本日も朝日新聞の片隅に

今朝の朝日新聞です。終戦記念日ということで、それっぽい記事が載っています。

今年は特に、ロシアのウクライナ侵攻が現在進行形ですので、より戦争というものを切実に考える記事が新聞だけ出なくテレビ番組でも目立つような気がします。

右の写真もそんな記事の一つですが、この記事の中に文庫クセジュの一冊、『ケアの倫理』が引かれていました。この本自体は、エミリー・ブロンテを特に取り上げた本ではなかったはずですが、筆者の小川公代さんがうまく関連付けて書いてくれました。

ところで、この『ケアの倫理』だけでなく、文庫クセジュでは、ケアとか心を扱ったものが、この数年数多く刊行されていまして、それらが思いのほかよく売れているのです。時代に合っているということでしょうか?

そんな動きを取り入れ、この秋の企画として右のようなフェアを準備しています。「ととのえる」というのも最近の流行後の一つですよね。いろいろと流行に乗ってみました(笑)。

今回の朝日新聞の記事は戦争とケアということがメインのようですが、これらの文庫クセジュがよく売れている背景には東日本大震災があります。10年が過ぎ、ようやく立ち直りかけていたところへ、ウクライナ侵攻という悲劇がまた起こったわけで、まだまだこういった書籍への需要は衰えないのではないでしょうか。

紙面で紹介?

本日の朝日新聞紙面です。

浅井晶子さんが本を紹介しているのですが、その浅井さんの紹介欄に、あたしの勤務先の刊行物が載っていました。

それが『行く、行った、行ってしまった』です。同書は、ドイツに大量に押し寄せた移民、難民とかかわることで少しずつ気持ちが変化していくドイツの大学教員の物語です。

日本でもコロナ前には移民に関する議論が盛り上がっていましたが、ヨーロッパではもっと切実な、身近な問題として移民問題が存在することがわかります。そして、移民や難民を大量に受けているドイツという国は非常に寛大な国だと思いがちですが、やはりドイツ国民の間にも感情の濃淡があることがわかります。

移民を受け入れよう、難民に手を差し伸べようというのも決して綺麗事では済まされないのだと言うことがよくわかる作品でした。

若干の関連がある記事です

今朝の朝日新聞読書欄で『カタルーニャ語小さなことば僕の人生』の田澤耕さんが紹介されていました。

カタルーニャ語ってどこで話されている言葉かわかりますか? 一昔前だと「わからない」という答えも多かったと思いますが、ここ数年、田澤さんが精力的にカタルーニャ語の本を刊行されているので、日本人にもかなり浸透しているのではないでしょうか?

ところで、この田澤さんは、あたしの勤務先からもカタルーニャ語の本を出していただいております。『ニューエクスプレスプラス カタルーニャ語』『詳しく学ぶカタルーニャ語文法』です。

語学が柱の出版社なので、カタルーニャの文化とか歴史、暮らしなどに関する本ではなく、純粋に語学の本ばかりですが、異国を知るにはまずは言葉だと思います。わが社はこれでよいのだと思いますし、こういった本の刊行も大事なことだと思っています。

さて、同じ朝日新聞で、今年秋に行なわれるサッカーW杯に関する記事がありました。10番という背番号にスポットが当たっています。

これで思い出すのが『背番号10 サッカーに魔法をかけた名選手たち』です。

王様か神様か? 悪童か怪物か? 伝説の名手から21世紀の新星まで、「背番号10」を背負ってピッチを支配する55人の偉大な選手たちの素顔と、彼らが魅せる「魔術」の秘密に迫る!

内容紹介は上記のとおりです。往年の名選手から現役の選手まで、55名もの選手が登場する一冊です。あたしはサッカーに疎いのですが、サッカー好きであれば、よーく知っている選手もいれば、あまりよく知らない選手も出て来ると思いますので、十二分に楽しめるのではないでしょうか。

ただ、その一方で、10番を付けていない(いなかった)名選手というのもいますよね? サッカーにおいて10番というのがそれほど重い番号であるならば、「背番号10を背負わなかった名選手たち」といった本があってもよいのではないでしょうか?

2022年7月のご案内

2022年7月に送信した注文書をご案内いたします。

   

まずは夏の定番『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と『ライ麦畑でつかまえて』です。二つの役所の読み比べポップもお付けしました。続いては毎月恒例「今月のおすすめ本」です。今月は「語学書篇」も送信しました。そして刊行直後から絶好調の『フランス革命史』です。

   

続いては、ネミロフスキーの没後80年なので『フランス組曲』、そしてロブ=グリエの生誕100年なので『反復』です。そしてこちらも刊行直後からよく売れている文庫クセジュの『北欧神話100の伝説』です。アニメやゲーム好きな方から支持されているようです。なので『ギリシア神話シンボル事典』『キリスト教シンボル事典』も一緒に案内しました。そして再びの『フランス革命史』です。

最後は、河出書房新社からジャネット・ウィンターソンの新刊が刊行されたので『灯台守の話』『オレンジだけが果物じゃない』の併売を狙ってご案内しました。『さくらんぼの性は』が品切れなのが残念ですが……

この二つの作品を併売するのはダメでしょうか?

少し前だったか、だいぶ前だったか、いつごろ知ったのか記憶にありませんが、それでもたぶん、せいぜい知ってから一年くらいだと思うのですが、『ダーウィン事変』というコミックがあります。

「知った」という書き方が表わしているように、あたしはこのコミックを読んでいません。別に毛嫌いしているわけでもなければ、絵のタッチが好みではない、というのでもありません。ただ単に機会がなかったというだけです。

同コミックの公式サイトによると

私の友達は、半分ヒトで、半分チンパンジー。テロ組織「動物解放同盟(ALA)」が生物科学研究所を襲撃した際、妊娠しているメスのチンパンジーが保護された。彼女から生まれたのは、半分ヒトで半分チンパンジーの「ヒューマンジー」チャーリーだった。チャーリーは人間の両親のもとで15年育てられ、高校に入学することに。そこでチャーリーは、頭脳明晰だが「陰キャ」と揶揄されるルーシーと出会う。

と書いてあります。舞台がアメリカと聞くと、「こんな実験、本当にやってそう」という気もしてきますが、それはともかく半分サルで半分ヒトのチャーリーが人間世界で暮らし、ルーシーと交流して、というストーリーなんですね。

単に動物が登場して人間世界で騒動を起こすという小説やコミックであれば過去にいくつもあったと思いますが、半獣半人という存在がこの作品のキーですね。

そんな設定で思い出したのが、あたしの勤務先から出ている『私たちが姉妹だったころ』です。2017年に刊行されたものですので、2020年刊行の『ダーウィン事変』第一巻よりも前になります。この本が『ダーウィン事変』都道関係するのかと言いますと、まずは内容紹介を。

「あたしファーンがこわいの」幼い日の自分のひと言が、家族をばらばらにしたのだろうか――。
ローズマリーはカリフォルニア大学で学ぶ22歳。無口で他人とうまく付き合うことができない。かつては心理学者の父と主婦の母、兄と、双子にあたる姉ファーンのいる、おしゃべりな子だった。だが5歳の時に突然祖父母の家へ預けられ、帰ってみると姉の姿が消えていた。母親は部屋へ閉じこもり、父は酒に溺れる。大好きだった兄も問題児になり、高校生の時に失踪してしまう。ローズマリーがこの大学を選んだのは兄の手がかりを捜すためだった。

これだけですとわけがわからないと思いますので補足します。まず主人公であるローズマリーが無口で人付き合いが苦手という性格です。ちょっと違うかもしれませんが、「陰キャ」という『ダーウィン事変』のルーシーに似ているところがありませんか?

そして、これがネタばらしなんですが、いなくなってしまったというローズマリーの双子の姉ファーンが実はチンパンジーなのです。幼いローズマリーは姉がチンパンジーだなんて思いもせず、に暮らしていたわけなのです。そう聞くと、『ダーウィン事変』を読んでいる方であれば興味を持たれるのではないでしょうか?

逆に『私たちが姉妹だったころ』を読んでいた方が、数年後にコミックの『ダーウィン事変』に出会った、なんてことも起きているのではないでしょうか? どちらも未読のあたしには偉そうなことは言えませんが、ぜひ両方読まれた方の感想が聞きたいものです。

今日の配本(22/08/02)

レーマン演劇論集
ポストドラマ演劇はいかに政治的か?

ハンス=ティース・レーマン 著・イラスト/林立騎 訳

ブレヒト、ハントケ、イェリネク……ポストドラマ演劇から「政治的な正しさ」について考える。演劇理論の泰斗を代表する10編を収録。

ペスト
埋葬地から第二のパンデミックを再検討する

キャロリーヌ・コステドア、ミシェル・シニョリ 著/井上雅俊 訳

本書は、十四世紀に中央アジアに始まり、ヨーロッパ全域を襲って十七世紀まで繰り返された第二のパンデミックを中心に、ペストの歴史から最新の研究までを概説する。

また新しいシリーズが起ち上がった?

こんな本を買ってみました。亜紀書房の『ひこうき雲』です。この数年大流行の「韓流」ですね。

カバーには《キム・エランの本》とありますが、「あれっ、このシリーズ、もう何冊か出ているよね?」と思ったら勘違いでした。何冊か出ていたのは《チョン・セランの本》でした。どうも、韓国の人の名前は覚えられません……(汗)

それにしても亜紀書房も頑張りますね。《チョン・セランの本》も既に5冊出ていますし、それ以外にも《となりの国のものがたり》という韓国文学のシリーズも9冊刊行しています。韓流にはそれほどの鉱脈があるのでしょう。

ただ、出版社としては売れるか売れないかが肝心なのでしょうが、韓流好きにとってはいろいろな韓国文学が紹介されることは嬉しいことではないでしょうか? 最近は中国のSF作品もたくさん紹介されるようになってきましたし、世界中のいろいろな国・地域の作品が読めるようになるとよいと思います。

今日の配本(22/07/29)

生録中国語
インタビューでリスニングに挑戦!

CCアカデミー、大羽りん、趙青 編著

学習するとき耳にするのは、明瞭に発音される標準的な中国語がほとんどですが、当然ながら、実際の中国語は多種多様です。本書では、出身地・年齢・職業の異なる12人のインタビューを収録。発音の癖や訛りも含め、ネイティブの生の中国語を聞くことができます。先生や教科書とは違う、ちょっと聞きとりづらい中国語にチャレンジしてみてください。来日の経緯、仕事のやりがい、日中の相違点をどう見ているかなど、日本で暮らす彼らのリアルな声が伝わってくるはずです。

アイダホ

エミリー・ラスコヴィッチ 著/小竹由美子 訳

アイダホの山中に住む音楽教師アンは、夫ウエイドのかつての家族のことを何年も思い続けている。9年前、一家が薪を取りに出かけた山で、ウエイドの前妻ジェニーが末娘メイを手にかけ、上の娘ジューンはその瞬間を目撃、ショックで森に逃げこみ失踪した。長女の行方を必死に捜し続けてきたのに、最近のウエイドは若年性認知症の影響で、事件のことも娘がいたこともわからないときがある。ジェニーは、罰を受けること以外、何も望まず誰とも交わらずに服役してきたが、新たな同房者とあることを機にぎごちないやりとりが始まる。アンは夫のいまだ癒えぬ心に寄り添いたいと願い、事件に立ち入ることを躊躇いながらも、一家の名残をたどり、断片を繋ぎ合わせていく……。

経済学の壁
教科書の「前提」を問う

前田裕之 著

現代経済学への批判が絶えない。日本の大学では、標準的な履修コース(ミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学)が普及しているが、学生の間からは数式やグラフばかりで学習する意味を見出せないとの声をよく聞く。「経済学は役に立たない」と切り捨てるビジネスパーソンも少なくない。経済学とはどんな学問で、根底にはどんな考え方があるのか? 経済学の「前提」をよく理解せずに教科書や入門書を手に取り、経済学を学ぶ意義が分からないまま、消化不良を起こしてしまう人が多いようだ。そこで、本書では主流派と異端派の諸学説の原典や基本的な考え方を網羅し、経済学という学問の本質を掘り下げたうえで、経済学との付き合い方を提言する。

ジョゼフ・コーネル 箱の中のユートピア[新版]

デボラ・ソロモン 著/林寿美、太田泰人、近藤学 訳

女優のブロマイド、天体図、貝殻などが箱に収められた作品を、生涯に800点以上制作。そのほか映画制作や雑誌デザインなども手がけたジョゼフ・コーネル(1903-1972)は、デュシャンのレディメイドや、ありふれた廃物を用いたシュヴィッタースなど、すぐれた現代美術の系譜に連なりながらも、ニューヨークの地で新聞や雑誌の切り抜き、衣装の切れ端、B級映画のフィルムといった取るに足らないものに魅せられ、作家人生のすべてを懸け、それらを寄せ集めた作品を作り続ける。「大人のための玩具」やクリスマスの贈り物と見られる一方で、コーネルの作品を見たサルバドール・ダリは羨望から逆上し、「着想はあれとまったく同じで……文字にしたことも誰かに話したこともない。でもまるであいつが盗んだみたいなんだ」と嘆いたという。コーネルはつねに生きている人間を警戒し、安全な距離を保つことを心がけていた。「この世を去った著名人と深く自己同一化し、彼らの人生に自身を没入させるのが大好きだった」。没後50年記念出版。この新版では作品図版の代わりに、原注の翻訳を加え、索引を充実させる。コーネルの生涯を函入りでお届けする。