医療ドラマとは別世界

今日は休みを取りました。母が、ふだん通っている町の眼科医院で、大学病院で診察を受けてくるように言われたからです。一年くらい前にも何回か通った大学病院ですが、車を出さないとならないので、あたしが休みを取ったという次第です。

ただ、一年前の時もそうだったのですが、大学病院というところはとにかく人を待たせます。そして質の悪いことに、スタッフに患者を待たせてしまって申し訳ないという態度がほとんど見えないのです。これでは来たくなくなります。

休みを取ったとはいえ、ちょっとした仕事が朝に一件あったので、自宅を出たのは10時少し前でした。空いていれば30分くらいで病院に着くので、10時半には受付を済ませることができるつもりでした。ところが病院の手前から道路が大渋滞。事故でもあったのか、それとも工事でもやっているのかと思いましたが、病院の駐車場に入るクルマの待機列が渋滞の原因でした。

結局、この渋滞に一時間くらい引っかかり、受付を終えたのが11時半でした。これで安心してはいけないのが大学病院です。ここから順番を呼ばれるまでに30分は待たなくてはなりませんし、診察前に視力などの検査を三つ、四つやらないとならないのです。これがすべて待たされます。ようやく診察にたどり着けたのは午後の3時でした。

さすがにもう限界、今日はここまでにして、会計を済ませて帰路に着きました。母親もくたびれている模様です。自宅に戻ったのは4時半くらいになりました。なんでこんなに混んでいて、待たされるのでしょうね。

医療ドラマでは、病院内の権力闘争、業者や政治家との癒着、そして天才的な医師が患者の命を救うというのがお決まりのパターンです。そこには一時間近く待たされて疲労困憊している外来患者の様子が描かれることはありません。待たされて、もう嫌になっている患者を主人公にスポットをあてた医療ドラマってないものでしょうか。

「前」とはどのあたりを指すものなのか

先週は関西ツアーでした。いろいろなところへ足を延ばしましたが、ここ数年、ちょっと気になるところがあります。

写真は大阪のモノレールの「柴原阪大前」駅です。以前は「柴原」という駅名だったのですが、この数年で名称が変更になりました。同じころ、阪急宝塚線の「石橋」駅も「石橋阪大前」に変更になりました。

この名称変更は、他から来た人間にはわかりやすいものですが、ただ個人的には「石橋」も「柴原」も阪大からは遠いのです。これで「前」と言われても、ちょっと歩きますよね、と言いたくなります。

果たして「前」というのは、どのくらいの距離まで許容範囲なのでしょう。同じく阪急電車の「関大前」は改札を出るとすぐに門があります。そこから入っても校舎群まではちょっと遠いですが、まあ許容範囲ですかね。

ちなみに、大阪のモノレール、柴原駅の前に市立病院がありますから、「病院前」駅でよいと思うのです。そしてモノレールは少し西に大阪大学の門の前を通っていますので、そこに新しく「阪大前」という駅を作ればよかったのではないか、あたしはそう思うのです。

二日に一度

かつて東京の大動脈、JR中央線はしばしば人身事故でダイヤが乱れることがありました。もういつものことだと諦める利用者が多かったのも中央線ならではでした。果たして中央線は本当に人身事故が他の路線に比べて多かったのか、正確なところはわかりませんが、中央線といえば人身事故と思われていた時期が確かにありました。

現在でも中央線は遅れ気味です。ラッシュ時は常に遅れていると言ってもよいくらいです。昼間も数分の遅れはよくあることです。ここまで来ると、ダイヤどおりに運行されることを期待する気も起きません。

さて、そんな東京から今週は関西ツアーに来ています。月曜からずーっと関西にいるのですが、火曜日にJR神戸線が止まり、昨日もJR京都線が遅れていました。どちらも乗り入れている他路線での人身事故のようでした。

火曜日の時は、芦屋でホームに降りたら電車が止まっていて人身事故でしばらく動かないと放送していました。それでもしばらく待ってみましたが、動きそうにないので、阪急電車の駅まで歩き、阪急電車でホテルに戻りました。昨日の木曜日は、遅れていましたが動いてはいたので、なんとかJRでホテルに戻れましたが、一日おきにダイヤ乱れに巻き込まれています。

節分なのね

昨日から関西に来ております。恒例の関西ツアーです。

その昨日、京都大学生協へ行ったのですが、昨日と今日は吉田神社の節分で、模擬店がたくさん出ていて、京都大学界隈はとても賑わっていました。夜になるとさらに賑やかになるそうです。さすがに、あたしはそんな時間まで百万遍あたりにはおりませんが。

そしてスーパーやコンビニでは恵方巻きの広告が目立ちます。このの習慣も全国区になりましたね。

あたしのように東京の人間、幼少期には恵方巻きなどという言葉、聞いたこともありませんでした。もちろん節分の習慣もないですし、知りもしませんでした。知らなかったというのには、あたしの親戚や知り合いに関西出身の人がほとんどいなかったからかもしれません。

あたしの記憶が正しければ、かつて放送されていた歌番組「うたばん」にモーニング娘。が登場したときに、当時のリーダー、関西出身の中澤裕子が節分にはその年の方角を向いて、家族みんな無言で太巻きを食べるという発言をしたのが、恵方巻きを知った最初です。もちろん、非関西圏の出身者は「なに、それ?」という反応で、無言で食べるというところにおかしさを感じていたみたいでした。それこそ中澤裕子のネタ、作り話だろと思われていた節があります。

ちなみに、あたしというか、我が家では恵方巻きの習慣はありません。わざわざ買って食べるなんてこともしませんし、子供もいないので豆まきもしません。節分といったら鰯の頭と柊の葉でしょ?

春節はまだですよね?

今日は1月23日です。スマホなどには「一年前に取った写真」といった画像が勝手に表示されたりしますが、それを見て思い出しました。ちょうど一年前の今日、母と奈良へ行ったのでした。

母は奈良は未踏の地で、あたしも行ったことがなかった法隆寺を見学し、柿の葉寿司を食べ、さらに唐招提寺や薬師寺を参観。翌24日は春日大社に東大寺、興福寺をのんびりと散策し、午後からは京都で買い物をして帰京しました。

そんな奈良旅行からちょうど一年経ったのですね。その間、昨年の夏の終わりには、これまた母には未踏の地である北陸の金沢へと行きました。ここ数日、北陸は雪がすごいみたいですね。これから雪国は厳しいシーズンに突入なんでしょう。

しかし、その一方で春も少しずつ訪れているようで、横浜の伊勢佐木町でこんなオブジェを見かけました。有隣堂の本店を出たすぐ脇にあったものです。

いかにも中華街のご近所だというオブジェですね。どうやら春節の飾り付けのようです。でも春節ってまだですよね。調べてみると、今年は2月17日だそうです。まだ一か月近く先ですが、もうお祭りが始まっているんですね。

ところでこのオブジェ、京劇の隈取りだということはわかりますが、誰なのでしょう? 三面ありましたので三人、三役です。あたしの浅い知識だと、三国志の三英雄、劉備・関羽・張飛くらいしか思い浮かびません。

それにしても、中華街からはちょっと離れた伊勢佐木町でもこういう飾り付けが街を賑わせているわけですから、中華街はもっともっと派手な飾り付けが街中にあるのではないでしょうか。

嫌な夢を見ました

あたしって、よく夢を見るタイプなのか、それともそれほど見ない方なのか、自分ではよくわかりませんが、今回見た夢はちょっと後味の悪いものでした。

わが家と家族ぐるみの付き合いのあった、かつてのご近所のおばさんが夢に現われたのです。もちろん、そのおばさんは数十年前に亡くなっています。あたしも母も弔問に行っています。そのおばさんが突然わが家にやって来たのです。

そして、うちの母はいるか(?)と尋ねるのです。どんなに親しくしていた人でも、既に亡くなっている人が高齢の母を訪ねてくるなんて、ちょっと縁起がよくないと思いませんか。母を黄泉の国へ連れて行こうと、迎えに来たのでしょうか。

ただ、幸いにも夢の中で母が出かけていて留守でして、おばさんはじゃあ、仕方ないとそのまま帰ったと思います。いや、母が戻るまで待っていたのか、その後の展開は覚えていません。「いないの?」「出かけてるよ」という、おばさんとあたしのやりとりで夢は終わったのかもしれません。

母がいなかったので、おばさんと母が会えなかったので、たぶんおばさんのお迎えは空振りに終わったのでしょう。嫌な夢と書きましたが、なんとか踏みとどまることができた夢だったと思います。

奴隷ではなくて土鈴!

「どれい」と聞くと、多くの人は「奴隷」だと思うことでしょう。あたしだって、前後の脈絡がなければ、ほぼ百パーセント「奴隷」のことだと思ってしまいます。

しかし、今回の「どれい」は「奴隷」ではなく「土鈴」です。この画像は今年の干支、馬の土鈴です。近所のスーパー、いなげやでもらいました。

いなげやは毎年、年始め、初日の営業日に先着で土鈴を配布しているのです。今年も1月2日の朝一番で買い物に行き、レジで会計をした時にいただきました。一家族一つまでです。

ほぼ毎年もらっているので、昨年は巳年の土鈴をわが家で飾っておりました、テレビ台のところに。その場所のオブジェが1月2日から主役交代、ヘビからウマになりました。

こういうもの、タダだからなのでしょうか、あるいはうちの近所の住民の年齢層が高いからなのでしょうか、意外ともらいたがる人が多いようです。あたしがいただいた時も、まだ10時の開店から30分程度でしたが、土鈴のストックはずいぶんと少なくなっていました。

バックヤードにもっともっとストックが積んであったのか、あるいは近所のいなげやの割り当て分が極端に少なかったのか。正確なところはわかりません。と、いまさらながらの正月話でした。

ちょっと遊んで、否、ふざけてみました!

2026年の今年は午年ということで、タレントさんは馬の被り物を写真に撮ったり、馬に関する小ネタを披露したりしているのをSNSで見かけます。あたしも先日、馬に関する刊行物をあたしなりにご紹介しました。

さて今回は馬はひとまずおきまして、2026年でちょっと遊んでみました。それが右の画像です。

ご存じ、ロベルト・ボラーニョの代表作『2666』です。でも、よーく見てください。なんか違いませんか?

はい、そのとおりです。タイトルが「2666」ではなく「2026」になっているのです。表紙カバー画像をレタッチソフトでちょっといじってみました。どうでしょう、パッと見には気づかないかも知れませんよね。

ちなみに本家本元の画像は、こちらの公式ページをご覧ください。こんなことして遊んでいたら、泉下のボラーニョも怒り出すでしょうか。2026年なので、今回はお目こぼし願えればと思います。2666年になったら、胸を張ってカバー画像をアップしたいと思います。

とってもいやな夢を見た

初夢というのは、大晦日から元日に変えての晩に見る夢なのか、それとも元日から二日にかけての晩に見る夢なのか、両説があるかと思います。あたしは子供のころから、元日に起きた時に見ていた夢、つまり前者の説だと思っていたタイプなのですが、今年はずいぶんと後味の悪い夢を見ました。

わが家の近所とおぼしき場所、ただし見覚えは全く無いので、実はいったいどこなのかわからない場所なのですが、とにかく近所という設定の場所にオシャレなレストランが出来たのです。いや、出来たというか、既にあったのをあたしが見つけた、初めて知ったという感じです。

夢の中のあたしは、数日後、一週間くらいでしょうか、そのくらいで誕生日を迎えるところで、ここで誕生日パーティーを開こうと考えたわけです。お店のスタッフは、K-POPグループにいそうな見てくれの人ばかりで、そんなところからもオシャレな雰囲気を漂わせています。では、いざ予約と思い、お店に入ると、そんなイケメンウェイターが「ご予約は?」と聞いてきます。予約を取りに来たのであって食べに来たわけではないので、「いえ」と答えると「予約のない方は入れません」とけんもほろろな対応。

来店理由を聞いてもらえもしないような接客態度で、「感じ悪いなあ」と思いながら自分の誕生日の日に予約をできるか聞いたところ、面倒臭そうに「もう埋まってます」と冷たく言い放たれました。前後数日の空き具合を聞いても「空いていません」と瞬殺の答え。たぶん「お前みたいな、貧乏臭い奴がこの店に来るなんて10年早いんだ」と思われているのでしょう。

現実のあたしであれば、とっくにブチ切れて「こんな店、頼まれたって来ないぜ」という気持ちでさっさと退去したと思うのですが、夢の中ではどうにかして予約を取ろうと必死でした。どうしてあそこまで必死だったのかわかりません。そもそもレストランで誕生パーティーを開いて、誰と食事をしようとしていたのか、それもわかりません。お店のいけすかないスタッフを除けば、あたし以外に夢に出て来ている人はいませんし。

以上、いやな夢の話でしたが、大晦日の昨晩はNHKの紅白で乃木坂ちゃんの出番を見たらすぐに寝てしまいました。そして、こんな夢を見て目が覚めたのが8時半過ぎのことでした。ほんの数十分、否、十数分しか寝ていないわけですが、ずいぶんと濃く、そして後味の悪い夢でした。ただこれは初夢ではなく、最終の夢ですよね。

年中行事

本題に入る前に、今朝の朝日新聞に載っていた訃報から。

あたしは面識はありませんが、記事中にある『祈りの懸け橋』はあたしの勤務先の刊行物です。ただし、現在は品切れになってしまっていますが。

95歳ですから、大往生と言ってよいでしょう。ちなみに田中千禾夫も90歳まで生きた方なので、共に長命でしたね。合掌。

さて、本題に戻りまして、本日は毎年この時季の恒例行事、墓参りに母と行って来ました。外苑前から徒歩5分くらいのところにあるお寺まで出かけてきました。吉祥寺から井の頭線、渋谷から地下鉄銀座線という行程です。

帰路も同じ行程ですが、もう十年以上前になりますでしょうか、母とあたしが乗っていた井の頭線にホームから飛び込んだ人がいて、40分近く電車がストップしたのは。それからというもの、母は井の頭線に乗るたびにその時の話を繰り返します。母もあたしも座席に座っていたので、飛び込みの瞬間を目撃したわけではありませんが、やはり衝撃的な出来事でした。

で本日は、昼前に吉祥寺まで戻ってきていたので、少し早めではありましたが、吉祥寺のねぎしで牛たんをいただきました。久しぶりの牛たんですやはり美味しいですね。