さすがにこの二冊を並べている書店はないですよね?

毎日の通勤電車の中で読んでいる、岩波新書の『ヒンドゥー教10講』です。

あたしはインド哲学にも、ましてやヒンドゥー教にも詳しくはないですが興味はあります。なので、こういった新書ならば取っ付きやすいだろうと思って読み始めたのですが、なかなかに歯応えのある一冊です。少し前に読んだ同著者の前著『インド哲学10講』もほとんど頭の中から抜け落ちてしまっていて、最初から学び直すと言いますか、学び始めるような気持ちで読んでいます(汗)。

そんな『ヒンドゥー教10講』ですが、読んでいますとサンスクリット語がかなり頻繁に登場します。もちろんパーリ語など古代インドの言葉の宝庫です。本文中ではアルファベット表記なので取っ付きやすいですが、どんな感じの言葉なのか、そういったものが肌感覚で身についていないので、なかなか頭の中に知識として定着しません。情けない限りです。

しかし、ほとんど同じようなタイミングで『ニューエクスプレスプラス サンスクリット語』が刊行されました。こちらはCDも付いていますが、音声アプリにも対応していて、簡単気軽にサンスクリットの音を楽しむことができます。

とはいえ、この両書を一緒に並べている書店はほぼないでしょうね。かたや岩波新書、かたや語学書ですから、通常の書店の棚構成で決して出会うことのない二人、ではなくて二書です。もし出会うとしたら人文書のコーナー(宗教とかインド哲学とかの棚)ではないでしょうか?

電子書籍、と言うよりも電子テキスト?

昨日このダイアリーに書いた電子書籍について、その続きです。

続きと言うよりも、全然別のことかも知れませんが、あたしの頭の中では一連のことなのでお付き合いください。

現在の電子書籍って、基本的には紙の本がそのままスマホやタブレット、パソコンのディスプレイなどでも読める、という形になっています。レイアウトも紙の本のまんまのようです。文字を拡大すると、画面上に収まりきらなくなるので、スクロールしないとならなくなります。

電子書籍って、購入したことがないので、上記のことはすべて聞きかじりなので、間違っていたらすみません。でも、たぶん合っているのではないかと思います。

こういった電子書籍は、場所を取らないから置き場所に苦労しない、何冊持っていてもスマホやタブレットの重さしかないから相対的に軽くて持ち運びやすい、といったメリットがあります。そういったことに文句を言うつもりはないのですが、当初、電子書籍が誕生するころって、電子書籍と言うよりは電書テキストみたいなものが配布されるものだと、あたしは思っていました。

「電子テキストが配布されても、それをどうするの?」と聞かれそうですが、当初あたしがイメージしていたのはこういうものです。

たとえば、あたしが好きな中国古典、例として『論語』を挙げてみますると、邦訳はたくさんの種類があります。訳者によって解釈も異なりますし、それに応じて訓読も異なる場合がままあります。あたしはそんな各種『論語』の現代日本語訳電子テキストを同じ章句ごとに並べた、自分だけの『論語』を作りたいなあ、と思っていたのです。そんなにたくさんは並べられませんので、代表的な四つくらいを並べ、それを四六判かA5判くらいの大きさでレイアウトしようと思っていたのです。

レイアウトした、自分だけの『論語』をどうするかと言えば、プリントして製本し、世界に一冊だけの『論語』日本語訳対照本を作りたいなあと考えていたのです。オンデマンド製本機もあったようですので、そういう自分だけの書籍の製本サービスを、書店店頭で受け付けてくれないかあ、などと思っていました。書店の多くは文具を扱っていますので、表紙カバーの用紙なども選べるようにして、お客さんが持ち込んで電子書籍(電子テキスト)の製本サービスをやったらよいのに、と思っていました。

丸善のように洋書を扱っている書店なら、洋書とその日本語訳の電子テキストを販売(配信)し、それを左右でも上下でも自分で好きなようにレイアウトし、自分なりの対訳本を作れるようになったら楽しいだろうなあと夢想していました。

大手チェーン、丸善ジュンク堂にしろ紀伊國屋書店にしろ、電子書籍を販売していますが、こうした電子テキストは販売していませんよね? もちろん出版社が提供してくれないとテキストとして販売することはできないのでしょうが……。でも、こういうサービスというか販売形態、これから伸びないものでしょうか?

電子書籍のこと

そんなこと社内で担当者に聞けばよいのでしょうけど、とりあえず書いてみます。

電子書籍は品切れにならない、とよく言われます。在庫を持たなくてもよい、とも言われます。

確かにその通りなのですが、果たして本当に品切れにならないのでしょうか?

あたしの勤務先の場合、海外の書籍の翻訳が多いです。そこには当然、翻訳権料がかかりますので、どうしても国内作家の本に比べると割高になってしまいますし、だから小回りの利いた重版などをして在庫を維持するというのも難しいものです。なおかつ、翻訳出版には期限がありますので、刊行後数年経って権利の更新をする時に、「もうこの本は売れないから更新はしないでおこう」となると、当然紙の書籍が品切れになったらそれで終わりですが、電子の方はどうなっているのでしょう?

紙の書籍の翻訳権は更新しないけど、電子の方は更新するということはありえるのでしょうか? でも、そうすれば紙では品切れになったとしても電子では購入ができるわけですから、出版社としては在庫を抱えなくてもよい、読者としては(とりあえず電子ではありますが)その本を手に入れることが可能になります。

勤務先を見ていると、紙の書籍が品切れになり、翻訳権の更新をしなかったら、そのまま電子も配信ストップになっているのか、あるいは電子だけは継続して配信しているのか、きちんと調べたことがないのでよくわかりませんが、他社の場合はどうなのでしょう?

新聞に電子書籍の記事が載っていたので、ちょっとそんなことを考えてしまいました。

もうじき没後80年

写真は、紀伊國屋書店新宿本店の2階、海外文学コーナーの一角です。ヴァージニア・ウルフのミニコーナーが出来ています。

どうしてヴァージニア・ウルフなのかと言えば、今月下旬がウルフの没後80年に当たるからです。たぶん、それを意識してのコーナー作りだと思います。

もったいなくも、センターを占めているのは、あたしの勤務先から出ている『フラッシュ 或る伝記』です。あたしの勤務先から出ているウルフはこれ一点だけなので、読者の方にもウルフを出している出版社という印象は持たれていないと思いますが、ありがたいことです。

実は、先月のことですが、あたしの勤務先で画像のような注文書を作って全国の書店に案内していたのです。

どうしてこんな案内をしたかと言いますと、もちろん没後80年ということもあるのですが、幻戯書房から『フラッシュ ある犬の伝記』が刊行される予定だったので、そのタイミングでうちの『フラッシュ』も並べてもらいたいと考えたからです。ただ、上述のようにあたしの勤務先から出ているウルフは一点だけなので、チラシには幻戯書房の新刊と他社のウルフの翻訳を何点か列挙して、これでちょっとしたフェアをしていただければと目論んでおりました。

まあ、ちょっと考えれば誰にでも思いつく案内ではありますが、何点かでもリストアップしてあれば、書店の方が調べる手間を省けるかなという思いはあります。

今月のおすすめ本などなど

毎月恒例の今月のおすすめ本です。

2月の売れ行きベストテンの他に、近刊『ケイティ・ミッチェルの演出術』に絡めて演劇ジャンルで版を重ねている定番書を併せてご案内しています。また、さらにベストテンにこそランクインしていませんが、ロングセラーとなり着実に売れ続けている『14歳からの生物学』『手話通訳者になろう』も掲載しています。

この機会に棚の欠本チェックをよろしくお願いします。

もう一つのご案内は、こちらも近刊『対訳 フランス語で読む「失われた時を求めて」』に合わせ、既刊の「対訳フランス語で読む」シリーズの特集です。

新刊の刊行に合わせて、いまいちど対訳シリーズ全7冊を棚に揃えてみませんか? フェアならミニ看板もご用意します。

基本的には語学書コーナーの書籍ですが、海外文学の棚で展開してもいつもとは異なるお客さんの目に留まるかも知れませんので、よろしければ文芸書コーナーでのフェア展開も是非ご検討ください。

装いも新たに、というわけではありません

写真の左は、東日本大震災の当日に配本予定の新刊『光のない。』です。白水Uブックスとして刊行されます。

そして右が、単行本の『光のない。』です。

「なーんだ、単行本が新書になったのね、他社で言うところの文庫化でしょ?」という声が聞こえてきそうです。

ふだんなら「はい、そうです」と答えるところです。単行本をUブックスにした時に、あとがきを新しくしたりすることはありますが、中味をいじることはあまりありません。これは他社の文庫化の時も同じようなものではないでしょうか?

しかし、今回は単行本(実は現在品切れ)とUブックス版とでは中味が異なります。

単行本の方は表題作「光のない。」の他に「エピローグ?[光のないⅡ]」「雲。家。」「レヒニツ(皆殺しの天使)」という3作品が収録されていました。しかしUブックス版は「光のない。」の他に収録されているのは「エピローグ?」「プロローグ?」の2作品です。この3作で「三部作」になるというわけです。

一括りには出来ない三冊

昨日、2月27日は国際ホッキョクグマの日だったそうです。

あたしの勤務先も『ホッキョクグマ 北極の象徴の文化史』という本を出していますので、Twitterでは少し前からちょっと盛り上がっていたようです。

なにせ、地球温暖化といえば北極や南極の氷が溶ける、そうなるとそこに住む動物たちも絶滅の危機に瀕する、ということで、この数年、そういう文脈からもホッキョクグマが注目されているようです。

ところで日本人の多くは「ホッキョクグマ」ではなく「シロクマ」って呼んでいますよね。鹿児島の名物も確か「シロクマ」ではなかったでしょうか? あれ、正式には「しろくま」でしたっけ?

ところで、勤務先のTwitterが盛り上がっていると書きましたが、つい最近は『踊る熊たち 冷戦後の体制転換にもがく人々』という本を出したばかりです。

こちらは副題を見てもわかるように、決して動物の熊をテーマにした本ではありません。あくまでそれは象徴的なものであり、書籍の内容は冷戦下、東ヨーロッパの人々を追ったノンフィクションです。

とはいえ、副題を見落としてしまうと、クマの写真のカバーから熊の曲芸に関する文化史の本だと思ってしまう方もいそうです。確かに、本書にそういう一面がないわけではありませんが、少なくとも書店の「動物」の棚に並ぶような本でないでしょう。

むしろ「熊の文化史」というのであれば『熊 人類との「共存」の歴史』の方がドンピシャです。

人を襲うこともあれば、飼い慣らすこともでき、食料として捕獲されもしてきたクマの人類とのかかわりを描いた一冊です。

ところで、ホッキョクグマこそ住んでいないですが、日本人にとっても熊は比較的身近な存在です。ここ数年は民家の庭先に現われたというニュースをしばしば目にします。北極と深刻さの度合いは比較できませんが、熊の生息環境が脅かされているという意味では、どちらも共通のことだと思われます。