今日の配本[26/04/21]

ケインズ
不確実性に挑んだ知の巨人

ロバート・スキデルスキー 著/小谷野俊夫 訳

没後80年――。ますます注目される経済学の「巨人」の思想と行動を世界的権威がコンパクトに読み解く。

既視感

あれっ、これって前にどこかで見たことあるなあと感じる既視感。最近も感じたことがあるので、ちょっとご紹介したいと思います。

それがこちら、『小説の技巧』です。つい先日、新書版が刊行され、絶好調で売れているのですが、ここでご紹介したいのは単行本の方です。これもロングセラーの人気商品でした。

いま述べたように、新書版になって、カバー装丁がガラリと変わってしまったので、既視感は薄れてしまったのですが、この単行本の方を見ていると、「どこで見たんだっけかなあ」といつも思ってしまうのです。

ところが、それを最近思い出したのです。それがこちらです。おわかりになりますか。

ロックバンドTOTO(トト)のアルバム「ISOLATION(アイソレーション)」です。白と黒の配置こそ逆ですが、左右に白と黒が配されているデザインはよく似ていると思います。どっちが白でどっちが黒だったのか正確に覚えていなかったので、余計に既視感を覚えたのでしょう。

ちなみに、『小説の技巧』の刊行が1997年、TOTOのアルバムの発売は1984年ですから、やはり『小説の技巧』を見て既視感を感じたのは正しかったのですね。

日本で洋楽が流行っていた、高校時代の懐かしい想い出の一枚です。

清水の舞台から飛び降りました!

昨日付のダイアリーで、母の誕生日(4月16日)の晩にいただいた料理をご紹介しました。どれも美味しいお料理でした。

ただ読み返してみたところ、どこで食べたのかを書いていなかったのに気づきました。はい、今回母を連れて行ったのは京料理の道楽さんです。

10年以上前に『京のおまわり 老舗料亭の主人がつくる四季のおかず53品』(京都新聞)が刊行されたころに訪れ、食事をしたことがあり、あまりの美味しさに感動した記憶があるのです。

そんなことを話したら母から「あたしも連れて行け」と何度も言われたので、遂に意を決して母の誕生日に予約を入れ、木金の一泊で京都へ行ったという次第です。

席にはお盆が置かれ、その上に箸と盃、それに膝掛けの手ぬぐいが用意されていました。いよいよ食事のスタートです。

どんな料理だったのかは昨日のダイアリーに写真を載せましたので、そちらをご覧ください。ご主人手書きのお品書きが用意されていて、料理の説明をしていただきました。また床の間に飾られた掛け軸や花器なども一つ一つ丁寧に説明してもらいました。こういうものの知識をもっと蓄えたいものだとつくづく痛感しました。

さて、料理とは別に飲み物です。母はアルコールを嗜まないので烏龍茶、そしてあたしは「松の翠」「七本槍」をいただきました。

前者は京都、後者は滋賀の日本酒です。どちらも初めて飲んだ銘柄で美味しかったですが、特に「松の翠」があたしの好みによく合っていました。帰京後にウェブサイトを見ると

京都の文化を守る一翼を担い、京料理や京懐石など和食との相性を突き詰めた逸品。茶懐石料理に最適な少し辛口で綺麗な後味が特徴。

と書いてありましたので、この日の食事に合うわけです。納得です。ネットでも買えそうなので、こんどお取り寄せしてみたいと思います。

そんな母の誕生日の京料理、お会計が三つめの画像です。こういうものをお見せするのは無粋の極致かもしれませんが、もうあたしとしては清水の舞台から飛び降りるつもりの覚悟で予約して、母を連れて行った誕生日旅行でした。いや、値段だけのことはある料理と給仕でした。

母のためとはいえ、ちょっと散財してしまったので、また明日から一生懸命働こうと思います。とはいえ、給料は決まっているので日々の努力で増えたり減ったりするものではありませんが(汗)。

ちなみに、宿泊は前回の母との京都旅行と同じく、京都駅前の新阪急ホテルです。ここもあと数ヶ月で閉館になってしまうのですよね。便利な場所にあって、比較的安く泊まれるホテルだったのですが、残念です。

実はこれがメインイベント

木金と母を連れて京都へ行った旅行の行程は既に載せましたが、実は今回の京都旅行のメインは神社仏閣巡りではなかったのです。

木曜日、4月16日が母の誕生日当日であったので、前々から行ってみたい、食べてみたいと言っていた京料理のお店を少し前に予約して、そこへ母を連れて行ったのです。今回はその料理の数々を改めてご紹介します。

まずは座付です。一つの更に二つずつ盛り付けてあり、取り分けていただきました。旬の筍が嬉しかったのと、鯛の子がとても美味しかったです。

続いては前菜です。鰻の八幡巻きをはじめ、十品以上はありました。これで前菜なのですから、この後の料理が楽しみになります。蕗、楤の芽それぞれの天麩羅がサクサクしてとても美味しかったです。

その次は椀盛です。非常に細かく切った茗荷がアクセントになっていて、とてもやさしい味でした。

次に出て来たのは祝肴です。あらかじめ母の誕生日だと伝えてあったので、鯛と赤飯を出してくれました。

次はお造り、お刺身ですね。本鮪は脂がちょうどよく乗っていました。コゴミもよいアクセントになっていました。

その次の焼物は、これも一皿に二つずつ盛り付けられていて、そこから取り分けていただきました。お皿も縁起物の鶴の意匠でした。こういう細かなところにも、母の誕生日という心づかいが見て取れます。

そして次は炊合。ここに入っていた焼豆腐が非常に面白い食感、初めていただきました。今シーズンの初鰹も美味しかったです。

蒸物は、丹波ぐぢの酒蒸し、つまり鯛ですね。先程の茗荷と同じように非常に細かく切られた葱が美しかったです。

酢肴は赤貝などに枸杞の実を散らしてありました。鉄砲和の鉄砲は「てっぽう」ではなく「てっぱい」と読むそうです。いろいろ勉強になります。

ここまでで料理は一段落、最後に御飯とお吸い物、香物で〆です。香の物はカリフラワーやパプリカなど使っている野菜が面白かったです。

御飯と出てくるのは味噌汁かと思いましたが、見事に裏切られました。湯葉をいただいて、京都へ来たなあと感じました。御飯は五目おこわでした。

御飯も済んでデザートは八朔ゼリーです。蓋の部分には八朔の実が残っていて、それを搾ってゼリーにかけると、ゼリーの味変ができ、とても美味しかったです。

ゼリーの後には、お店自家製の羊羹をいただきました。たぶん、普段のコースであればこれで終わりなのでしょうが、母の誕生日ということで、席を変えてお抹茶を振る舞われました。お店のご主人みずからのお点前でした。茶の作法をろくに知らない母とあたし、恥を掻かなかった非常に不安でドキドキのお茶席でした。

次はどこへ行こうかしら?

東福寺駅からタクシーを拾いたかったのですが、流しのタクシーなんて見つかりません。今の時代はタクシー・アプリを使わないとダメなのでしょうね。あたしは既に時代に取り残されています。

あたしと母は京阪電車で清水五条まで移動し、そこから清水寺へ向かいました。地上に出た交差点のところにタクシー乗り場があるのですが、もちろん客待ちをしているタクシーなんてありません。しばらく待っても空車のタクシーはやって来ません。

上にも書きましたが、やはりタクシー・アプリを駆使しないとダメなのでしょうか。路線バスもいつ来るかわかりませんし、母の足腰を考えると、できるだけ清水寺に近いところまで行きたいと思っていたので、タクシーを拾いたかったのです。

しばらく待っていたら、ようやく空車のタクシーがタクシー乗り場に来てくれました。しかし、清水寺までの道は混雑していますね。タクシーも乗用車も、そして大型観光バスが狭い道にあふれていました。

結局、五条通を行けるところまで行ってタクシーを降りました。観光客で大混雑の清水坂を上って清水寺へ到着しました。

清水寺は、母もあたしも来たことがあります。もう10年以上までのことです。その時も混雑していた人気観光スポットでしたが、今回はそのころの比ではない混み具合でした。修学旅行生も、いったい何校の学生がいるのだろうというくらい集まっていました。

定番の舞台を通って一巡りし、仁王門脇の休憩所「忠僕茶屋」で一休みしました。母は甘酒を飲んで、しばしゆっくり足を休めていました。あたしもわらび餅をいただきました。産寧坂、二年坂を通って高台寺へ向かいました。

母はかなり脚が痛んでいたようですが、この行程ではタクシーに乗ることもできません。できるだけゆっくり歩くようにしました。お茶屋で休んだのがせめてもの救いだったようです。

高台寺は秀吉の正室ねね所縁の寺です。今年の大河ドラマは秀吉・秀長兄弟ですから、ここも当然大河ドラマ所縁の舞台ということになるのでしょう。今後は混雑しそうです。それでも、ひとまず今回は、清水寺に比べると空いていました。

高台寺、あたしはかつて来たことがあるような気がするのですが、うろ覚えです。円山公園からねねの道あたりを歩いただけで、高台寺には行っていなかったかもしれません。

ちなみに、ちょっと角度が異なるだけですが、高台寺の写真は開山堂です。そろそろ母も疲れがピークになってきていたので、風景を眺めたり写真を撮ったりする余裕がなくなっておりました。お庭が有名な神社仏閣って高低差もあり、階段も決して水平ではなく、段差もまちまちなので、とても歩きづらいものです。

高台寺の拝観を終え、目の前は大きな駐車場です。タクシーも何台か停まっているのですが、ほぼすべてが観光タクシー、乗せてきた観光客と一緒に運転手も境内にいるのでしょう、車は空っぽです。

せめて仲間のタクシーを呼んでもらおうと思っていたのですが、それもかないそうにありません。さあ、どうしようと思っていた時に、たまたま客を乗せてきたタクシーに声をかけたら乗車OKでした。これはラッキーということで、四条河原町まで行ってもらいました。

四条河原町へ向かったのは村上重へ京つけものを買うためです。ただ母の疲れ、脚の痛みもあったので、それに少し小腹が空いたので、永楽屋の喫茶室へ向かいました。母は餅ぜんざい、あたしは写真の出来立てわらび餅をいただきました。

ここは以前に京都へ来た時にも母と入った喫茶室です。ここで少しゆっくりして疲れを取りました。その後、本来の目的である村上重へ行って付け物を購入し、四条河原町から市バスで京都駅へ戻りました。

京都駅へ戻り、駅ビルでお土産をちょっとだけ物色し、荷物を預けているホテルへ戻りました。フロントで荷物を受け取り、カートにお土産などを詰め、帰京です。

新幹線の車内で夕食ということになるので、弁当を買ってから乗り込むつもりでした。ただ駅の売店では味気ないと思ったので、駅ビルの伊勢丹後かへ向かいました。

すると母が551を見つけました。関西出張の折に買ってきてと言われているのですが、新大阪駅の551、ここ数年は大混雑でとても買えませんでした。しかし、ここの551は数名の先客がいるくらいだったので余裕でゲットできました。

その他に母はおこわ、あたしは以前にも賞味したことがあるローストビーフのお寿司を購入して、新幹線のホームに向かいました。

金曜日の夕方の上り新幹線、新大阪の場合はほとんどがサラリーマン、出張が終わって帰京するという風な人ばかりですが、京都の場合は観光客が大部分な感じがします。新幹線はほぼ満席でしたが、特に遅れることもなく、無事に東京に到着しました。

桜の季節でも、紅葉の季節でもないからこそ……

伏見稲荷大社からJRで一駅、東福寺へ向かいました。前回も書きましたが、伏見稲荷が駅前なのに対し、東福寺は駅から少しだけ歩くことになりました。母にとってはこれが一番の難所です。

東福寺と言えば、京都の風景と言えば必ずというほど目にする通天橋です。特に紅葉シーズンの通天橋は多くの写真や映像で見ています。一度は行って見たいと思っていた場所の一つです。

ただ通天橋自体は、遠くから眺めるものであって、実際にそこへ行ってみると、確かに谷を跨ぐ橋ではありますが、なんとなく白けてしまいました。通天橋からちょっと離れてみたところから撮ったのが一枚目の画像です。

通天橋の後は北条の庭園見学です。まずは入ってすぐの八相の庭です。ここはかつて一度来たことがあったでしょうか。目にした時にそんな気がしました。

あたしの記憶では初訪問の筈なのですが、ちょっと自信がありません。このような庭って京都の寺社には至るところにありそうですから、他のところと勘違いしているのだと思います。

方丈をぐるりと囲むように、東西南北に庭がありまして、八相の庭は南庭にあたります。一番大きい庭です。蓬莱山などを模した庭になっています。蓬莱、瀛洲、方丈と聞くと中国古典を思い出します。

順路に従って回ると次は西庭です。ここと次の北庭は市松模様に庭になっています。微妙にデザインが異なります。季節のせいなのか、市松がやや茶色買ったのが残念です。

庭をみている途中、ふと目を上げると通天橋が見えました。新緑がまぶしく、そんな中に通天閣がちょっと見下ろすような角度で目に入りました。

西庭に比べると、北庭の方が市松模様の広がりが大きいです。ところどころ市松が掛けているのはあえてなのでしょう。

あああこの方丈庭園に入ってすぐ、どうしてみ広々とした南庭に目が行ってしまいますが、その反対側に小ぶりな東庭があります。ここは石庭というのでしょうか、石で北斗七星を象っているそうです。一番まとまっている気がしました。

そして、最後に改めて南庭を眺め、方丈庭園を後にしました。やはり来たことがあったのか、初めて来たのか、思い出せません。たぶん来たことはない、母と一緒に今回初めて訪れた場所だということにしておきましょう。

ところで参観順序と写真掲載の順序が前後してしまいましたが、通天橋を渡りきって更に進むと開山堂があります。ここは通天橋よりも少し階段を登った先にあるので、やはり通天橋を見下ろす形になります。

方丈のところからも見下ろすことができましたが、こちらからの方が更に高さがありました。下の谷川まで見えれば、通天橋の高さを実感できるのでしょうが、瑞々しい新緑が鬱蒼と茂っていたので、それはかないませんでした。

通天橋に開山堂、そして方丈庭園を参観した後、無料開放ゾーンにある三門と本堂を見て回りました。堂々とした建築で、その大きさに圧倒されました。本堂は昭和初期の建物だそうですが、この三門は国宝です。

三門の大きさは、すぐ前からでは写真に収められないだろうと思い、門前にある思遠池の向こう側に回って写真を撮りました。

中を見てみたいと思いますが、さすがに国宝では難しいでしょう。テレビなどでタレントがこういう寺社を訪れ、普段は非公開のスペースに入れてもらっているのをみると、ちょっと羨ましいなあ、ズルいなあと思ってしまいます。

さて、ひととおりの参観を済ませ、また駅まで徒歩で戻ります。最後の画像はその途中、臥雲橋から通天橋をみたところです。通天橋と言えば、こういう風に見上げる構図が一番ポピュラーではないでしょうか。それにしても新緑がまぶしいです。

ここまでで、お昼少し前の時間になっていました。昨晩のご馳走と、今朝もホテルの朝食をしっかり食べたので、母もあたしもあまりお腹が空いていなかったので、こんどはJRではなく京阪電車に乗って清水五条へ行き、ここは前にも来たことがある清水寺へ向かうことにしました。

稲荷寿司を食べ損ないました……

天候にも恵まれた、母を連れての京都旅行二日目です。昨日と同じく京都駅からJR奈良線に乗りました。

向かった先は、この写真を見ればおわかりですよね。外国の方にも人気の観光スポットのようで、朝から多くの参詣者で賑わっていました。

いや、この写真を見ればおわかりのように、賑わっていたどころではありません。大混雑と言ってよいでしょう。混んでいるだけならまだしも、やはり皆さん記念写真を撮りたいので立ち止まったりもして、ますます渋滞がひどくなる一方です。

狭い通路に大勢の観光客、もう少し遅い時間だったら、もっとひどいことになっていたのでしょう。あたしたちが訪れたのが比較的早い時間だったので、まだよかった方なのでしょう。

で、まだ書いておりませんでしたが、訪問したのは伏見稲荷大社です。昨日の平等院に比べ、学生を多く見かけました。まだ新年度が始まったばかりなのに、もう修学旅行が始まっているのですね。3年生の場合、受験が本格化する前のこの時季しかなかったのかも知れません。

さて、千本鳥居は大人気のスポットですが、母もあれは見てみたい、行ってみたいと言っていた場所です。あたしも伏見稲荷は行ったことがなかったのでちょうどよかったです、混雑を除けば。

ちなみに、千本鳥居を見た後は、啼鳥池の方を回って、本殿、楼門へ戻ってきて、稲荷駅からJRに乗り、お隣の東福寺へ向かいました。

伏見稲荷が、駅を降りたらすぐ境内と言ってよいような立地だったのに対し、東福寺はちょっと歩きました。駅から東福寺へ向かう途中でこんな標識を見かけました。

宇治でも見かけたのですが、このあたりの道路って、一方通行でバイクは関係ないのですね。一般的なよく見る標識では「自転車を除く」と書いてあって、バイクは自動車と同じく一方通行などの制限を受けます。しかし、ここでは自転車だけでなく、バイクも一方通行の逆走がOK、つまりバイクが逆走しているわけではない、ということです。ちょっと不思議な感じです。

今日の配本[26/04/17]

魔法の石板
ジョルジュ・ペロスの方へ

堀江敏幸 著

パリを離れ、ブルターニュの漁師町に移住した孤高の詩人ジョルジュ・ぺロス(1923-78)。名声を嫌い、「私」を消し、孤独を渇望した彼は、敬愛するジャン・グルニエに接近しながらも離れていく生き方を選んだ。近年、再評価が進むぺロスの新資料をもとに全面的に加筆し、20年の時を経て鮮明によみがえるぺロスの声に呼吸をあわせ、73頁分の追記を加えた決定版。

東寺、もとい、教王護国寺

宇治の平等院を参詣し、その後ちょっと遅めの昼食を済ませましたが、それでもホテルにチェックインするにはまだ時間が余っています。そこで宇治から京都へ戻って、東寺へ向かいました。

京都から近鉄電車で一駅、京都と言えばまずイメージされる五重塔を擁する東寺です。しかし、あたしはあえて教王護国寺と呼びたいところです。

電車を降りて通りを西へ。南側に開いているのが正門ですよね。門の脇に、これはアオサギでしょうか、まるでハシビロコウのようにたたずんでいたので、写真に収めておきました。

境内に入り、玉砂利を踏みしめながら一巡りしました。五重塔などのエリアは有料です。せっかく母を連れて来たのですから、参拝しないというわけにはいきません。

そもそも東寺は、平等院に比べると観光客は少なめでした。駅からも近くて、こんなに有名なのに、ちょっと寂しいなあと感じましたが、でもこの方が参観には好都合です。

さすがに有料ゾーンは、更に観光客も少なくなりましたが、ちらほらと外国からのお客さんたちがいました。五重塔は中には入れないわけですが、見上げるだけでもすごいものです。圧倒されます。

金堂と講堂は中も見学ができ、立派な仏様が鎮座しておりました。やはり対面すると、自然と厳かな気持ちになりますね。よいものを見せてもらいました。

外は陽射しもあって、少々暑い気候でしたが、こういう堂内はなぜかひんやりとしています。そういうところも寺社巡りの醍醐味だと感じます。

あああさて境内に牡丹がきれいに咲き誇っている一郭がありました。牡丹はいまがちょうど時季なのですね。そういえば、春のお彼岸に食べるのは牡丹の時季だからぼた餅と言いましたっけ。

あああこの有料ゾーンの中に立派な桜が植わっていました。見てみると看板があり、「不二桜」と書いてあります。

ちょっと調べてみますと、樹齢こそ100年を超えていますが、もともと東寺に植えられていたものではないようです。平成18年に植樹されたということなので、東寺ではまだまだ新参者の植物なのではないでしょうか。

さてここまで見て、日も少し傾いてきたので、また母も少し疲れがたまってきた頃合いなので、ホテルにチェックインすることにしました。少し休んでから夕食へ出かけます。

パフェに群がる男ども

宇治簿平等院を訪問した後、宇治駅前の中村藤吉本店で茶そばをいただきました。

実は、朝に東京を発ち、昼前に京都着、ホテルに荷物を預けて宇治へ向かい、宇治で何か食べようと考えていたのです。そこで駅前の同店へ入ってみたのですが、順番待ちが既に数十人となっていました。そこで、予約だけ入れて先に平等院を見に行ってきたのです。

平等院から戻ってきても、まだ順番待ちは二十数人です。でもお腹も空いたし、他へ行っても待たされることは同じでしょう。だったらここで素直に順番を待とうということになりました。売店などを見た後、それでもまだ30分くらいは待ったでしょうか。

最後の10組くらいは、諦めて他へ行ってしまったグループも多かったのか、トントン拍子で進んで、やや遅めの昼食となりました。

母はお揚げ付きの茶そばのざる、あたしは同じくかけを注文しました。正確には「宇治てん茶を楽しむきつね生茶蕎麦」です。蕎麦の上にかかっている青海苔のようなものがてん茶です。青海苔よりも堅くて、パリパリしていました。

茶そばは、もっとお茶の香りが立ったものかと想像していたのですが、そこまでではありませんでした。むしろ絶品だったのはつゆ、そしてお揚げです。これがとても美味しかったです。

こちらのお揚げは、東京のそば屋で出されるきつねよりもはるかに大きくて、厚みもありました。とても食べでがあります。味も非常によかったです。これを名物にしてもよいのではと思うくらいです。

ところで、ここも周囲は海外からの観光客がほとんどでした。少しお昼の時間を過ぎていたからか、あたしたちのように茶そばを食べている人はほぼおらず、ではみなが何を食べていたのかと言えば、まるごとパフェ[抹茶]というスイーツです。

竹筒に入った、そこそこ大きなパフェです。それを海外からの大の男どもが美味しそうに頬張っているのです。これはなかなかシュールな光景でした。