アトウッドの恐れ

この十数年、あたしが学生時代に学んだ世界情勢やそれに関わる知識がどんどん更新されているように感じます。そもそも中国共産党の一党支配はとうの昔に終焉を迎えているはずではなかったのか、もっと平和な、それこそ自衛隊も最小限に縮小し、災害救助隊のような組織に換骨奪胎されているはずだと無邪気に未来を予想していました。

ソ連(←この単語も死語か?)の共産党支配が崩壊し、東西の対立はなくなったはずなのに、ソ連時代よりもさらに強権的な現在のロシア、そしてますます権力の集中が進む中国。それに倣うかのような発展途上国の開発独裁的な国々。そういう流れのトドメがアメリカのトランプ大統領の再登場なのではないかと感じます。

そんな情勢が影響しているのでしょう。これまでであればなんとなく気にはなっても、そこまで関心を抱かなかったものに再び関心が集まっているようです。書籍で言えば「民主主義」とか「権威主義」とか、本来であれば改めて新刊を出すまでもないようなテーマやタイトルが目に付きます。「アナキズム」などもここ数年のトレンドの一つではないでしょうか。

この中公新書『福音派』も、そんな流れの中の一冊ではないでしょうか。「福音派」という言葉は知っている人、聞いたことがある人も多かったかと思いますが、わざわざ新書を出すほどのものでもなかったかもしれません。それがトランプ政権の登場でにわかに脚光を浴びて刊行され、あれよあれよと言う間にベストセラーになっています。

そんな『福音派』の中にこんな箇所を見つけました。見出しは「アトウッドの恐れ」です、もちろん作家マーガレット・アトウッドのことです。どうして「福音派」を語る本の中にアトウッドが出て来るのか。

『福音派』が取り上げているのは、もちろん彼女の代表作と言ってよい『侍女の物語』です。そこに描かれている世界が福音派や原理主義的な立場が強くなった世界を暗示していると解釈できるからなのでしょう。そして数十ページ読み進めていくと

本章の冒頭で見た『侍女の物語』でのアトウッドの恐れも、ラッシュドゥーニーに代表されるような過激な主張を念頭においていたのかもしれない。

と書かれています。

アトウッドの凄さは、最近復刊された『ダンシング・ガールズ』でも読み取ることができます。『侍女の物語』よりも前に刊行された本書は、30年近くも前の作品だとは思えないほど今を描いています。今を先取りしていると言った方がよいかも知れません。

この作品から、作家はさらに当時のアメリカの情勢を観察して『侍女の物語』を生み出したのではないかと思えます。そして『ダンシング・ガールズ』は短篇集なので、どこからでも読み始められます。『侍女の物語』ともども、是非よろしくお願いいたします。

話はころっと変わりますが、アトウッドは1939年生まれで今年86歳(誕生日は11月18日)で、来月邦訳が刊行予定のミルハウザーは1943年生まれの82歳。どちらもお元気で、まだまだたくさんの作品を残して欲しいものです。ちなみに来月刊行のミルハウザーの邦訳は『高校のカフカ、一九五九』という作品です。

今日の配本(25/10/24)

移民/難民の法哲学
ナショナリズムに向き合う

横濱竜也 著

ここにきて移民/難民に関する議論が本格化しつつある。今夏の参院選では移民規制が大きな争点となった。
ところが、日本での従来の議論はグローバル化や経済的要請にもとづくもので、どうしても皮相なものになりがちだ。政治的・社会的な背景が考慮されないままに話が進んでしまっているのである。これでは、「ポピュリズムの仕掛人」によって足元をすくわれる危険もある。こうした懸念を払拭すべく、移民論の哲学的・社会科学的な基礎を構築するのが本書である。

しばしお待ちを!

あたしの勤務先のSNSでは、新刊の見本が到着すると写真入りでポストしておりますが、その時の反響も大きく、さらにはその前の情報解禁でも大反響だった『ヘーゲル読解入門』がまもなく配本になります。ちょうど見本出しをしたところですので、いましばらくお待ちください。

新書版の上下巻、二冊揃っての発売となりますが、カバーはご覧のような感じに仕上がっております。落ち着いた色合いですね。

ただ、あたしの印象としては、和食などの定食で最後に出て来るデザートのごまアイスが思い出されました。写真では伝わりにくいかもしれませんので、ぜひ実際に書店で手に取っていただきたいと思います。

ところでこの『ヘーゲル読解入門』も含まれるシリーズ《思想の地平線》も刊行点数が八冊になりました。並べてみると二枚目の画像のような感じです。

カバーは全体として渋めの色使いで、あたしは好きですが、読者の方の印象や感想はどんなものなのでしょう。気に入ってもらえると嬉しいです。

さて『ヘーゲル読解入門』は30日配本ですから、都内の大型店などでは31日には店頭に並び始めるのではないかと思います。東京以外の書店ですと店頭に並ぶのは11月に入ってからになると思いますが、楽しみにお待ちください。

それにしても21世紀のこの時代に、ベルジャーエフやコジェーヴを刊行するなんて、きわめて珍しい出版社なのではないでしょうか。われながらそんな風に思います。

スガモプリズンの思い出

スガモプリズンについて語る前に、昨日の営業回りの途次、書店の方とお茶をした時に食べたスイーツをご紹介。あたしはプリンが好きなので、こちらをチョイスしました。

幼少のころから、決して裕福な家庭ではなかったので、プリンにクリームやフルーツが追加されたプリンアラモードという言葉に、得も言われぬ憧れがありました。

そう簡単に食べられるものでもなく、そもそもそういうメニューを出しているお店(フルーツパーラー?)などに入ることも稀な幼少期でしたので、こういうきらびやかなスイーツは垂涎の的でした。そんな思いが、還暦までのカウントダウンが始まったこの歳まで持続しております。

さて本題に戻ってスガモプリズンです。岩波新書で最近刊行された『スガモプリズン』を読みました。ただ、あたしの親戚に先の大戦に従軍した人はいなくて、スガモプリズンに収監された親戚はおりません。それでもスガモプリズンは気になってしまうのです。

それは何故かと言いますと、理由はあたしの幼稚園時代に遡ります。当時のあたしは巣鴨、駅で言いますと都営三田線の西巣鴨駅から徒歩数分のところに住んでいました。お婆ちゃんの原宿として知られる巣鴨地蔵通りに近い場所でした。そしてそこから池袋駅の南の方にある幼稚園に通っていたのです。もちろん通園バスが近所まで来ていましたのでそれに乗って通園していました。

普段は、三コースくらいあった幼稚園の通園バスで通っていましたが、週に一回、幼稚園のクラブ活動的なものがある日は全コースまとめて一台のバスで帰るのでした。そのバスが帰路の途中で大きなフェンスで囲まれた工事現場の横を通っていたのです。

幼心に、ここは何だろう、と思いつつ、バスに揺られて車酔いと闘っていたのが幼稚園時代の思い出です。そして時は流れ、まだあたしは子供時代でしたが、池袋に日本一の高層ビル(当時)であるサンシャイン60が出来上がりました。親から聞いたら、あの工事現場だったところにできたのがサンシャインだとのこと。幼き日の乗り物酔いが蘇ってきました(笑)。

そんなことからサンシャインを見ると工事現場のフェンスを思い出していましたが、ある時そこがもともとは刑務所だったということを知りました。それがスガモプリズン、戦犯が収監されていたところだと、徐々に知識も増えていきました。スガモプリズンというと工事現場のフェンスと乗り物酔いを思い出すのです。

そして、幼心にもうひとつ、池袋にあったのにどうして巣鴨プリズンと呼ばれていたのだろうということも大きな疑問でした。イケブクロプリズンではいけなかったのだろうかと。

こういうのもシノワズリ?

まずは温又柔さんの『真ん中の子どもたち』が新書版、Uブックスになって登場します。配本までいましばらくお待ちください。ちなみに、単行本に増補がありますので、単行本をお持ちの方もぜひ!

あたしは単行本の時に既に読んでいて、主人公が上海へ語学留学に行くのですが、あたしが初めて中国へ語学研修へ行ったのと、それほど年代が変わらないようなので、非常に親近感を覚えながら読んだことを覚えています。

続いては、華語文学シリーズ「サイノフォン」の第二巻、『南洋人民共和国備忘録』がまもなく発売になります。第一巻の『華語文学の新しい風』の刊行から少しインターバルが空いてしまったので、本当に「お待たせしました」という気持ちです。

第一巻も360ページというなかなか分量でしたが、この第二巻は550ページ超のボリューム、そこに24編が収録されています。どれから読んでも、それはタイトルの眺めながらのお好み次第です。

というわけで、今回は中華風(?)新刊のご紹介でした。

2025年10月21日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

いま注目すべきはハンガリー語か、ヒンディー語か?

今年のノーベル文学賞にハンガリーの作家クラスナホルカイ・ラースローが選ばれましたが、邦訳が手に入らないので他のハンガリー作家の文学作品やハンガリーそのものに対する関心が高まっているように感じます。

それを見越していたのかはわかりませんが、来月上旬に『ニューエクスプレスプラス ハンガリー語』の音声ダウンロード版が刊行となります。現代品切れとなっているクラスナホルカイ・ラースローの唯一の邦訳作品を手掛けた早稲田みかさんが著者の語学書です。ハンガリー語というのは語学マニアの方からも支持の高い、面白い言語だそうですので、関心や興味を持たれた方は是非。

と、そんな風にハンガリー語を推すべきかと思っていたところへ、突然は逝ってきたニュース。なんと人気アイドルグループ、乃木坂46の40枚目シングルのタイトルが「ビリヤニ」だと発表されました。ファンの間では「ビリヤニって何?」という声と共に、「インド料理のビリヤニのこと?」という声が沸き起こりました。

インド料理のビリヤニ、つまりヒンディー語ですね。実は上記ハンガリー語の語学書と同日の発売なのが『ニューエクスプレスプラス ヒンディー語』なのです。そして来月下旬には『パスポート初級ヒンディー語辞典』という日本初の、ヒンディー語の学習辞典の刊行も予定されています。

となると、乃木坂46人気にあやかってヒンディー語を推すべきなのでしょうか? いや、営業としてはどちらかではなく、どちらも推していくべきですね。来月は語学に追い風が吹いているはずです!