本日、見本出しです。(5月25日配本予定)
5月 2022のアーカイブ
それなりに架蔵しているものです
少し前に最近の通勤電車でよく読んでいるとご紹介した『親王殿下のパティシエール』ですが、第4巻では詩人の袁枚が登場しました。袁枚と言えば、岩波文庫の『随園食単』ですよね。同書の巻末参考文献リストにも載っていました。
あたしはもちろん架蔵しておりますが、いまでも出版社に在庫はあるのでしょうか? この岩波文庫版で翻訳をしている青木正児の『華国風味』もわが家の書架で『随園食単』の隣に備えておりました。必要な書籍はそれなりに買い揃えてあるものだと、われながら感心してしまいます。ちなみに青木正児は「あおき まさる」と読みます。
そして第5巻です。
第4巻の参考文献にも挙がっていましたが、第5巻の参考文献に挙がっている書籍の一冊が『中国くいしんぼう辞典』です。これも、わが家の書架にありました。
と、自慢話みたいになってしまいましたが、上がっている参考文献は、もちろん架蔵していない書籍ばかりです。著者がいろいろ博捜して本書を執筆していることがうかがえます。
第6巻が6月半ばに刊行予定ですが、まだまだ続くのか、これが最終巻なのか、そういう情報はどこにも載っていませんが、個人的には楽しく読んでいます。あとは、当時の北京城内図、それも王府の一までしっかり書いてある詳細なものが欲しいものです。
今日の配本(22/05/17)

リネンの歴史とその関連産業
ジャック・ルール 著/香山学 監修/尾崎直子 訳
最古の繊維といわれるリネン。リネン産業は古代エジプトで花開き、紀元前4000年には頂点を迎えた。遺跡の壁には、リネンの花や当時の織機などが描き遺されている。プリニウスを驚嘆させたその植物から作られた布は、ミイラを包む包帯やキリスト聖骸布としても知られる。本書はリネンの歴史から特徴、栽培・繊維の準備・紡績・織布といった生地にするための一連の工程、亜麻仁油など関連する産業までを概説する。
メモはスマホで?
日曜夕方のラジ「「日向坂46」のひ」で、日向坂46のメンバーがエピソードトークやブログのネタになりそうな、ちょっとした出来事があると、それを記録しておくのにまずはスマホを使うと語っていたのが、あたしのような昭和生まれには衝撃でした。そういうメモって、手帳とかにするものじゃないの(?)と思うのは、もう時代遅れなのでしょうね。
あたしは寝床で読書をするので、枕元にはメモ用紙にボールペン、それとポストイットなども備えています。本を読んでいて何か気づいたらメモしておくのに使うためです。とこころが。日向坂46のメンバーに限らず、いまの若い人たちはスマホを常に肌身離さず持っているのですね。だから寝ている時も枕元に置いておくからすぐにメモできるというわけです。確か、お風呂にも持って入ってネット配信の映画を見ているのだとか。全く生活スタイルが異なりすぎていて理解を超えています。
さて、今朝の情報番組などで乃木坂46の10周年ライブの映像が少し流れていました。ほとんどの番組で扱われていたのはサプライズ登場したOGのことばかり、現役メンバーは今回が初の全体ライブ参加となった五期生のことをちょこっと取り上げたところがあったくらいです。ちょっと大多数の現役メンバーが可哀想になりました。
まあ、情報番組の構成としては致し方ないと諦めますが、二日間のライブの全体はどうだったのでしょう? 昨日も書きましたが、全曲披露のバスラではなく、10周年記念祭り的な構成にしたのであれば、そして初日を2016年まで、二日目を2017年からと銘打っていたからには、二日間で披露する曲は一曲もダブらないようにすべきだったのではないかと思います。そしてやはり年代の区切りを厳密にして、2017年以降の曲は初日にはやらない、2016年以前の曲を二日目には披露しない、と厳格にしてもよかったのではないかと思います。
またアンダー楽曲やユニット曲が少ないという意見もネット上には多いですが、祝祭的にした以上、表題曲が中心になるのは仕方ないでしょう。それでもその時々において象徴的な楽曲はアンダーでもユニットでも存在したと思うので、それらをもう少し披露してもよかったのではないかと思います。
ただ、この種の意見って、結局は自分の好みの曲が披露されたか否かで印象が変わってしまうものなので、それこそ各シングルから表題とあと二曲という縛りでも設けてチョイスしても面白かったのではないかとも思います。
あとライブ後の集合写真がメンバーのSNSなどに挙がっていますが、できればステージには立たなかったけれど会場に来ていたOGも一緒に写っていて欲しかったですね。そして、OG五名の写真が古くからのファンには嬉しいショットではありますが、このOGが四期生や五期生と一緒に写っている写真も見たいものです。
近刊情報(22/05/16)
バスラは予想(期待)どおり?
二日間にわたって行なわれた乃木坂46の10周年記念コンサートが終わりました。あたしは現地に参戦するわけでもなく、配信も見なかったので、あくまでネットニュースやSNSの書き込みからの印象、感想になりますが、とてもよいライブだったみたいですね。
SNSを見ていますと、観客がかなり声を出してしまったみたいで、それがちょっと残念だったようです。配信などを見ていないので、どれくらいの声出しだったのかわかりませんが、なんとなくコロナに対して緩くなっている世間の空気も影響しているのではないでしょうか?
さて、SNSで話題になっていた点について個人的な感想を述べてみたいと思います。まずはOGの出演について。
初日の生駒ちゃん、万理華の出演で二日目も誰かしら出るだろうというのは予想がつきましたし、大方の予想どおり、まいやん、なーちゃんというのも想定内でした。あたし自身は、例年どおりのバスラ、つまり全曲披露のバスラであればOGは要らないと思っていました。卒業生のソロ曲も含め、現在のメンバーがそれらの楽曲をどう受け継いでいるのかを見るためにもOGは不要だと思っています。いまのメンバーが歌うからこその楽しさ、化学反応を期待しています。
その一方、今回のように、全曲披露のバスラではなく、10周年の祝祭的なライブであるならOGの出演はアリだと考えていました。ですので、全曲披露のバスラを現役メンバーでやって、それとは別にOGも出る10周年記念祭りのようなセレモニーもやってくれたら嬉しかったです。
次に、表題曲ばかりになった点について。
これも上述のバスラの性格を考えるとやむを得なかったと思います。いろいろなアーチストや歌手が10周年、20周年のライブをやるときには、どうしても代表曲ばかりになるのは致し方ないでしょう。乃木坂46のようなグループアイドルですと、選抜とアンダーに分かれるので、代表曲ばかりの披露では選抜ばかりが登場することになるのも致し方ないところでしょう。
もちろん初期の曲でほとんどオリジナルメンバーが残っていないような曲を披露するときに、現在の選抜ではなく、うまい具合にアンダーメンバーも散らして割り振れば少しは印象も変わると思います。実際にどういうメンバーが歌唱していたのかまではわからないので、なんとも言えませんが、たぶん現在の選抜メンバーを中心に選ばれていたのでしょうね。
最後に、このところ乃木坂46もスキャンダルが続いています。個人的にはどこまで真実なのかわかりませんし、真偽も明らかでないネットの情報を鵜呑みにして罵詈雑言をまき散らしている一部の過激なファン(本当にファンなのでしょうか?)の声は見るのも嫌になります。やはりファンとしては、既にネットに挙がっているようにメンバー同士が仲良く、愉しく笑って、睦まじくしている姿を見ていたいわけで、メンバーがスキャンダルを疑われている仲間を排除しないのであれば、ファンもそれを信じて支持するべきだと思うのですが、甘い考えでしょうか?
ところで、リピート配信って、期日が決まっているのですね。どうせなら一週間か二週間くらい、好きなときに見られるようにしてくれたらいいのに、と思います。
あと、四期生、五期生のメンバーがレジェンドと言われるOGと一緒のステージに立った(楽屋では挨拶くらいはできたかしら?)ことでよい刺激を受け、古きよき乃木坂46を継承すると共に、新しい乃木坂46を作っていってくれることを期待します。楽屋と言えば、ステージにこそ立たなかったものの、OGはどれくらい会場に駆けつけていたのでしょうね?
イチゴとスイーツは相性バッチリです
少し前にこのダイアリーで紹介したと思いますが、わが家の玄関先のプランターで栽培しているイチゴが色づいていきました。一つ一つのイチゴは、パチンコ玉より少し大きい程度です。
果たして食べられるものでしょうか? もちろん食べても大丈夫、毒があるようなものではないでしょう。ただ、賞味できるほど美味しいものであるかは自信がありません。まあ、そろそろ収穫して食べてみることになるでしょう。
イチゴと言えば、スイーツで使われるフルーツの王様だと思います。あたし自身はスイーツは大好きですが、作ったりすることにそれほど興味があるわけではありません。
それなのに最近はこんな本を読んでいます。『親王殿下のパティシエール』です。今年小学六年生の姪っ子が将来パティシエになりたいと言っているので、お菓子関係の小説や小説があると買ってあげているのですが、この作品もそんな中で見つけたものです。
ただ清朝の北京が舞台ですので、歴史知識が必要になるのではないか、小学六年生にはちょっと難しいかなと思い、まずはあたしが読んでみようと思った次第、スイーツよりは清朝、中国史に対する興味から読み始めたというのが本当のところです。現在、5巻目まで刊行されていて、近々第6缶が刊行になる予定です。
『親王殿下のパティシエール』シリーズの感想はおくとして、やはりちょっと中国史の知識がないと理解しづらいところがあると思いましたので、姪っ子にはまだ難しいかなあと判断しました。ちなみに、写真で真ん中に置いてある『王のパティシェイ』は、このシリーズの参考文献として挙がっているものです。あたしの勤務先の刊行物ですが、現在品切れなのが残念なところです。
やはりバスラの配信を見るべきだったのでしょうか?
昨日は乃木坂46の10周年記念コンサート第一日目でしたね。今日が二日目ですが、今回(今年)はもう全曲披露は諦めたようです。そのぶん、祝祭的な雰囲気があったライブだったようです。
と、あたしは現地に行ってもいなければ、配信を視聴してもいないので、あくまでネットに上がっている現地ファンのレポ、配信を見た人の感想から推測しているだけなのですが……
そんな昨日の土曜日、午前中に病院へ行って来ました。GW前から痛み出した左腕、そして左腕の痺れが取れないので、診てもらいに整形外科へ行ったわけです。ざっと診てもらってレントゲンを撮り、診断してもらいましたが、とりあえず内臓から来るものではなかったようなので安心しました。で、その原因は予想どおりと言いますか、首の骨が神経を圧迫しているというものでした。
しかし、この症状、十数年前(二十年経っているかも?)にもなったことがあるんですよね。その時は背中の痛みはなく、右腕が痺れるような感じだけでしたし、痺れると言うよりも腕の表面がゾクゾクする感じと言った方が正しいような症状でした。その時に医者から「ストレートネック」と言われ、更になで肩なので、ふつうは肩の骨が邪魔して下の方はレントゲンに写らないのに、あたしの首の骨は全部写っていると医者に言われたくらいです。
十数年経ってまた症状がぶり返したということなのでしょう。今回もレントゲンを撮りましたが、医者曰く下の方の骨と骨と間が潰れているから神経を刺激しているのだそうで、これはもう治らないと言われました。もう諦めるしかないですね。
あたしが子供のころ、沖縄はまだ日本ではなかったのです
当時も現在も、様々な意見があるのは承知していますが、あたしにはそれについて語るだけの材料がありません。基地問題に限らず、沖縄の人が感じてきた差別感など、本土の人間があまりにも無頓着だったということは自覚しております。
ささやかではありますが、まずは興味を持つ、知ろうと思うことが肝心なのではないでしょうか。あたしの勤務先では『沖縄語の入門 たのしいウチナーグチ』『沖縄語をさかのぼる』というヒット商品もありますので、こういう本を更に売り伸ばすことが少しでも相互理解に繋がるのだと思っています。
4月下旬に発行された『人文会ニュース』140号でも、巻頭の「15分で読む」は「沖縄〈復帰〉50年を考える」です。PDF版が公開されていますので、是非ご一読ください。
さて正直なところ、昨今の中国の海洋進出、北朝鮮のミサイル発射という東アジア情勢を考えたときに、本土の人間の大多数は沖縄に米軍基地があることのありがたみを実感しているのではないかと思います。もちろん基地があるから攻撃の標的になるのだ、という意見も理解できますし、そもそも平和友好に軍事力は不要だという考え方もわかります。
でも、結局なんとなくそんな風に思っているだけで、多くの日本人は深くは考えていないのでしょう、あたしもですが。もし沖縄から米軍が撤退して、米軍基地が日本に(沖縄に?)返還された場合、こんどはそこに自衛隊が駐留することになるのでしょうか、あるいは大規模な宅地造成、リゾート開発などが行なわれるのでしょうか?
一部の政治家は日本と日本国民を守るためなどと声高に主張していますが、旧日本軍は沖縄でも満洲でも日本人(民間人)を見捨てて真っ先に逃げ出したんですよね。日本や日本人を守るって、どういうことなのでしょう。
今朝の朝日新聞より
予告どおり、朝日新聞読書欄で『一九三九年 誰も望まなかった戦争』が紹介されました。
揚げ足を取るつもりはありませんが、望んで始める戦争ってあるのですかね? 為政者にとっては自分の野望を実現するために戦争を起こす、ということはあるのでしょうけど、庶民から見たら、そんな人はいないのではないでしょうか?
でも、政府のプロパガンダに乗せられて「生意気なあの国を懲らしめろ」と国民が激昂するのは、日本でも数十年前にありましたから、やはり望んで始める戦争ってあるのかもしれません。
ロシアのウクライナ侵略に関して言えば、被害者を強調していますが、やはりプーチンが望んだ戦争なんでしょうね。そう感じます。
さて、今朝の朝日新聞にはもう一つご紹介したい、ご紹介しなければならないところがありまして、それが左の写真です。
斎藤幸平さんが登場していますね。そして、この記事の中にセルジュ・ラトゥーシュの名前が出て来ます。
ラトゥーシュと言えば、文庫クセジュの『脱成長』です。お陰様で、ベストセラーかつロングセラーになっている一冊です。斎藤幸平さんも刊行直後にご自身のTwitterで触れてくれました。
「脱成長」も昨年来、現代社会を分析する際のキーワードですね。本書の後にも脱成長をテーマとした書籍がたくさん刊行されていますから。こうして記事になっているところを見ると、一過性ではなく、いまも必須の話題、テーマなんですね。