現在では不適切とされる表現

平日の夜はBS-TBSで再放送されている「水戸黄門」を見ていることが多いです。現在は西村晃が光圀で、あおい輝彦が助さん、伊吹吾郎が格さんという布陣。八兵衛も弥七もいて、お銀と飛猿もいます。

そんな「水戸黄門」の放送前に「現在では不適切とされる表現がありますが、番組が創られた当時の云々」という注意書きが画面に表示されます。「不適切とされる表現」って、一般的に考えますと汚い言葉、差別的な言葉、および性的な描写、表現ではないかと思います。

ただ、見ていても「ピー」が入るセリフはありませんし、お銀の入浴シーンが問題になっているとは思えません。そうすると「不適切とされる表現」って何だろう、と思ってしまいます。予防線として、とりあえず表示している、という解釈も成り立つと思いますが、最近になってあたしなりの答えを見つけました。

それは、多くの場合番組の最後のシーン、ご老公一行が旅立つ時にお世話になった土地の人との会話です。ご老公をはじめ皆が口を揃えて「早くよいお婿(嫁)をもらって親を安心させなさい」「早く両親に孫の顔を見せてあげなさい」といったセリフだと思うのです。現代ではセクハラと言われ、一発アウトな発言です。

でも水戸黄門の時代、家を存続させるのは当たり前、女は嫁に行き子供をもうけるのが常識であり、そこに誰も疑いなど差し挟むことはなかったわけですから、ごくごく自然な会話だと思います。むしろ、そういうことを心配しない方がおかしいと思います。それでも今の時代に時代劇を作るとなると、こういうセリフもカットされてしまうのでしょうね。

I Know What You Did Last Summer

二回目の重版が決まった、今年の岸田賞受賞作『ロマンス』ですが、その内容紹介には次のようにあります。

脚本家が実体験をもとに書いたドラマと似た話の漫画が見つかる。作者はドラマの登場人物だった。創作と生活が交錯するコメディ。

気になったのは「作者がドラマの登場人物」という部分です。ここを読んで思い出したのは『紙の民』です。『紙の民』の内容紹介には

小説は、一見メキシコ移民の物語として始まる。妻に捨てられたフェデリコ・デ・ラ・フェは、悲しみを抱えながら一人娘を連れて国境を越え、ロサンゼルス郊外の町エルモンテに落ち着く。ある日、自分たちを上空から眺めている〈土星〉=作者サルバドール・プラセンシアの存在に気づいた彼は、他の移民たちと団結して、自由意志を守るために〈土星〉を相手取って戦いを始めるが……。

とあり、作中の登場人物が立ち現われてくるような設定に、あたしは共通するものを感じました。『ロマンス』は未読なのですが、『紙の民』はこんな設定どころではすまないくらい奇想天外、奇妙奇天烈な作品でした。とても一言では内容を紹介するなんてできないような作品でした。

さて本日のメインテーマは、タイトルのとおりです。すぐに理解できた方はB級ホラー映画ファンでしょう。日本では原題の最後の部分を取って「ラストサマー」として知られるホラー映画です。WOWOWでパート1、2、3、そしてリターンズが放送されたので、この土日で一気に見てしまいました。

パート1はパート2はかつて見たことがあり、なんとなくですが内容も覚えていたのですが、改めて見てみると、特にパート2は犯人や事件の背景などをすっかり忘れていました。パート1も、被害者とその周辺人物の関係がややこしくて実はわかりにくかったです。

そしてたぶん今回初めて見たと思われるパート3は前二作とは全く関係なく、ただ犯人は生身の人間ではなく、完全に不死身のモンスターになってしまっていました。完全に失敗した続編ですね。

最後のリターンズはパート2から20年くらい経っているという設定なのでしょうか。オリジナルの登場人物が再登場で往年のファンは嬉しかったことでしょう。あたしもその一人ですが、ジェニファー・ラブ・ヒューイットもさすがに老けましたね、あたしも人のことは言えませんが。

それにしても、この手のB級ホラーって若者がバカ騒ぎをして殺されていくのが王道のストーリーだと思いますが、アメリカの若者ってあまりにもバカすぎるのではないかと、いつも思ってしまいます。

以前から気になっていた人の一人です

ここへ来て皇室の請来に関する議論がまた活発になってきているのでしょうか、新聞やテレビのニュースでも目にする機会が増えているような気がします。高市政権と言いますか、政府・与党はどうしたいと考えているのでしょうね。

日本の皇室と言えば、万世一系というのが世界に誇れる特徴らしく、特にそれは男系で百代以上連綿と続いていることが誇りのようです。

そんな皇室、歴史好きですから以前から関心は持っていまして、その中でも継体天皇というのは注目の一人でした。他にも気になる天皇はたくさんいますが、最近、中公新書から『継体天皇』という、そのまんまのタイトルの新刊が刊行されたので早速手に入れました。

継体天皇に関する本は何冊も出ていますが、新書のような手頃なものはあまりなくて、文春新書から出ている『継体天皇と朝鮮半島の謎』という一冊があったくらいではないでしょうか。継体天皇というのはそれ以前の天皇とは全く関係なく、朝鮮半島からの渡来人ではないか、というのが専門家でもないあたしが、聞きかじり程度で知っている知識です。

果たして斯界では、継体天皇に関する研究はどのくらい進んでいるのでしょうか。そんなことも知れるのではないかと思って買った次第です。これから読むのが愉しみです。

ちなみに、最初に戻って現在の皇室ですが、あたしは男系のみの相続とし、女性天皇は認めない、という立場です。現在の価値観はともかく、それが天皇制の伝統だったわけですから、それに従うべきだと思うのです。でもそれで天皇家が絶えることになったら、という意見があると思います。その場合、あたしは仕方ないと思っています。それも伝統として受け入れるつもりです。

それにしても、江戸時代を舞台とした時代劇を見ていても、武家の世界では娘に婿を取って家督を継がせたり、親戚の男子を養子にしたり、時には全く関係のないところから養子を取って家を継がせているシーンがよくあります。武家は意外と融通無碍なんだなあと思います。

開封静止画?

アイドルファンが、CDを購入した時に「開封動画」と題するものをネットにアップしているのはよくある行動だと思います。そういう人って、あたしみたいに各タイプを一枚ずつではなく、推しの生写真をゲットするために複数枚購入するのですよね。数十枚、数百枚単位で購入する人もいるみたいです。その枚数によって、ミーグリ(かつての握手会)で会話できる時間も長くなるみたいですね。

あたしは上述のとおり一枚ずつですので、必ずしも推しの生写真がゲットできるわけではありませんが、ほぼ箱推しに近いの毎回楽しんでおります。今回の「Kind o Love」箱の四枚(四名?)でした。まずType-Aは平尾帆夏。Type-Bは下田衣珠季でした。

更に開封は続きます。Type-Cは上村ひなの、そして最後、Type-Dはメンバー人気も高い坂井新奈でした。四枚すべて別のメンバーとはついています。こんなに少なくてもかぶる時はかぶったりしますので。

ところで、このところテレビの歌番組でも表題曲「Kind of Love」の披露が続いています。なかなかよい曲ですね。割と気に入っています。聞いているうちに徐々に好きになってきました。そういう曲ってありますよね。

さて今回のシングルの収録曲、五期生楽曲の「円周率」の評判がよいようです。先日MVも公開され、更に評判が上がっているようです。

円周率と言えば「Π」です。あたし、円周率のネクタイを持っているのです。ですから今日はそのネクタイで仕事に行きました。ご覧のように、真ん中に「Π」が描かれ、地模様のように円周率の数字が描かれているネクタイです。何桁まで書いてあるのかわかりませんが、円周率は終わりがない数字なんですよね。あたしも10桁くらいまでは覚えているのですが……

奥が深いというよりも、あたしの知識不足

先日買った Google Pixel Watch を腕にはめております。慣れるとよいものですね。ただ問題山積です。

たとえば、右の画像の画面、インストールされているアプリが並んでいるらしいのですが、どのアイコンがどういう働きをするのか、よくわかっていません。

まあ、右上がカメラというのはわかりますし、中左がスケジュール(カレンダー)というのもわかりますが、それ以外はちょっと自信がないです。クリックというか、タップすればよいのでしょうが、基本はスマホでアプリが立ち上がるということのようです。

一枚目の画像はそれでもまだオーソドックスなアプリだからよいのですが、左の画面に並んでいるアイコンなど、あたしにとっては外国語を眺めているように感じられます。

スマートウォッチって、健康管理や運動管理、エクササイズなどを統括しているような機能がメインらしいですが、たぶん、これがそうなのでしょう。

上左はランニングでしょうか、そうなると下左は散歩になるのでしょうか。下中は重量挙げなのでしょうか。そんなことやっている人がどれくらいいるのでしょう。その右隣はカヌーでしょうか、それともただのボート、いったい何なのでしょう。

スマートウォッチを使っている人って、こんなに多種多様な協議に携わっているのでしょうか。これほど疑問だらけなのに、マニュアルは付属していなくて、公式サイトにでもPDFが置いてあるのでしょうか。

シーズン終了?

このダイアリーで何回かご報告しておりましたわが家の藤盆栽、とうとうシーズン終了です。花がほぼすべて散ってしまいました。

昨日の日曜日、先っぽに一つか二つ残っているかな、という状態が右の写真です。花がなくなってしまうと、あたしなどにはいったい何の植木なのかさっぱりわかりません。

それにしても、藤の花があれほど匂うものだとは、今まで知りませんでした。こんなに小さな鉢植えでもあれだけ匂ったわけですから、あしかがフラワーパークなどはものすごい香りに包まれているのでしょう。そうなると、やはり一度くらいは行ってみたいなあ、とちょっぴり思います。

ただ藤棚の中(下?)に入れたわけでもない宇治の平等院では近くから眺めた時に、藤花の匂いなどまるで感じられませんでした。あたしが風上にでもいたのでしょうか。あるいは藤にも種類があって、香るものとそうでないものとがあるのでしょうか。

さて、わが家の藤盆栽、花が終わったこれからが肝心です。ここからうまく手入れをして、大事にしていけば来年も見事な花を咲かせてくれるでしょう。来年の五月にまたこのダイアリーで開花の報告ができるのか否か、それはこれからにかかっております。

数十年ぶりの……

昨日は朝日新聞に書評が掲載される日です。最近はちょっとご無沙汰でしたが、昨日は『権力者を訴追する』が掲載されました。先日は著者の来日があり、そのオリのインタビューが金曜日の読売新聞に載ったところでしてた。

現在、ロシアのウクライナ侵攻、米国とイスラエルのイラン攻撃など、いずれも国際法違反と言われている事態が進行中です。こういう本が待たれていたところでもあったのでしょう。

しかし世界情勢の現状に対し国際法や刑事裁判所、国際司法裁判所はどれくらい有効なのでしょうか。現実問題としてはなかなか難しいところもありますが、希望を捨てずに地道に進めていくしかないのでしょう。

話は変わりまして、先日スマホの機種交換をしたと書きました。Google Pixel 10a に変更したのです。だからというわけではありませんが、否、Pixel に変えたのだから、この機会に Pixel Watch も買ってみました。

実はあたしは腕時計をしていません。これは歴史を遡ること40年以上前、高校生の頃からの習慣です。高校の頃は腕時計をベルトに下げていました。手首にするのがどうも苦手だったのです。

その後、大学時代、社会人と使っていたのは懐中時計でした。ただここ十年くらい、電波時計が出て来るようになってから、電波時計の懐中時計がほとんどないので困っていました。辿り着いた結論が、ポケットタイプのトラベルクロックを持ち歩くことでした。これなら電波時計もありますし、なんなら気温も計測できます。

そんなあたしが、数十年ぶりに腕時計をすることにしたのです。スマートウォッチの機能として健康管理が大きいですが、その部分に興味はありません。いや、なかったといった方が正しいでしょう。年も年なので、少しは自分の健康についても考えた方がよいだろうと思って、スマートウォッチを付けてみるかと考えた次第です。

ただ、この Pixel Watch ですが、使い方に全然慣れません。そもそも使い方がよくわかっていません。このアイコンが何を表わしているのか、どうやったら必要な機能を呼び出せるのか、元の画面に戻るにはどうしたらよいのか、わからないことだらけです。健康管理の手前の手前の段階でつまずいております。

一長一短

タワーレコード、いや、ロゴは TOWER RECORDS とアルファベット表記ですね。でもまあ、日本ですからカタカナでよいでしょう。そのタワレコが日向坂46とコラボ企画をやるようです。コラボというかキャンペーンのようです。

日向坂46『Kind of love』×TOWER RECORDS という企画らしいです。そのメインビジュアルが公開されているのですが、同サイトにあったのが右の画像です。メンバーの中から四名が選抜されているようです。

どうしてこの四名なのでしょう。どういう意味があるのですかね。左端の片山紗希は今回のシングルで初選抜メンバー、その隣の山口陽世はこのシングルで卒業を発表しています。更に隣の藤嶌果歩はこのシングルのセンターです。ここまでは納得と言いますか理解できました。

残る右端の松尾桜はこのシングルに何かトピックがあるわけでもないですが、運営の推しメンバーなのでしょうか。しかしそんなことよりもあたしがこの写真を見て驚いたのは、かほりんってこんなに大きかったんだ、ということです。いや、さきてぃやさくらぶりーが思ったほど大きくないだけなのでしょうか。とにかく、そんなことを思ってしまいました。

さて、本日の本題です。先日、スマホを機種交換したと書きましたが、今回はそのスマホケース(スマホカバー)を買い換えたという話です。

左の画像のように同じようなケースが二つあります。奥のケースが最初に購入したもので、手前のものが今回買ったものです。どちらもいわゆる手帳型で、ストラップが付いてい手同じようなタイプなのですが、蓋を閉じるベルトの有無が異なります。

ベルト付きの方がよかったの(?)と聞かれると答えは否です。むしろない方がよいです。ただ、最初に買った方のケースはケースに装着したままだとワイヤレス充電ができなかったのです。そこで買い換えたというわけです。手前のケースは問題なく、ケースに入れたままワイヤレス充電ができます。

ただ手前の方はベルト付きということからもわかるように、いまひとつ閉まりが悪いです。内側にカードを入れていると、どうも蓋の部分がしっかり閉じきらない感じがします。奥のケースは、その点はよく出来ていてピタッと閉まりました。

どちらを立てるか、どの機能を重視するかという問題ですね。

京都で出逢ったイイ女?

4月に母と京都へ行ったことは既にこのダイアリーに書きました。その時に夕食をいただいた京料理道楽で飲んだ日本酒がとても美味しかったので、調べてみたらお取り寄せができました。

届いたのがこちらの2本です。左が松の翠、右がかぐや姫という銘柄です。山本本家というところの日本酒だそうです。

道楽でいただいたのは松の翠の方です。調べてみたら、かぐや姫というかわいらしい名前のお酒もあったので、合わせて買ってみました。

かぐや姫の方は、瓶をかぐや姫に見立て、竹から顔をのぞかせているようなラッピンが施されていました。ウェブサイトには

甘くやさしい香りと綺麗な飲み口で、海外での評価も高いブランド

とあり、「円やかな味わいで旨みのある料理に良く合います」と書いてありました。既に自宅の晩酌でいただいておりますが、飲みやすくて、スッキリとした味わいでした。

そして道楽でいただいた松の翠は

京都の文化を守る一翼を担い、京料理や京懐石など和食との相性を突き詰めた逸品。茶懐石料理に最適な少し辛口で綺麗な後味が特徴

とあります。確かに、道楽の京料理によく合ったはずです。こういう謂れのある日本酒だったのですね。この山本本家にはこの他に「神聖」というブランドもあるようです。こちらもいずれ飲んでみたいと思っています。

それにしても「まつのみどり」と聞くと女性の名前のようですね。それこそ「松野緑」と漢字表記するのではないかと思ってしまいそうです。京都で出逢った「まつのみどり」、決して旅先の一夜の逢瀬ではありません。

さて、かぐや姫を飲み干して、週末は松の翠を味わうといたしますか!

通信環境とミステリー

このところケータイ各社がスターリンク(Starlink)を盛んに宣伝していますね。衛星を使って通信をするので、絶海の孤島だろうと人跡未踏の山奥だろうと空が見えていればケータイが使えるということだそうです。

そうなると、ミステリーやホラー作品などで「ケータイが通じない」「電波が届かない」という設定は通用しなくなります。空が見えていることが肝心なので、洞窟の中とか地下に入ってしまったらアウトでしょうが、少なくとも「ケータイが使えない」という部分がクリアされると、作品作りにもそれ相応の影響が出て来るのではないかと思います。

さて、話は変わってわが家の藤盆栽ですが、昨日9日の状態です。たぶんこれで満開です。写真から伝わるのかわかりませんが、実物を目にすると、かなり房が重そうに見えます。実際の重さを量ったわけではありませんが、見た目にはそのように見えます。そして歌舞伎の藤娘を思い出します。

また普段は室内に置いていますが、藤の花がこれほど香るものだとは知りませんでした。少し側に寄っただけでかなり強い香りを感じます。藤ってこんな匂いなんだと新鮮な驚きとともに、イメージしていたものとはちょっと異なりました。

満開になった藤の花は既に散り始めています。早いものです。花の命は短くて、とは桜のことを言っているのだと思いますが、藤の花も意外と鑑賞できる時間が短いものだと感じます。

ただ、これだけ花が付いているので、すべてが散ってしまうまでに何日くらいかかるのか、それはそれでちょっと興味深いものです。また花が散った後の手入れをきちんとして、来年もまたきれいな藤の花を咲かせられるよう世話をしていきたいと思います。

話はやや最初に戻って文学作品。文学作品を手掛かりとした謎解きドラマ「月夜行路」を毎週楽しく視聴しています。波瑠ちゃんがかわいくて、美しいです。文学の豆知識ネタは好きな人には肩透かしレベルかもしれませんが、そこまで詳しくない人には十二分に楽しめるものだと思います。

そんなドラマの前回放送で、行方がわからなくなってしまったルナ(波瑠)を心配する涼子(麻生久美子)に対し田村氏が「縁がある人とは必ず再会できる」というようなニュアンスのことを言っていました。あたしもこの考え方、意見には同意します。ただ、あたしの場合はむしろ「この人とはもう会うことはないだろうなあ」という気持ちの方が勝ってしまいますが。

なので、あたしにとって「一期一会」とは「もうこれっきり会うことはないのだから、適当に流しておけばよい」という意味になります。