海峡両岸問題

今日は5月4日、中国では五・四運動の日ですね。現在の世界史の教科書では五・四運動ってきちんと教えているのでしょうか? いや、世界史ではなく日本史の対華二十一ヶ条要求の流れで教わるのでしょうか?

それはともかく、五・四運動と聞くと、あたしは中江丑吉を思い出します。暴徒に襲われた政府高官を匿ったのですよね。もちろん運動に立ちあがった民衆からすれば、自分たちは暴徒ではないし、襲った相手も売国奴になるわけですが、窮鳥懐に入れば漁師も殺さず的な中江丑吉の態度は素敵です。

さて、話は変わって、わが家の書架。少し前から気になっているところがありまして、GWなので少し整理しようと思いました。

出版界でも数年前からの韓流ブームがありまして、現在もたくさんの翻訳書が刊行されています。この状態もまだブームが続いていると呼ぶのか、あるいはブームは一段落したと呼ぶべきなのか、あたしには判断できませんが、この韓流ブームに続くように中国の作家の翻訳作品も数多く出版されるようになりました。

一枚目の写真は、そんなわが家の書架の一角です。書架の上に、主に中国関係の小説を並べています。韓流はフェミニズム作品が多いのに対し、華流はSF作品が多いのが特徴です。やはり『三体』の大ヒットが影響しているのでしょう。

もちろんSFだけが華流ではなく、それ以外の作品も刊行されています。二枚目の写真は閻連科の作品を中心に並べている書架になります。邦訳されている閻連科作品は、たぶんすべて揃っていると思います。

しかし、ここにも中国SFが数冊混じっています。そして一枚目と二枚目の写真を見て気づかれましたでしょうか? なんかいろいろな作品がごっちゃに並んでいるのです。特にあたしが気になっているのは、中国大陸の作品と台湾の作品が混ざってしまっている点です。言うなれば、わが家の書架における海洋両岸問題です。

そこで少しだけ模様替え。並べ替えてみた書架が三枚目の写真です。

書架の右側に中国大陸のSF作品を集め、左側は台湾の作家の作品を並べてみました。書肆侃侃房の「現代台湾文学選」はあと一冊刊行されるそうなので、その分のスペースを空けてあります。

閻連科のところはあまりいじくらず、台湾の呉明益作品は別の書架へ移動させました。たぶん、こんな調子で邦訳が刊行され続けると、ここもすぐにいっぱいになって、再び書架の模様替えを行なわなければならなくなるでしょう。

2022年4月のご案内

2022年4月に送信した注文書をご案内いたします。

  

まずは毎月恒例の「今月のおすすめ本」です。今月は語学書篇もご案内しました。その次はロングセラーの語学書『ふだんのひとことフランス語』です。今回、新しく帯ができましたので、改めて面陳、平積みをお願いします。

  

続いては、書評後に注文が殺到して重版が決まった『日本でわたしも考えた』です。次に、新刊『オーケストラの音楽史』の刊行に合わせて重版した『指揮者は何を考えているか』です。そしていつの間にか注文が伸びていて在庫が少なくなってしまった『ニューエクスプレスプラス ウクライナ語』と『つばさ君のウクライナ語』の二点です。

  

ロシアのウクライナ侵略に関する朝日新聞の記事で、パウル・ツェランが取り上げられたので、『パウル・ツェラン詩文集』ご案内しました。また5月には沖縄の本土復帰50年を迎えるので『沖縄語の入門』『沖縄語をさかのぼる』もご案内しました。そして最後は今月も語学辞典のご案内をしました。

最低で最悪のレストラン

あくまで夢の話なので、タイトルに惑わされないでください。

左側の背中と腕が痛むので、心地よく眠れないから、こんな夢を見てしまったのでしょうか?

どこのお店なのかはわかりませんし、誰と言ったのかも記憶が曖昧です。割とお高い洋食のお店であったことは確かで、大きくて長いテーブルにこちら側に四人、向かい側に四人、合計八人での会食でした。夜ではなく昼のようでした。

家族・親戚での会食にしてはちょっと豪華なお店ですので、やはり仕事上の会食だったのでしょうか、あたしは末席に座っていました。前菜から始まって、少しずつ料理が運ばれてきますが、なぜか七人分しか運ばれてこず、あたしの分がないのです。

ウェイトレスさん曰く、材料が足りず、現在調達中とのこと。高級なお店でそんなことってあるの(?)と思いつつ、そこが夢ならではなのですが、あたしは一人ぽつねんと他の七名が美味しく食事しているのを指を咥えて見ているだけです。お店側も不憫に思ってくれたのか紅茶を出してくれました。

食事も進み、他の七名にはメインディッシュの皿が運ばれてきました。分厚くて柔らかそうなステーキです。フォークとナイフを手にお肉を口に運んでいます。そこへやって来たウェイトレスさんが「紅茶のおかわりは如何ですか?」と言うので、それよりもあたしの食事はどうなっているのかと聞き返すと、あと三十分くらいで出せそうだとの回答。

他の人たちはメインディッシュを口にしていて、あとはデザートを残すのみなのに、あたしだけそこからコース料理がスタートするなんて、いくらなんでもひどすぎます。仕方なくあたしは、料理はもう要りません、と断わりました。この間、シェフにしろ、店のオーナーにしろ誰一人お詫びに出て来る者はいません。テーブルに来たのはこのウェイトレスさんだけです。

ミシュランで星を獲得しているお店なのかもしれませんが、あまりにもひどい対応ではないでしょうか? あたしもこれは夢だとわかっていたので、そのウェイトレスさんに「このことはSNSにしっかりと書きますので」と断言しました。もちろん、現実であればそんなことはしません。まあ、ブログで「ひどいお店に行っちゃった」くらいは書くかもしれませんが、名前を出そうとは思いませんし、そのお店のウェブサイトに罵詈雑言を書き込もうとも思いません。夢なので、ちょっと過激なことを口走ってしまいました(笑)。

単なる寝違えなのか、はたまた内臓の疾患なのか?

先週の水曜日、朝出勤しようとしたときに背中に違和感を感じました。

寝違えて筋を痛めていたのにいまさら気づいたのか、それとも出かけようとしてカバンを持ったときに筋を痛めたのか、どちらなのかはわかりませんが、左の肩甲骨の周囲が痛みました。

その時は、ちょっとした筋違えだと思って、それほど気にしていなかったのですが、翌日になっても痛みはとれません。むしろより痛みが増している感じです。

そして背中の痛みだけでなく、左の上腕部も痺れるような痛みを感じ始めました。重いものをずっと持っていて腕がだるくなったときに似た感覚ですが、痺れていますし痛みもあります。

ひとまず自宅の薬箱にあったサロンパスを背中に貼ったり、バンデリンを塗りまくったりしてみましたが、一向に改善しません。

この土日を過ぎても痛みは治まらず、腕の痺れは上腕だけでなく手首にまで達しています。つまり左腕全体がだるくて痺れていて、多少の痛みがあるのです。左肩甲骨周囲の痛みも、取り立てて痛みが強くなることはないですが、痛みが引く気配もありません。

単なる筋違えであればよいのですが、内臓の疾患が原因で痛むのだとしたら、ちょっと嫌ですね。ネットを検索してみたら、肩甲骨の周囲が痛むのは膵臓が悪い場合があるという記事を見つけました。さて、どうなのでしょう?

とにかく現在は、横になるのも苦痛です。

マックみたい?

昨日、自宅のPCのOSをWindows10からWindows11にアップグレードした続報です。

昨日の時点では、そんなに違いはないと書きましたが、確かに操作性や基本的な動作に関しては変わっていないと言えます。まあ、あまりに変わってしまったら、操作に慣れるのに一苦労ですし、インストールしてあるアプリやソフトの動作がおかしくなってしまいそうですから。

ただ、その一方でやはり変わったなあと感じるところもあります。それが見た目です。実は正確には覚えていないのですが、Windows11になってからは起動しているウィンドウの四つ角が丸くなりました。Windows10の時は四角く角張っていたと思うので、見た感じはとてもソフトになった印象を受けます。

いろいろな動作を確認するメッセージ、アラートなども丸みを帯びていて、あたしの記憶が正しければ、マッキントッシュの見た目によく似ています。たぶんネット上でもWindows11がマックにそっくりとまでは言わずとも、よく似ているという声は上がっているのではないでしょうか?

さて、そんなWindows11ですが、ひとつ嬉しいことがありました。それは動作がおかしかったアプリが正常に動作するようになったことです。

具体的に書きますと、ジャストシステムJUST PDFというPDF作成・編集ソフトがあります。それが正常に動作せず、毎回エラーが出ていたのです。エラーメッセージをヒントにネットを検索してみると、Windows11をWindows10にダウングレードしたときにアプリとの相性で出るメッセージのようだとわかりました。確かにこの間、Windows11へのアップグレードがうまくいかず、ほぼWindows11になったところでWindows10に戻すということが続いていましたから、ネットに書いてある情報が当てはまります。

ですので、今回Windows11へのアップグレードがうまくいったことによって、毎回起きていたエラーが起きなくなりました。ささやかなことですが、やはり日常的に使っているアプリがうまく動かないというのはストレスが溜まります。それが見事に解決したのはとても嬉しいことでした。

他者理解とは?

昨日の朝日新聞読書欄で『「その他の外国文学」の翻訳者』を取り上げていただきました。

お陰様で、同書は刊行前からSNSで話題になり、刊行後も非常に好調な売行きです。

知らない言語を知るというのは、その言葉や、その言葉を使う人たちに対する興味、関心、愛着があるということだと思います。外国語を学ぶということは異文化理解、他者理解の第一歩だと思います。

もちろん、その言語を自分では習得できなかったとしても、翻訳者によって邦訳された文学作品を読むことで理解が進むところはありますので、これはこれで大事なことだと思っています。

そんな考え方の延長にあるのだと思いますが、『ニューエクスプレスプラス ウクライナ語』も売れています。ロシアのウクライナ侵攻によって、ウクライナという国への関心が高まっているのでしょう。それはそのまま侵略側であるロシアに対する関心にも繋がっているようで、『ニューエクスプレスプラス ロシア語』も売れているのです。

というように、戦火を被っていない日本では素朴に両国に対する関心もあって語学書が売れているわけで、他者理解の第一歩なのだと考えられます。ただロシアとウクライナの現状を見ていますと、言葉を知ったからといって理解が進むのか、という疑問も湧いてきます。

親戚や家族が両国に別れて暮らしていた人も多かったように、そして侵略以前は両国の人々が素朴に感じていたように、ロシアとウクライナは兄弟のような国であり、お互いの言葉もほぼ理解できる間柄だったと思います。言葉を理解するのが相手を理解することの第一歩なのだとしたら、どうしてロシアとウクライナは戦争をしているのでしょう?

理解が進むと、こんどは近親憎悪が生まれるのでしょうか? あるいはあまりにも近くなると共通点ではなく相違点に目が向くようになるからでしょうか? 似ているからこそ、同じだと思い込みやすく、ちょっとした違いが許せなくなるのでしょうか?