カバン選びは難しい

外回りをほとんどしなくなって、否、できなくなって三か月。

外回りですと、注文書などそれなりに重くてかさばる荷物が多くなり、それらを収納するために鞄も大きくなりがちでした。

ただ、鞄が大きくて重いのは昔からで、大学時代には漢和辞典と中国語辞典をカバンに入れて通学していたくらいですから、それほど苦痛でも負担でもありません。もちろん重くないわけがないですし、混んだ電車で邪魔になっているという自覚はありますが、勉強道具、仕事道具ですから負い目を感じることもありません。

でも、ここ数年、やはりちょっと肩や腰に負担を感じるようになりました。ずっと肩掛けカバンを使っていましたが、人間誰でも利き腕ならぬ利き肩っていうのがあるもので、あたしの場合は左の肩にしかカバンを掛けられません。右はダメです。なおかつ、あたしは相当な撫で肩なのでカバンが肩から落ちやすく、それも負担の原因になっていたのだと思います。

で、このところリュック型のカバンを使うようになっていたのですが、リュック型ってやはり使いにくいです。収納力もあたし的にはイマイチなものが多くて、なかなかこれというものが見つかりません。現在は外回りもないので、財布など身の回りのものが入ればよいのでanelloのリュックなどを使っていますが、外回りにはとても使えそうにありません。

そろそろ外回りが再開になりそうなので、ここは今一度カバンを選ばないとなりません。体が曲がりそうな気はするものの、今まで使っていた肩掛けビジネスカバンを再び使い続けるのが一つの方法ですが、できれば取り替えたいところです。

これまで、あたしは一般的なビジネスカバンの3WAYタイプは好きではありませんでした。手提げや肩掛けで使っているカバンをよいしょと90度回転させてリュックにするというのがどうしても馴染めなくて、だったら種類は少ないですが、最初からリュック型のビジネスカバンを探しているのですが、これがなかなか見つかりません。コレというものがなく、収納とか大きさとか、どこかしら好みに合わないのです。

で、ネットでいろいろ見ているうちに、やはり3WAYのビジネスカバンが一番よいのではないか、という、これまでの自分のポリシーというかこだわりを180度覆してしまうようなことを現在は考えています。でも、これだと種類も豊富で、値段も手頃なものがたくさんありますから。

そんなことを思いながら、今日もネットでカバンを検索しているのです。

スキのおしらせ

このところ、noteというウェブサービスを使い始めてみました。

世にたくさんあるブログサービス、あるいはSNSとは何が異なるのか、よくわかりません。

WordPressとnoteをうまいこと使い分けている人も大勢いるようですが、あたしにはそこまでのスキルはありません。ひとまず、このWordPressに投稿したものを、そのままnoteにも投稿するようにしています。

可能であれば、WordPressのプラグインで、WordPressに投稿すれば、それが自動的にnoteにも投稿されるようなSocial Shareサービスがあればよいのですが、今のところそのようなプラグインはないみたいです。

WordPressでは画像なども貼っていますが、noteではテキスト投稿、画像投稿と、なにやら投稿の仕方にもいろいろあるようで、そのあたりのスキルが全く無いものですから、noteの方は画像も何もない、テキストのみの無味乾燥な投稿が続いています。

ただ、それでも面白いことに割と頻繁に「スキしました」というメッセージが届きます。この「スキ」というのはFacebookで言うところの「イイネ!」のようなものだと思いますが、あたしの投稿に「スキ」を付けてくださる方がそれなりにいるのです。WordPressから同時投稿しているFacebookやTwitterに「イイネ!」をもらうよりも頻度が高い感じがします。

そして、noteの場合、上にも書きましたが、誰かがあたしの投稿に「スキ」をしてくれると、登録メアドにそれが通知されるのですが、そのメールのタイトルが「スキのおしらせ」です。今でこそ慣れましたが、最初のうちは新手のスパムメールかと思ってしまいました(汗)。

さて、今後、あたしのnoteはどんな風になっていくのでしょうか?

背景は大事?

Zoomを使ったオンライン書店商談会に初めて参加いたしました。ただし、本日は在宅ワークの日。というわけで、自宅からの参加となったわけです。

自宅から参加しますと、あたしの部屋からの中継(参加?)となるわけで、あたしのバックは写真のような感じです。ずらりと本が並んでいる書架があたしの背後にある部屋なのです。商談会が始まって、ひとしきりこのバックの本について雑談。話のきっかけとしては申し分ないのでしょうか?

写っている本は、ほぼすべて中国の書籍です。学生時代に東方書店や内山書店などで買ったり、中国へ行ったときに買ったものです。とはいえ写っているのは、その本の一部です。この書架の向こう側に背中合わせで別の書架があって、そこにも本がぎっしり詰まっています。

あたしの部屋にある本は、8割方が中国の本(台湾、香港も含めた中国で刊行された本)です。こういう本をこの業界の人間は「中文書(ちゅうぶんしょ)」と呼びます。洋書の中国版と考えていただければわかりやすいと思います。そして、最近よく読んでいる海外小説など日本の本(つまり和書)は、この部屋にもそれなりに置いていますが、廊下に置いた薄型書架に並べてあります。

さて写真の本ですが、一番左に写っているやや薄汚れたような黄緑色(?)の背は中華書局の点校本二十四史です。『史記』から『清史稿』まで揃っています。その右側は主に歴史系の中文書になります。

わかりにくいですが、一番右、鉛筆立てが見える、その上の方に写っているのは大修館書店の『大漢和辞典』です。鉛筆立ての載ったラックで隠れてしまっていますが、ほんのチラッと見えているのは『皇清経解』『皇清経解続編』です。

これらの本、あたしが事故か何かで急死したら、どうなってしまうのでしょう?

読み方で立ち位置がわかる?

香港が揺れていますね。

実は今回揺れているだけでなく、雨傘運動のころからずっと揺れ続けていて、時々大きな揺れになる、そんな印象を持っていました。香港の地面は常に微弱な振動がもう何年も続いている感じに思えます。

しかし、今回の揺れは揺れどころではないと思います。激震です。国際社会が今後どう反応するか注視していかないとなりません。もちろん声明などの形で抗議をしているようですが、相変わらず中国政府は「内政干渉には断固反対」の一点張り。

それにしても、これほどの強硬姿勢、いったい中国政府は何を恐れているのでしょう? それほど自分たちの統治に自信がないのでしょうか? ある程度の言論の自由や民主化をしたからといって、すぐに共産党が政権から引きずり下ろされることになるとは思いません。そうなるには十数年はかかるのではないでしょうか?

さて、日本を含めた欧米諸国はどう出るのでしょうか? 海外企業もどんどん香港から逃げ出すのでしょうか? 人もいなくなり、企業も金も逃げてしまった香港にいったいどんな魅力が残されるのでしょうか? アヘン戦争以前ののどかな漁村に戻ってしまうことはないでしょうが……

早速施行された国家安全法で逮捕者が出たというニュースを見ていて気づいたのですが、こんなプラカードがありました。

#我愛HongKong

#不愛XiangGang

「私が愛するのは香港(HongKong)であって、香港(XiangGang)ではない」

HongKongは香港の広東語による発音、XiangGangは標準中国語の発音です。学生時代に中国語を習い始めて「香港」は「ホンコン」ではなく「シアンガン」だと知ったときはちょっとした驚きでした。

香港の人々はもともと広東語を話していて、いまも大多数はそうなのでしょうが、このところ標準語が大々的に流れ込んできて学校教育の現場でも広東語は少数派に追いやられているそうです。言葉はアイデンティティーと密接不可分ですから、このプラカードが表わすところは極めて明白です。

見て見て詐欺?

新聞によってテレビ欄の内容が異なるのか、それともテレビ局提供の情報を使っている以上どの新聞でも同じなのか、そのあたりの事情は知りませんが、とりあえず画像は朝日新聞です。

TBSを中心に切り出していますが、ここに書いてある情報に、あたしはまんまと騙されました。

午後4時から「クイズ!THE違和感」と書いてあります。これが再放送枠であることはわかっていますが、そこに日向坂46のみーぱんこと佐々木美玲の名前があるではないですか! 日向坂46であたしの推しメンはみーぱんなので、これは気になる記事です。

しかし、みーぱんがこの番組に出るのは今週の本放送のはず。これまでこの番組に出演したことはないはずですから、先出しダイジェストで出るのか、それとも番宣的な出演があるのか、ファンとしてはちょっと期待してしまうではないですか!

で、夕方、見てしまったわけなんですよ。その結果はと言いますと……

この番組自体は予想どおり、少し前の放送のダイジェスト再放送でした。もちろん、そこに佐々木美玲の姿はありません。ただし、CMなどの合間に今週の本放送の宣伝映像が流れます。そこにはバッチリ映っていました。予告映像は番組中頻繁に流れていましたので、同じ映像とはいえ、みーぱんをこの一時間の内に何度目にしたことでしょう。

やられました。このテレビ欄の文字に騙されたおひさまが全国でどれくらいいたことでしょう。確かによく見れば「明日月曜よる2HSP」とあって、虚心坦懐に読めば、ここの部分は本放送の予告であることは自明です。とはいえ、やはりこの書き方はどうなのでしょう? 腑に落ちないと感じたのはあたしだけでしょうか?

もちろん番組自体は楽しく見てしまいましたけど……(汗)

かつて瑠璃廠で水煙管を買いました!

今日、6月28日はアヘン戦争勃発の日、ということになっていますが、この手の歴史的な出来事は始まりも終わりも明確な日付を特定しづらいものですよね。戦争が起こるにしたって、それに至る複雑な経緯があるわけですし。

アヘン戦争と聞くと、確かに当時の清朝の腐敗ぶりもひどかったですが、それに付け入る英国がアヘンを売り込むなんて最低です。ふつうの産品の貿易を迫るというのであれば理解できますが、その害悪が明らかな薬物を、なおかつ禁制品を売りつけるなんて……

まあ、そのあたりのことは陳舜臣『実録アヘン戦争』を読んでいただくとして、これを小説仕立てにしたのが『阿片戦争』ですので、ご興味がある方はどうぞ。

そして、アヘンと言って思い出されるのは、学生時代に友人と北京へ一週間ほど行った折、その友人が瑠璃廠でアヘン吸引用の水煙管を買ったことです。もちろんお土産屋で売っていたものですから、当時のものではなくレプリカでしょうし、実際にアヘンを吸うためではありません。部屋に飾っておこうという単なる遊び心です。たぶん、今でも売っているでしょうね、土産品として。

そう言えば、アヘンと言ってもう一つ思い出されるのは、やはり学生時代の恩師の話です。

恩師は戦時中は中国大陸にいたのですが、アヘンを吸ったことがあるそうです。たぶん軍隊にいたときに仲間内で面白半分にやってみたのでしょう。でもそれを聞かされたあたしたち学生は「先生、中毒にならなかったのですか?」と聞かずにはいられませんでした。

すると、恩師曰く、「中毒になるほど金がなかった」とのこと。そうか、やはりアヘンを手に入れるにはそれなりのお金が必要だったのですね。貧乏な一兵卒では中毒になりたくてもアヘンを買えなかったというわけですか……

さて、瑠璃廠が今どうなっているのか知りません。なにせもう大陸には10年以上行っていないので(汗)。ただ、その十数年前に行ったころの北京のタクシーの話です。もしかしたら、このエピソードはどこかで書いたかもしれません。既に聞いた(読んだ)ことがあるという人にはご寛恕を。

で、そのエピソードですが、その日は盧溝橋へ行っていました。抗日博物館などを見て、流しのタクシーを拾って北京市街へ戻るところでした。「瑠璃廠」は中国語で発音すると「ルーリーチャン」という感じの発音になります。しかし、あたしの発音が悪かったのか、タクシーの運ちゃんは「ルーリーチャンならもう通りすぎたぞ」と言うのです。何度かやりとりをしても埒が明かず、ウンちゃんは路肩にクルマを止めてしまいました。

あたしはその時点で理解していたのですが、運ちゃんが言っている通りすぎた「ルーリーチャン(liulichang)」とは、北京市街と盧溝橋の途中にある「六里橋」のことです。こちらの発音は「リウリチアオ(liuliqiao)」です。違うといえばまるっきり違うのですが、似ているといえば非常によく似た発音です。路肩に止めた運ちゃんに持っていた北京市街の地図を示して自分たちが行きたいのはここだと「瑠璃廠」を指さして伝えたところ、運ちゃんは笑いながら明るく「明白了」と言って車を発進させました。

ちなみに、あたしがなぜ理解できていたかと言えば、盧溝橋への往路は公共バスで行ったのですが、車窓から外を眺めていて「六里橋」という地名が目に入り、なんとなく覚えてしまっていたからです。初めての土地へ行くと、目に入った地名とか建物、施設などを覚えていて、あとから地図でどの道を通ったのかをたどることをよくしていたので、たぶんその延長で地名が頭に入っていたのだと思います。

共通するのは欧羅巴?

宅配便が届くと、荷物の隙間を埋めるのにエアキャップとか、大きなフランクフルトのようなエアキャップ(?)が入ってくることがあります。放っておくとたまってしまいますし、処分に困ります。

なので、あたしの場合、勤務先へ持って行くことにしています。勤務先は荷物をいろいろと発送するので、そういった詰め物はいくらあっても大丈夫です。むしろウェルカムです。

しかし、重さがほとんどなく、それでいてかさばるエアキャップは少ない量であれば袋に入れたり、カバンの隙間に押し込んだりして持って行くこともできますが、大量になってくると普段の通勤時に持って行くのはちょっと大変です。

そこで、あたしは時折、休日に自家用車でそれを運んだりしています。今朝もそうでした。

朝目が覚めたら行って来ようと昨晩心に決めていたのですが、目が覚めたのが2時。外はまだ真っ暗です。歯を磨いて顔を洗って出発です。道は空いていますので片道ほぼ一時間、今回はエアキャップを置いてくるだけなので、勤務先には5分も滞在せずにとんぼ返り。4時過ぎに自宅へ到着、ようやく朝食です。

そんな土曜日の始まりですが、昨日、頼んで置いた本が届きました。中公新書3点です。通勤電車のお供です。

3点とは、『エリザベス女王』『ビザンツ帝国』『カール・シュミット』です。なんか、脈絡があるような、ないような……

あえて言えば、ヨーロッパものかな、というくらいでしょうか?

自粛ではなく自祝

昨日はあたしのお誕生日、なんと53歳になってしまいました。人生の折り返し地点はまだ少し先です(笑)。

特に誰かが祝ってくれるわけでもないので、自分で自分を祝うしかありません(涙)。

とりあえず、夕食にと、帰路、鰻の蒲焼きを買って帰りました。写真はその食卓です。

アサリの味噌汁と茄子のお漬物を添えて。ちょっと日本酒をかけた上でオーブンで数分チンして食べたのですが、やはりお店で食べるホクホク、ふわふわ感が足りません。これは致し方ないところでしょう。でもまあ、久しぶりのうー様だったので、とても美味しくいただきました。やはり、あたしは鰻が好きだ!

さて、誕生日といったらケーキです。子供のころは、夕飯のご馳走よりもケーキの方が肝心だったのではないかというくらい、誕生日といえばケーキという印象があります。

もちろん、ホールのケーキを買ってきてロウソクを立て、といった想い出や記憶はほとんどなく、この日ばかりは食べたいケーキを二つくらい選ばせてもらった記憶が薄らと残っています。

というわけで、鰻を買ったついでにケーキも買いました。今回のケーキは新宿高野のものです。写真左はモンブランで母が賞味、右側のメロンのケーキをあたしがいただきました。

クリームがフワフワで、思った以上に柔らかくて驚きました。メロンもとても甘くて、こちらも食後に美味しくいただきました。

どちらも、自分の財布からお金を出して購入したものです。子供ころは、誕生日といえば一方的にしてもらう側だったのに、いつから変わってしまったのでしょう?

コロナ太りだけじゃない?

今月初めに受けた、年に一度の健康診断。コロナウイルスの関係で5月の健康診断は中止(延期?)になっていたようですが、6月から再開しました。あたしはもともと6月の受診予定でしたので、予定どおりの健診となりました。

そして昨日、その受診結果が届きました。

いやー、悪いですね。もういい歳なので、よくなる要素なんてないわけで、あとはいかに悪くなるスピードを遅らせるか、それくらいしかないのですが、結果として見事にそれに失敗してしまったようです。

言い訳はいろいろ出来ると思います。報道もされているように「コロナ太り」の可能性もあると思います。体重がちょっぴり増えていましたから。身長が伸びることはないのに、この数年ジワジワと体重が増えているような……。ダメですね。

なんで太るのか? もともとこれといった運動をしていないので、あまりにもわかりやすいです。ただ、それでも毎日のように午後から外回りをしていると、電車に乗って座っている時間も多いとはいえ、それなりに歩いていたのだと思います。しかし、この二か月、ほぼ外回りはなし。在宅勤務なんてずーっとパソコンの前ですから、腰が痛くなったのは実にわかりやすい体の反応です。

ふだん、外回りはそれなりに靴の底をすり減らして歩いていると思われがちですが、あたし自身は上に書いたように電車に乗っている時間があるので、それほど歩いているという実感はありませんでした。しかし、こういう結果を見ると、やはり週に五日、外回りをしているとそれなりの運動になっていたのかなあ、と今さらながら思った次第です。

そんな健診結果を持って近所の掛かりつけの医者へ。その後、処方箋を持って薬局へ。そこに置いてあったのがこの冊子。東京都が作って無料配布しているもののようです。

『東京50↑(フィフティ・アップ)BOOK』というそうです。

つまり、50を過ぎたら若いころとは違うのだから、そろそろ老後のことを考えながら生きていきましょう、という親切な本なのか、余計なお世話な冊子なのか、なんとも言えません。

趣味を持ちましょうとか、近所づきあいを積極的に、といった項目が目次に並んでいました。

あたしは、いま現在、特に趣味もなければ近所づきあいも皆無です。今後、仕事が定年になったら、自堕落な生活をすることになりそうです。いまさら友達を作りたいと思いませんし、あたしに友達が出来るとも思えません。孤独死、孤立死もこれまでの生き方が招いたツケなので、甘んじて受け入れる覚悟は出来ているつもりです。

でも、こんな冊子をもらってきてしまうあたり、まだ未練があるのか、生きることに汲々としている自分がいるわけですね。

愛していると、ではなくて、小田島訳だったと言ってくれ

昨日の午後、TBS系で放送されていたドラマ「愛していると言ってくれ」、ネットでも大反響のようですね。当時夢中になって見ていた人たち、もう40代以上でしょう、そういう人たちがもう一度見返して青春の甘酸っぱさを思い出しているのか、それとも当時の知らない若い世代がたまたま見てハマってしまったのでしょうか?

きっとどちらもいるのでしょうね。そして若い世代には、スマホもケータイもない時代の恋愛に驚いたのではないでしょうか? でも、当時は自宅に電話をするしかなかったわけで、それが出来なければ直接会いに行くしか方法がなかったんですね。あたしには縁のなかったことですが……

それはともかく、ドラマを見ていて、時代の流れを感じたのはスマホの有無ではありません。男性陣が軒並みタバコをスパスパしているシーンです。今ではそんなシーンはもってのほかですし、実際にも喫煙率は下がっていると思いますが、当時はあれがふつうだったわけですし、トヨエツがタバコを咥える姿がカッコいいと女性たちは夢中になっていたものです。

雨の中、トラックの荷台に載って常盤貴子が帰るシーンでも幼馴染みの劇団員が狭い荷台の幌の中でタバコを吸っていましたし、最後の最後、常盤貴子がタクシーでテレビ局に向かうシーンでは運転手がタバコを吸ったりしています。今では考えられないシチュエーションです。でも、それが当時のフツーだったわけです。もちろんタバコが嫌いな人は当時だっていましたし、そばで吸われたら露骨に嫌な顔をする人はいましたが、それでもタバコはあのようにどこででも吸えていたのです。1995年のドラマですから、いまから四半世紀前のことです。世の中って、変わるものなのですね。

そして、ドラマの中で常盤貴子は劇団員役でしたが、そのドラマ中の上演シーンでシェイクスピアがかかっていました。そのシェイクスピアのセリフは小田島雄志訳、つまりあたしの勤務先の刊行物です。ちゃんとクレジットに出ていたそうです。あたしは見逃してしまいましたし、気づきもしませんでした。