていると、モノクロパッケージというものも見たくなるのが人情というものです。
そして遂に対面がかないました。近所のスーパーへ買い物に行ったときに、スナックコーナーを通ったら見つけました。カルビーのポテチです。
ご覧のように「しあわせバター」はカラーのままでした。そのお隣に「のりしお」も並んでいましたが、それもカラーでした。そして、その隣に並んでいたのがモノクロの「うすしお」です。ようやく見ることがかないました。
ちなみに、この「うすしお」と並んで「コンソメ」もモノクロパッケージで並んでいました。四種類のうちカラーとモノクロが半々というわけです。
なお、この「うすしお」のパッケージ、裏もモノクロでした。ニュースでは片面モノクロというのも報じていましたが、あたしが見かけたものは両面モノクロでした。
漢代公羊学

昨日のダイアリーで、大学院時代に『春秋繁露』の日本語訳を試みていたことを書きました。今回刊行された『全訳 春秋繁露』にも参考文献に挙がっているような諸本、あたしも架蔵しております。
その一つが『春秋繁露校釋』です。あたしが大学院時代に出版されたもので、当時の大陸中国における『春秋繁露』研究の最新成果だったと思います。知名度の割りに研究書や注釈書があまり出ていなかった『春秋繁露』にも遂にこんな立派な注釈本が出たのかと感動したのを覚えています。
ところが、それからそれほど時間も経たないうちに『春秋繁露校釋 校補本』という上下二冊の注釈本が刊行されました。読んで字の如く、『春秋繁露校釋』の間違いなどを修訂したものです。こちらが刊行されたときには、こうも続けざまに『春秋繁露』関連書が出版されるのは董仲舒ブームでも来ているのだろうかと思ったものです。
その裏付けは取れていませんが、董仲舒や『春秋繁露』の関連書は他にも刊行されていました。現代語訳、もちろん中国で刊行されたものですので、現代中国語訳ですが、そんなものもいくつか出ています。それが三枚目の画像の二点です。
それまでは台湾から刊行されていた『春秋繁露今註今譯』くらいしか全訳は出ていなかった『春秋繁露』の世界が大きく広がりました。日本語訳ではありませんが、中国語はある程度読めるので、現代中国語訳は非常に頼りになりました。
その他にも、中華書局の「新編諸子集成」シリーズから、改めて蘇輿の『春秋繁露義證』が刊行になったり、『董仲舒集』という一冊が刊行されたりしていました。とにかく関連するものが刊行されたら片っ端から購入していたのが大学、大学院時代のあたしでした。
そんなわが家の書架の一部が五枚目の画像です。当時購入した書籍がいまだにわが家の書架に並んでいるのです。
ここに並んでいるのは、董仲舒や『春秋繁露』だけではなく、その周辺分野に当たる漢代春秋学、漢代公羊学に関する書籍たちです。こういう周辺ジャンルも見つけたら買っていたのです。
全部目を通したのと問われると困ってしまいますが、ザッと目を通したりはしています。目次などを眺め、自分の関心やテーマに合っていそうなところを拾い読みしたりはしています。
公羊学は漢代に流行した後、長い雌伏の時を迎え、再び目覚めたのは清代末期です。世界史の教科書にも載っている(?)清末の学者、康有為が公羊学を掘り起こしました。二千年と言われる中国の帝国時代、その始まりと終わりに一世を風靡したのが公羊学なのです。ちなみに公羊学は「くようがく」と読みます。「こうようがく」ではないので念のため。
わが青春のアルカディア

タイトルに偽りありですが、あたしの青春時代を思い出させるものを見つけました。松本零士の作品は何の関係もありません。いや、青春というのも偽りかもしれません。青春と言えば、中学高校くらいの十代、キラキラとした年代を思い出す方が多いと思います、でも、今回あたしが語るのは大学院時代です。やはり青春と言うには語弊があるでしょうか。
その「青春」を思い出させるものというのがこちらの画像、『春秋繁露』の全訳本です。
『春秋繁露』とは中国の古典です。前漢の儒者、董仲舒の主著とされている作品です。漢代に儒教を国教化したということは世界史でも学ぶでしょうが、それを主導したのが当時の大学者、董仲舒なのです。ちなみに『春秋繁露』は「しゅんじゅうはんろ」と読みます。
この『春秋繁露』ですが、作品名としてはそこそこ知られているものの、翻訳は明徳出版社から刊行されているシリーズ「中国古典新書」に抄訳が収められているくらい、というのがあたしの学生時代の状況でした。そこであたしが大学院時代に『春秋繁露』を全訳しようと活動を始めたのです。
その成果は、当時の学科紀要、大学院紀要に発表していたのですが、あたしも仕事が忙しくなり、いつしかこの活動は立ち消えとなってしまいました。当時、別の大学のグループでも『春秋繁露』の全訳作成が進められていて、交流こそなかったものの、あたしたちはそれなりの刺激を受けていました。
そんな時代から幾星霜、いまごろになって『全訳春秋繁露』が発売になるなんて、ちょっと信じられません。涙がこぼれそうですと言ったら嘘になりますが、それなりの感慨はこみ上げてきます。