本日、見本出しです。(6月30日配本予定)
6月 2022のアーカイブ
今日はこれを買っていただきたい!
参議院選挙が公示されました。投票日は7月の10日だそうです。どうして倒れそうなくらいの暑さ厳しき日本の夏に選挙をやるのでしょうね? 候補者が熱中症に耐えられる体力のある人物か見極めるためでしょうか?
ところで、日本はたぶん世界的に見て、国民の政治への関心が低い国だと思います。関心もそうですが、政治家への信頼が決定的に足りていないと思います。それが投票率に表われているのだと思います。国によっては投票に行かないと罰走が設けられているところもあるとか。日本もそういう制度考えた方がよいと思います。
そもそも50%程度の投票率で決まってしまう国会議員が国民を代表していると言えるのでしょうか? なおかつ一票の格差も毎回言われていますが、その是正は遅々として進まず、多少の手直しも抜本的なものではなく周回遅れの感がします。個人的には国会議員の選挙もそうですが、憲法改正の国民投票にも最低投票率の規定がないことが問題だと思っています。せめて住民投票と同じように国政選挙や国民投票にも最低投票率を設けるべきだと思います。できれば有権者の7割以上が投票していないと、その選挙や投票は無効になる、それくらい厳しいものでよいと思います。
さて、そんな盛り上がりに欠ける選挙が始まりますが、今回はぜひこの本をお薦めします。『それでも選挙に行く理由』です。選挙とはいかなるものか、見も蓋もないことも書いてありますが、実に示唆に富む一書です。投票日までにぜひご一読を。
とても薄っぺらな理解、否、もしかしたら誤読しているのかもしれませんが……
朝夕の通勤や営業回りの電車の中で、ちくま新書の『ルネサンス 情報革命の時代』を読んでいます。この時代については専門でも何でもないのですが、とても面白く読んでいます。
さて、そんな本書の中に「コモンプレイス・ブック」なる言葉が出て来ました。古典名言などを集め分類した本のようなものなのかなと感じました。さも知ったかぶりをするためのアンチョコのような使われ方もしたのだとか。
この「コモンプレイス・ブック」の部分を読んでいて、あたしが思い出したのは中国古典の「類書」です。たぶん一般的には「類書」は「百科事典」と見なされがちですが、あたしの知識では、むしろこの「コモンプレイス・ブック」と非常に近いものではないかと感じた次第です。
また記憶術のための「劇場」なる装置も、本書で紹介されています。七つの縦軸と七つの横軸、合わせて四十九の交点で、この世界、森羅万象を極めるような装置らしいです。残念ながら現物は残っておらず、正確な記録もほとんど残っていないようです。
その装置はともかく、四十九個でこの世のすべてを網羅できるのか、と誰もがツッコミを入れたくなる点が気になりました。ただし、あたしの場合、「そんなの無理でしょ」というツッコミではなく、「西洋では四十九なのか」という思いが強いです。なぜなら中国古典の易では六十四卦でこの世界を網羅しているからです。
六十四ある方が、もう少し詳しく細かく世界を分析しているのかな、なんて想像を逞しくさせたくなります。「コモンプレイス・ブック」と中国の「類書」、劇場の「四十九」と易の「六十四」、なにやら比較検討したら面白そうだなあと読みながら思ったのはあたしだけでしょうか?
近刊情報(22/06/20)
父の日だからビアードパパ?
近所のスーパー「いなげや」でこんなスイーツが売られていました。「ふんわりミルクバニラロール」です。
ビアードパパと言えばシュークリームのチェーン店ですが、これはロールケーキです。果たしてお味は?
それにしても、いなげやではこんなロールケーキはいつもは売っていません。数日前に新聞に入ってきた折り込み広告に載っていたので、たぶんこの時季だけの限定販売なのでしょう。父の日なのでビアードパパ、という安直な関連での販売でしょうかね。
で、お味の方ですが、ビアードパパのサイトに「程よい甘さのロールケーキ」とあるように、あまり甘い感じはしませんでした。いまはこのくらいが流行りなのでしょうか? あたしとしては、こういうものはしっかり甘くして欲しいと思うので、若干の物足りなさを感じました。
新書専用の書棚が欲しい
昨日のダイアリーで新書について書きましたが、主に集英社新書について語っていたと思います。そんな集英社新書を並べている、わが家の書架が一枚目の写真です。
集英社新書も面白い、興味深いタイトルがそれなりにあるので、しばしば購入しています。集英社新書と言えば、最近では『人新世の「資本論」』の大ヒットが記憶に新しいところですが、個人的にはもっと面白いと感じたタイトルが他にもたくさんあります。
そんな感じでわが家の書架を眺めていましたら、朝日新書って意外と少ないなあと感じました。もう少したくさん架蔵していると思っていたのですが、いざ書架を眺めてみると二枚目の写真程度しか並んでいませんでした。
朝日新書にはあたしの琴線に触れるタイトルが少ない、ということなのでしょうか? もう少し中国モノがあるのではないかと予想していましたが、こんなものなのでしょうか? あるいは買い洩らしているタイトルがたくさんあるのでしょうかしら?
そして、いつの間にかこんなに増えていたのが文春新書です。三枚目の写真がわが家の文春新書コーナーです。
あたしが新書を購入するきっかけと言いますか、選ぶ基準みたいなものを考えますと、まずは中国モノです。トンデモ本や嫌中本は、ほぼ買うことはありませんが、古代から現代まで、思想も歴史も文学も、政治経済、時事問題でも中国関連であれば購入率は高いです。
その次は、やはり日本史、世界史、そして哲学・思想関係が多いでしょうか。書架を眺めているとそんな感じがします。
ところで、世に「文庫専用ラック」とか「文庫専用書架」といったものは売られているのを知っていますが、「新書専用書架」ってないものでしょうか? 文庫専用ですと新書には高さが足りません。かといって普通の書棚では奥行きが深すぎます。「文庫専用書架」のように薄型で、ただし新書がきれい収まる書架はないものでしょうか?
何かありましたっけ?
最近購入した新書、『物語スコットランドの歴史』と『スコットランド全史』です。いみじくも、スコットランドの歴史を扱う新書がほぼ同時に発売になったかたちです。
不思議なものですね。出版社やちょしゃがお互いに示し合わせたわけではないと思うのですが、どうしたわけでしょう?
あるいは今年はスコットランドのアニバーサリー的な年に当たっているのでしょうか?
スコットランドに関する新書二冊は、新書のレーベルが異なりますが、こちらは同じ集英社新書の二冊、『寺院建築入門』と『仏像鑑賞入門』です。こちらも続いての刊行になります。
仏教に関する入門的な新書が続けざまに出る、しかも「奈良で学ぶ」とか、「駒澤大学仏教学部教授が語る」という角書きにもなんとなく共通するものを感じます。
コロナも落ち着きつつあり、海外はともかく国内旅行はかなり解禁されてきましたので、奈良や京都を訪れる人も増えてくるでしょう。そういう旅のお供にどちらも最適な一冊ではないでしょうか?
人口比で考えると
昨日で文教堂赤坂店が閉店になりました。
何年か前までは赤坂あたりも営業担当でしたので、同店も何回も通っていました。近所にはもう一件、金松堂という街の本屋さんもありましたが、それも文教堂よりも前に閉店してしまいましたね。
冒頭でリンクを貼った記事にも書いてありますように、
オフィス街という立地条件から、特に昼休みの時間帯は多くの人でにぎわい、3台のレジ前に行列ができた。距離的に国会が近く、首相就任前の岸田文雄首相や、首相在任中の菅義偉前首相が来店したこともあるという。徒歩数分の距離にTBSホールディングスがあり、利用客にはテレビ関係者も多い
というのは営業回りで訪問したときに文教堂でも金松堂でも聞いた話です。「TBSで領収書をお願いします」なんていう場面がしょっちゅうあったのでしょうね。あたしの勤務先に限らず、堅めの本を出している出版社の本も以前はよく売れていました。そういうお客さんが大勢周囲にはいた、働いていた、ということなのでしょう。
同じく記事にあるように「赤坂店の周辺では、飲食店が軒並み営業休止に。在宅勤務が広がり、人出も減った。海外からの観光客が激減したことも響いた」ようですが、それ以前から、本をよく買ってくれるサラリーマンが定年退職で減ってしまっていたようです。在宅勤務の広がりで、往時と比べ赤坂あたりは昼間人口がどれくらい減っているのでしょうか?
この手の「街から本屋が消えた」というニュースでは地方が取り上げられることが多いです。本屋が一軒もない自治体も話題になります。確かにそれはそれで深刻な問題なのですが、周辺人口(昼間の就業人口も含め)で考えると、東京の方が実は深刻なのではないか、という気がしています。
突然おかしくなりました
このダイアリー、6月17日から投稿ができなくなりました。どうしてなのかはわかりません。
いつもどおりに投稿しようとして、書き上げて「公開」ボタンをクリックしようと思ったら、ボタンがグレーアウトしていてクリックできないのです。
「下書き保存」も「プレビュー」もクリックできず、前にも後にも進めない状況に陥りました。どうしたものかと思いつつ、ほんの一言「テスト」をだけ書いて投稿したら投稿できたので、本文の長さが問題なのでしょうか? いや、そんなことってありませんよね?
とりあえず、この投稿も投稿できるのか恐る恐る書いています。投稿したい記事はエディターで書きためてあるので、原因究明ができて問題が解決したら投稿したいと考えています。
父の日とか、母の日とか
テレビの情報番組では、日曜日に迫った父の日について伝えていました。
どうも母の日に比べると影が薄いようで、番組独自のアンケートでも「母の日にお母さんへ何かプレゼントする人」の割合と「父の日にお父さんへ何かプレゼントをする人」の割合を比べるとかなりの開きがありました。
お父さん、可哀想、と思うのは簡単ですが、あたしの場合既にかなり前に父を亡くしていますし、あたし自身が結婚もせず、子供もいないので父の日とは無縁な人生をこの数十年送っています。ちなみに母は健在です(笑)。
ところで、あたしが子供のころにも、一応は母の日、父の日は知られていましたが、いまほどテレビなどが大々的に採りあげることもなく、スーパーやデパートもそれほど仰々しくコーナーを作っているイメージはありませんでした。そうそう、母の日が近づくとスーパーの店頭でカーネションの一輪挿しが並ぶようになるのが記憶に残っていますね。
で、わが家は母の日だろうが父の日だろうが何もしない家庭でした。別に殺伐としていたわけではなく、母の誕生日が4月、父の誕生日が6月だったので、父の日・母の日よりは誕生を祝う、誕生日に何かして上げる方がメインだったからです。12月に誕生日があると誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一緒にされて一回損をするというのに似ていますかね?