翻訳フェア

海外文学は売れないと言われつつも、一生懸命売ろうとしてくれている書店員さんがいます。今日は新宿の紀伊國屋書店でこんなフェアを見かけました。

それがこちら。「翻訳フェア」という、極めてシンプルでストレートなタイトルのフェアです。中心に鎮座するのは、先日平凡社から刊行された『日本文学の翻訳者たち』、そしてその横にはあたしの勤務先のヒット作『「その他の外国文学」の翻訳者』と左右社の『英米文学のわからない言葉』です。

そして、その周囲にはさまざまな海外文学作品が並んでいます。見ているだけで楽しくなってきます。でも海外文学は食わず嫌いならぬ、読まず嫌いの人も多いと思います。

ハン・ガン作品がノーベル賞をきっかけに大ヒットしたように、ちょっとしたきっかけがあれば読もうと思っている人は多いはずです。これからもそういうきっかけを作り出していきたいものです。

今日の配本[26/05/20]

ニューエクスプレスプラス カザフ語[音声DL版]

坂井弘紀 著

中央アジア最大の面積を持ち、石油や鉱物などの資源が豊富で、ユーラシア大陸の東西を結ぶ中央回廊でも注目されるカザフスタン。居住地を定めず広大な草原を季節ごとに移動する騎馬遊牧の社会では、文字はほとんど使われず、かわりに豊かな口承文芸が発達しました。その文化を支えてきたカザフ語は主語・目的語・述語の語順や「てにをは」のような格助詞など日本語と似たところがあり、日本人には学びやすい言語といえます。会話と文法をいっしょに学べるこの本で始めてみませんか。

ブルックリン

コルム・トビーン 著/栩木伸明 訳

1950年代前半、アイルランドの田舎から大都会ブルックリンへ移住した少女の物語。巧みな会話と心理描写、映画化も話題を呼んだ長篇。

奥が深いというよりも、あたしの知識不足

先日買った Google Pixel Watch を腕にはめております。慣れるとよいものですね。ただ問題山積です。

たとえば、右の画像の画面、インストールされているアプリが並んでいるらしいのですが、どのアイコンがどういう働きをするのか、よくわかっていません。

まあ、右上がカメラというのはわかりますし、中左がスケジュール(カレンダー)というのもわかりますが、それ以外はちょっと自信がないです。クリックというか、タップすればよいのでしょうが、基本はスマホでアプリが立ち上がるということのようです。

一枚目の画像はそれでもまだオーソドックスなアプリだからよいのですが、左の画面に並んでいるアイコンなど、あたしにとっては外国語を眺めているように感じられます。

スマートウォッチって、健康管理や運動管理、エクササイズなどを統括しているような機能がメインらしいですが、たぶん、これがそうなのでしょう。

上左はランニングでしょうか、そうなると下左は散歩になるのでしょうか。下中は重量挙げなのでしょうか。そんなことやっている人がどれくらいいるのでしょう。その右隣はカヌーでしょうか、それともただのボート、いったい何なのでしょう。

スマートウォッチを使っている人って、こんなに多種多様な協議に携わっているのでしょうか。これほど疑問だらけなのに、マニュアルは付属していなくて、公式サイトにでもPDFが置いてあるのでしょうか。

シーズン終了?

このダイアリーで何回かご報告しておりましたわが家の藤盆栽、とうとうシーズン終了です。花がほぼすべて散ってしまいました。

昨日の日曜日、先っぽに一つか二つ残っているかな、という状態が右の写真です。花がなくなってしまうと、あたしなどにはいったい何の植木なのかさっぱりわかりません。

それにしても、藤の花があれほど匂うものだとは、今まで知りませんでした。こんなに小さな鉢植えでもあれだけ匂ったわけですから、あしかがフラワーパークなどはものすごい香りに包まれているのでしょう。そうなると、やはり一度くらいは行ってみたいなあ、とちょっぴり思います。

ただ藤棚の中(下?)に入れたわけでもない宇治の平等院では近くから眺めた時に、藤花の匂いなどまるで感じられませんでした。あたしが風上にでもいたのでしょうか。あるいは藤にも種類があって、香るものとそうでないものとがあるのでしょうか。

さて、わが家の藤盆栽、花が終わったこれからが肝心です。ここからうまく手入れをして、大事にしていけば来年も見事な花を咲かせてくれるでしょう。来年の五月にまたこのダイアリーで開花の報告ができるのか否か、それはこれからにかかっております。

今日の配本[26/05/18]

ロマンス

蓮見翔 著

数年前の四日間だけ一緒にいた2人。同じ時間を違う理由で大切にしていて、その違いは他者に伝えようとした時に現れて、生活から生まれた創作がまた生活を変えていく。漫画とドラマと現実が交錯するコメディ作品。

よだれ観覧車

大石恵美 著

わたしはわたしを見たい。ぐるぐるほとばしる独白が、きれいごとの光景を暴く! ラッキーガールの認知戦を語る『家系図』も併録。

数十年ぶりの……

昨日は朝日新聞に書評が掲載される日です。最近はちょっとご無沙汰でしたが、昨日は『権力者を訴追する』が掲載されました。先日は著者の来日があり、そのオリのインタビューが金曜日の読売新聞に載ったところでしてた。

現在、ロシアのウクライナ侵攻、米国とイスラエルのイラン攻撃など、いずれも国際法違反と言われている事態が進行中です。こういう本が待たれていたところでもあったのでしょう。

しかし世界情勢の現状に対し国際法や刑事裁判所、国際司法裁判所はどれくらい有効なのでしょうか。現実問題としてはなかなか難しいところもありますが、希望を捨てずに地道に進めていくしかないのでしょう。

話は変わりまして、先日スマホの機種交換をしたと書きました。Google Pixel 10a に変更したのです。だからというわけではありませんが、否、Pixel に変えたのだから、この機会に Pixel Watch も買ってみました。

実はあたしは腕時計をしていません。これは歴史を遡ること40年以上前、高校生の頃からの習慣です。高校の頃は腕時計をベルトに下げていました。手首にするのがどうも苦手だったのです。

その後、大学時代、社会人と使っていたのは懐中時計でした。ただここ十年くらい、電波時計が出て来るようになってから、電波時計の懐中時計がほとんどないので困っていました。辿り着いた結論が、ポケットタイプのトラベルクロックを持ち歩くことでした。これなら電波時計もありますし、なんなら気温も計測できます。

そんなあたしが、数十年ぶりに腕時計をすることにしたのです。スマートウォッチの機能として健康管理が大きいですが、その部分に興味はありません。いや、なかったといった方が正しいでしょう。年も年なので、少しは自分の健康についても考えた方がよいだろうと思って、スマートウォッチを付けてみるかと考えた次第です。

ただ、この Pixel Watch ですが、使い方に全然慣れません。そもそも使い方がよくわかっていません。このアイコンが何を表わしているのか、どうやったら必要な機能を呼び出せるのか、元の画面に戻るにはどうしたらよいのか、わからないことだらけです。健康管理の手前の手前の段階でつまずいております。

当時だってきれいな空はありましたけどね

数日前の朝日新聞夕刊一面にこんな写真が載っていました。1995年と2026年の北京の様子です。

北京の同じ場所で撮影したものなのか否か、ここ数十年訪中していないあたしには判断がつきかねますが、一見して感じることは大気の汚れではなく、自転車の数です。1995年の写真に写っているのはすべて自転車に乗っている市民です。これこそ、あたしの知っている北京です。

そして当時はまだPM2.5とか、庶民もそれほど気にしていなかったのか(いや、知らなかったのか)、マスクをしている人もほとんど写っていません。確かに、埃がすごかったので、ド派手、カラフルなマスクをしている人はたくさん見かけましたが、現在の東京のような立体型マスクなど当時の北京にはなかったはずです。

そしてそれから30年後、2026年の北京です。写真の加減なのか、決して澄んだ青空には見えませんが、95年の写真とはまるで異なります。車がこれほど走っているのですから、排気ガスで却って空気も汚れていそうなものですが、そんな風には見えません。電気自動車の普及も影響しているのでしょうか。

北京の空気、あたしの印象ではやはり工事現場から出る埃とクルマ、トラックの排気ガスが多かったと思います。かつて北京に遊びに行って一日中街歩きをし、夕方ホテルに戻って鼻の穴を掃除するとティッシュが真っ黒になっていました。それくらい汚い空気の中を歩いていたというわけです。

でもかつてあたしが中国を旅したころの写真、こちらにアップしていますが、いかがでしょう、どの年代のものでも意外と青空が写っていませんか。どんよりと曇っている、ちょっと薄汚れている空もたくさん見てきましたが、北京でもこんなによい天気があるんだという経験、何度もしています。

2026年5月16日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー