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Rockfield's Diary
Rockfield's Diary
近刊情報(23/06/26)

美味しかったらしい

昨日、24日はあたしの誕生日だったのですが、今日、25日は亡き父の誕生日です。そして妹のところの甥っ子も、今日が誕生日なのです。父が亡くなって何年後に甥っ子が生まれたのか、すぐには計算できませんが、生まれ変わりなのか、そうではないのか、不思議な縁を感じます。
さて、そんな甥っ子に、ネットでケーキを注文して贈ってやりました。それが昨日届いたみたいで、妹からその写真が送られてきました。それが右の写真です。
おわかりになりますでしょうか。マスクメロンの中をくりぬいて、生クリームとフルーツを詰めたケーキです。ずいぶん前にテレビで紹介されていたのを見て、あたし自身も食べてみたいなあと思っていたのですが、自分はさておき、甥っ子に贈ってみました。
あたしがネットで見つけたショップが、テレビで見たショップと同じなのかはわかりません。同じようなケーキを作っているショップは他にもあるのではないかと思いますが、いかがでしょう。もし他にもあるなら、ショップによって価格はともかく、味にどれくらい違いがあるのか、食べ比べてみたいものです。
さて甥っ子のところに届いた丸ごとメロンケーキですが、包丁の切れ味が悪かったのか、ちょっと汚らしく見えませんか。ネットではきれいにカットされた断面の写真がアップされていますが、妹のところはちょっと残念の結果になってしまいましたね。
ただの西部劇ではない?

《エクス・リブリス》の『終わりのない日々』読了。カバー写真どおり、アメリカの西部を舞台にした作品でした。もちろん時代も南北戦争のころで、現代の物語ではありません。
語り手の主人公は、アイルランドからアメリカ大陸に渡ってきた少年で、炭鉱街の酒場で女装して踊るアルバイトをした後、インディアン討伐の軍隊に入り、更には南北戦争にも従軍するという人生を送ります。主人公の語りで進むからなのか、非常にテンポよく、また闘いのシーンも多いのですが、それほど陰惨な印象は受けず、西部の荒野のようにカラッとした印象で物語は進んで行きます。
ところが、後半、インディアンの娘、ウィノナを迎えてから家族の情愛が生まれたからなのか、物語にもウェットな感じを帯びてきます。そして主人公を待ち受ける、どうしようもなく過酷な運命。
と、ここまで書いて、実はこの作品を彩る大辞な設定について触れていないことを思い出しました。乞食同線の少年だった主人公が出会うのが美少年のジョン・コールです。二人は同性愛の関係になるのですが、そこが強く描かれるわけではありません。むしろ同性愛と言うよりも、主人公の心が女性、つまり今で言うところの性同一性障害なのかな、と思いました。そうなると同性愛ではなく主人公からすれば異性愛になるのだと思います。
そして、この作品を読み終わってあたしが一番強く思ったのは、そして「訳者あとがき」にもうれしい情報が書かれていましたが、主人公二人に愛情を注がれて育つウィノナから見た世界を描いたスピンオフ作品が読みたいということです。なんとウィノナを主人公にした物語『A Thousand Moons』は既にアメリカで刊行されているとのこと。早く邦訳が読みたいものです。
学んだことがないのです

岩波新書で刊行されていたシリーズ《歴史総合を学ぶ》の第三巻『世界史とは何か 「歴史実践」のために』が刊行されました。これで全三巻が完結になります。
第一巻『世界史の考え方』の刊行が2022年3月、第二巻『歴史像を伝える 「歴史叙述」と「歴史実践」』の刊行が2022年6月でしたので、この第三巻が出るまでがちょっと時間がかかったわけですね。でもなんとか完結したことをまずは喜びたいところです。
ところで「歴史総合」って何でしょう? どうやら高校の教科の一つらしいですが、日本史や世界史とは何が違うのでしょうか。あたしが学生だったころには存在しなかった教科なのでまるでわかりません。
文科省の指導要領のページを見ますと次のように書いてあります。
社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせ,課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち,グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
これは一番初めに書いてある「目標」です。その後にもいろいろ書いてありますが、ざっと見たところ近現代史を中心に学ぶ教科のようです。それもただ単に明治維新以降の日本史だとか、19世紀後半以降の世界史といった形ではなく、もちろんそれらも踏まえつつ日本史と世界史を繋げ、さらに世界の様々な地域のことも大きな歴史の流れの中に位置付けて学ぶ、とったことのようです。
あたしが受験生だったころにも、日本史の授業は明治維新までしかできなかった、といった声は聞かれていて、高校三年のころに通っていた駿台予備学校では江戸時代までを教える日本史と明治維新以降を教える日本史という、二つの日本史の授業が開かれていました。この「歴史総合」はそんな風に時代を区切るだけでなく、横のつながりも意識しながら近現代史を集中的に学ぶ教科なのでしょう。
ところで、あたしが高校生のころから既に40年くらいたっています。さすがにこの十年、二十年のことは教科書で取り上げていないでしょうけど、あたしが子供のころの時代は既に歴史の教科書に載っているのでしょうね。
近刊情報(23/06/23)
