今日の配本(25/04/22)

民主主義
終わりなき包摂のゆくえ

ナオミ・ザック 著/河野真太郎 訳

人種の哲学、フェミニズム哲学、災害の哲学などの仕事をしてきた哲学者による、民主主義入門。歴史的視座と現代的要請の交錯!

復興支援のつもり?

わが家の米が減ってきたので、ネットでこんな米をお取り寄せしてみました。少し前に妹家族のところへ送ってやったら、非常に美味しい米だとの感想をもらったので、わが家でも試してみようと思って買ったという次第。

銘柄は「ひゃくまん穀」です。その名前からもわかるとおり、石川県のお米です。石川県のブランド米として、カなり力を入れて売り出しているようです。あたしとしても能登半島地震の復興支援という意味も兼ねて、石川の米をあえて選んだわけです。

ただ、石川の県の米と言っても能登の米なのか、加賀の米なのか、どちらなのでしょう。石川県が強力にプッシュしているところを見ると、加賀でも能登でも作っているのでしょうね。そう思うことにしておきます。現実問題として被災地では、どれくらい稲作が行なえるのか、という問題もありますし。

香道の嗜みはございませんが……

以前にもこのダイアリーに書いたことがあると思うのですが、あたしは自宅ではしばしばお線香を焚いています。在宅勤務のPCデスクのすぐ隣でお線香を焚きながら仕事をしています。

それが一枚目の画像です。網目になっていて最後まで燃え切る線香立てを使っています。こんな風にお線香を焚いて仕事をしているのです。

もともとわが家にはお仏壇があるので、亡父の命日やお盆、お彼岸などでお線香を焚くことが多く、それ以外でもしょっちゅうお線香を焚いています。たぶん玄関を入るとお線香の香りがするのではないかと思います。

この二か月くらいは、桜の季節と言うこともあり、「京桜」というお線香を焚いています。一枚目の画像で焚いているのもこの京桜です。松栄堂の商品です。

ただ、東京では桜の季節も終わりを迎えつつあり、和菓子屋さんも桜餅から柏餅に商品が入れ替わっていますので、「京桜」というお線香もそろそろ変えようかなと考えています。

いま候補として考えているのは玉初堂の「香樹林」というお線香です。「京桜」は白檀の香りでしたが、「香樹林」は白檀の他に沈香の香りもあるようです。

あたしはそこまで香に詳しいわけではなく、白檀や沈香、どちらが好きとか嫌いとか、そういった感想は持っていません。お線香を選ぶときも、店頭で香りを嗅いでみますが、実際に火をつけて焚いてみると、印象がずいぶんと変わりますので、なかなか難しいものです。

個人的には、日本史の偉人たちがこぞって切り取ったと言われる正倉院の名宝「蘭闍待」、これがどんな香りなのか知りたいと思っていますが、そんな機会が訪れることはないでしょうね。

花の命は短くて……

近所のソメイヨシノは既に葉桜となってしまいましたが、わが家の庭先では咲き誇っている花が何輪かあります。天気のよい休日なので、写真を撮ってみました。

まずは、母曰く、これは牡丹だそうです。牡丹ってこういう花だったっけ、と思ってしまうのは、牡丹と言えば花札の図柄を思い描いてしまうからでしょう。

牡丹の脇に見えている黄色いのはチューリップです。いろいろな色が混ざって入っている球根を一袋買ってきたのですが、全部黄色の花が咲いてしまいました。

牡丹の右側にもチューリップを植えていましたが、これも一枚目と同じく黄色い花しかありません。紫陽花と違ってチューリップは土壌によって花の色が変わるなんてことはありませんよね。

続きましては玄関先。紫色って高貴な色でもあるので、あたしは大好きです。洋服なども紫や藤色のものは気になってしまいます。なので、もちろん花でも同じです。

そして玄関先に咲いているこの花、何だかわかりません。基本的に植物に詳しくないので、母がいろいろ丹精込めてやっていますが、あたしはもっぱら見ているだけです。

こちらも玄関先。門へ向かう通路に、もうそろそろ咲き乱れるであろうバラです。これはモッコウバラだそうです。バラにもいろいろな種類があって、花の色もバラエティーに富んでいるようですが、やはりバラと言えば真っ赤ではないのか、そんな風にも思います。

でも、このモッコウバラは近所の庭先でも咲いているのを見かけますが、ほぼすべて黄色です。黄色くらいしかないのでしょうか。パッと見には山吹のようにも見えますね、花の色だけは。いや、山吹の方がもっと色が濃いはずですよね。

そして玄関先にもチューリップが咲いています。こちらも黄色なのですが、辛うじてピンク色も一輪咲いています。こんなに黄色ばかりの袋を買ってしまっていたのでしょうか。しかし、ピンクのチューリップは背が低いですね。やはり品種が異なるのでしょうか。

最後は玄関脇に咲いている花。これも何という花なのか、あたしにはわかりません。でも、かわいいピンク色の花が咲いています。

以上、わが家の庭先、玄関先の花の紹介でした。二つほど名前が不明の花がありましたので、ご存じの方はご教示ください。いや、母に聞けばわかるのか。

最初にソメイヨシノは葉桜と書きましたが、八重桜が満開です。例年、ソメイヨシノが葉桜になったころに満開を迎える八重桜が近所にあるのですが、それが今年も満開の花を咲かせています。その根元にはツツジも白や赤、ピンクの花を咲かしていて、これはこれで非常にきれいです。

ちなみにテレビの情報番組ではソメイヨシノと菜の花の映像を紹介することが多いですが、わが家の近所には菜の花を見かけることはありませんね。やはり菜の花はきちんと手入れして植えなければダメなのでしょう。

今日の配本(25/04/17)

砕かれた四月

イスマイル・カダレ 著/平岡敦 訳

20世紀初頭のアルバニア。高地を司る掟に従い死を待つ若い男と、土地を訪れた新妻とが、言葉も交わさぬままに運命を交錯させてゆく。

偶像の黄昏/アンチクリスト

ニーチェ 著/西尾幹二 訳

ニーチェ最晩年に書かれ、彼の否定の系譜をたどる二作品を収録。キリスト教世界における神、真理、道徳、救済を否定し、ソクラテス、プラトン、カントを否定し、いま生きる現実と身体の価値を見つめなおす、いわばニーチェによるニーチェ思想の概説書。

今回は薄いですが……

人文会の機関誌『人文会ニュース』の最新号である149号が出来上がりました。ここ数年は年に三回発行するルーティンになっていますが、今号は研修報告や会務報告がないので、最近では最も薄い『人文会ニュース』になりました。

とはいえ、ページ数が薄くとも内容が薄くなっているわけではありません。今年生誕150年のユングをテーマとした「15分で読む」は力の入ったものになりましたし、図書館レポートの上智大学中世思想研究所は専門の方以外にはあまり知られていない研究施設ではないでしょうか。そういうものを紹介できたのは非常によかったと思っています。

ちなみに「編集者が語る」は、あたしの勤務先から出ている「ロシア語文学のミノタウロスたち」シリーズについてです。シリーズの中では『穴持たずども』が異例のヒット作となり、海外文学ファンの間で話題になったのを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

そんな風にあたしの勤務先は多くの海外文学作品の邦訳を刊行していますが、その一方で海外文学のベースである外国語の学習書も負けず劣らずたくさんの種類を刊行しています。ですから、街中で外国語の看板や掲示物を見ると気になってしまいがちです。

横浜の伊勢佐木町で見かけたこんな掲示も、ついつい写真に収めてしまいたくなるのは職業病でしょうか。これは横浜吉田中学校の校舎です。そこに「あいさつはとても素敵な共通言語」として日本語のほか、英語、中国語で「おはよう」と書かれています。

右下の「Magandang umaga」がたぶん東南アジアの言葉だろうなあとは思ったものの、具体的にどこの言葉かわかりませんでした。帰宅後に調べてみたところフィリピノ語でした。編集部時代にマレー語とベトナム語の本を担当したことがあり、それとはちょっと違うなあと思っていたのですが、フィリピノ語だったわけです。

これがタイやカンボジア、ミャンマーだと、また面白い文字で表記され、それはそれで楽しい掲示になったことでしょう。それにしても韓国語がないのが不思議ですね。この中学校の児童の構成比から、これらの言葉が選ばれたのでしょうか?

脈絡がなさすぎる?

今月のちくま新書、あたしはこの二点を落手しました。

一方は昆虫の本、もう一方は語学。これを同じ人間が買うということはよくあることなのか、あまりないことなのか、あたしにはよくわかりません。ただ、こういう購入の仕方をネット書店ですると「この本を購入した人はこんな本も購入しています」と勧められがちです。

ちくま新書ファンであれば、そのまま購入に結びつくでしょうが、昆虫が好きな人が『英語と明治維新』を買うとは思えませんし、その逆も同様でしょう。

でも、広い世間にはあたしと同じような嗜好を持っている人もそれなりの人数がいるのではないかと思っています。